グローバル水文学の新展開

研究の目的と全体像(図1)
 近未来にぜひとも実現したい全大陸1km 空間解像度での過去から将来にわたる1000 年間の水・エネルギー循環の推計(以下必要に応じて「1K1K 推計」と略す)に向けて、今後20 年以上にわたって世界のグローバル水文学をリードできる次世代陸域モデル(Terrestrial Model in the Next Generation;TiMiNG)の数値シミュレーションシステムの基盤を構築する。
 この目的のため、数値天気予報や将来の気候変動予測などに用いられる大気大循環モデルの陸面境界条件を与えるために大気モデルに従属して開発されてきた陸面モデル(Takata et al., 2003)等の研究蓄積を利用しつつも、土地利用や植生の変化(Kanae et al., 2001)、人間活動(Hanasaki et al., 2008a)なども考慮可能で、湖沼や河川さらにはその氾濫なども表現可能な陸域水・エネルギー循環モデルを、動的河川モデル(Yamazaki et al., 2011)を軸として新たに構築する。陸域の水・エネルギー収支と水循環とを大陸規模・日単位のスケールで精度良く推計でき、大気や海洋、生物圏などからなる地球システムモデルとも結合可能な陸域水循環の物理的側面に関する次世代陸域モデルの枠組を研究期間内に完成させる。
 次世代陸域モデルの構築と平行して、グローバル水文学における現代的な課題に対する以下の4つの挑戦的研究を推進する。
1.日本域における1km 解像度でのリアルタイムシミュレーション
2.アラル海流域の1km 解像度での50 年シミュレーション
3.全大陸1km 解像度での1年シミュレーション
4.全大陸50km 解像度での250 年分の陸域モデルシミュレーション

予想される結果と意義
 本研究は、近未来に全大陸1km 解像度で1000 年分の水・エネルギー循環を推計しようという大きな目標に向けた基礎的研究開発であり、世界的にも唯一無二の独創的な発想に基づいている。陸域の水・エネルギー循環を推計するグローバルなモデルは従来大気モデルに従属して開発されてきたが、全世界の大学・研究機関等50 グループ以上で利用されるようになった先端的な動的河川モデル(Yamazaki et al., 2011)を核とした次世代陸域モデルが新たに構築されれば、地球システムモデルの中で枝葉末節として取り扱われてきた植生や湖沼、河川、陸面における水・エネルギー循環だけではなく、土砂や栄養素などの物質循環とその長期変動を斉一的に扱う枠組が構築され、川幅など次世代陸域モデルに必要な境界条件のデータベース整備も含め、日本の陸域モデリング学術コミュニティが将来にわたって世界をリードできる基盤が構築されると大いに期待される。また、次世代陸域モデル開発と平行して取り組む4 つの研究課題はいずれもグローバル水文学において高い関心が寄せられているものの実現されていない課題であり、次世代陸域モデルの適用と検証、改良のいずれにも資すると共に、それぞれの課題解決は社会的貢献としても意義深い。