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Chapter5:土壌水分季節変動の推定

第4章 において, TRMM/PRが計測する後方散乱係数には, 土壌水分,植生量などの情報が含まれていることがわかった. とくに,入射角3oで計測された後方散乱係数は, 土壌水分と高い相関を示している. 本章では,実際に後方散乱係数から土壌水分を推定するための アルゴリズムを作成し, 土壌水分の逆推定を行なう.

5.1 土壌水分の逆推定アルゴリズム

リモートセンシングで観測された値 は,対象物によって影響を受けた電磁波の強度等に関する量であり, それを関心ある物理量に変換することで, はじめて有益な情報となる. このための精度よいアルゴリズムが必要である. 本研究の場合,TRMM/PRによって観測された後方散乱係数は, 土壌水分量のほかにも 土壌面の粗度,植生の量とアルベド,降雨などに影響を受ける. 第4章 の解析により, 後方散乱係数が土壌水分や植生量にそれぞれ影響を受けていることが示された. 観測結果から示された後方散乱係数---植生量関係,後方散乱係数---土壌水分量関係 は定性的にみて散乱モデルを用いた理論的な結果と合致していた. また,降雨については(本研究のようにグリッド化した平均データとして扱う場合には)その影響が無視できるほどのものであることもわかった. 本研究の最終的な目標は,リモートセンシングで得られた情報を数値モデルにおいて利用することである. そのためにも,後方散乱係数を土壌水分量に変換する アルゴリズムの開発が必要である.
それでは,どのようにして土壌水分量を逆推定していけばよいだろうか. 使用できる情報は,後方散乱係数のみ,ただしシステムパラメータである入射角25通りに 対応する値が得られている. これに対して未知数は,土壌水分量Mv,土壌面の粗度sおよびl, 植生の光学的厚さτ,植生のアルベドaの少なくとも, 5つ存在する. このほかに,土壌面散乱モデルでは土壌に関するパラメータ --- たとえば,土粒子の密度--- なども存在するが, 土壌水分推定に与える影響が小さいので無視できる. つまり,概念的にかくと,この問題は次のように表せる.

σoi)=f(Mv, s, l, τ, a, θi); (i=0,1,...,24)
ここで,未知数の数5<独立な観測数25であるために, 数学的な意味でこの問題は解けるはずである. 例えば,
D=Σni=1oi)-f(Mv, s, l, τ, a, θi)}2
として,Dを最小化するように,未知パラメータの値を決定するのも 一つの方法であろう. しかし,この方法だと「数学的」である半面, アルゴリズムがブラックボックスとなり, 解の安定性と信頼性に問題がある. 実際,fは強い非線型性を示し,未知パラメータごとに土壌水分に与える影響(感度) も異なることを考慮する必要がある.
そこで,本研究では次のようなアルゴリズムを作成した. 今仮定している散乱モデルの式
σo2(θ)σsopo
において関心があるのは, 土壌水分M_vの影響が含まれる σsoの項である. そこで,まず 植生からの散乱成分σpoを除去し,土壌面からの散乱成分Τ2(θ)σsoを求める. σpoを直接求めるには, 植生の反射率aに関する情報が必要となる. そこで,TRMM/PRの特徴である 多入射角による観測を利用し, 入射角依存性からσpoを求めることにする. 入射角3oの場合と入射角18oの場合の観測値に 散乱モデルを適用する.
σo(3o)=Τ2(3oso(3o)+σpo(3o) (5.1)
σo(18o)=Τ2(18oso(18o)+σpo(18o) (5.2)
第4章 での結果より, 入射角3oの場合には土壌面からの散乱が卓越し, 入射角18oの場合には植生からの散乱が卓越している. 4.2 で示したように, 散乱モデルを利用すると 土壌面からの散乱成分には入射角依存性が強く, 植生からの散乱成分には入射角依存性がほとんどないことがわかる. このことから,次のように近似する.
Τ2(3oso(3o) >> Τ2(18oso(18o (5.3)
σpo(3o) 〜 σpo(18o) (5.4)
式(5.1)から式(5.2)をひくと, 次式が求まる.
σo(3o)-σo(18o) 〜 Τ2(3oso(3o) (5.5)
これで,σpoが除去できた. 次に,植生による減衰の影響Τ2(θ)を求める必要がある. 入射角3oにおける土壌面からの散乱成分Τ2(3oso(3o)をdB表示で表す.
10log102(3oso(3o)) (5.6)
= 10log10Τ2(3o)+σso(3o)(dB) (5.7)
= -20sec 3o(log e)τ+σso(3o)(dB) (5.8)
= -8.7τ+σso(dB) (5.9)
この中で未知数となる τは植生層の光学的厚さを示す. そこで, 植生層の光学的厚さが, LAIと比例関係にあるとした. この根拠は,4.4から示される. すなわち,
Τ2(θ)σso(3o)(dB)=-A× LAI+σso(3o)(dB) (5.10)
となる. Aは減衰に関するパラメータ --- 以下,減衰パラメータという --- である. ここまでの過程で 裸地面の場合の散乱に相当するσsoが求まった. この時点で植生に関する未知数はすべて消去され, 残るのは, 土壌に関する未知数3つ --- 土壌水分Mv, 粗度s,l --- となる. そこで,σsoから 土壌水分Mvを求める問題に帰着する. 裸地面での土壌水分の逆推定に関する既往の研究は, 2.3に示した. ここでは, 仲江川ほか(1998) が提案した粗度因子法を利用して 土壌水分の逆推定を行なう. 対象とする期間 (1998年の1年間)で 各グリッドごとの 粗度が変化しないとの仮定をする. 土壌からの散乱成分 σsoは反射係数と粗度の積の形で,
σso(Mv,s,l,θ)=|Γ(Mv,θ)|f(s,l,θ) (5.11)
のように表される. このことは, 古典的な散乱モデルであるPOM,SPM,GOMおよび Fung(1994) により提案された IEMモデルなどにおいて成り立つ. そこで,σsoをdB表示すると, 土壌水分を変数に含む項と粗度を変数に含む項の和で表される.
σso(Mv,s,l,θ) = 10log10Γ(Mv,θ)+10log10f(s,l,θ) (5.12)
粗度因子法では, まず後方散乱係数を観測したある時期の 土壌水分量 を既知として, 式5.12の第2項(粗度因子) を求める. この粗度因子の値は,粗度が変化せず入射角が同じであれば, 変化しないのでそのまま利用できる. そこで,この条件をみたす時期については, 後方散乱係数σsoから一意的に 土壌水分を求めることができる. 土壌水分や植生の変化に比べて, 粗度の変化は小さいと考え, 同じ場所であれば 対象期間(1998年1年間)に 粗度の変化はないものと近似して扱う. より具体的に手順を示すと次のようになる. 式5.12で土壌水分量Mvの場合から, 式5.12に土壌水分量0%を代入した場合をひく.
Δσso = σso(Mv,s,l,θ)-σso(0%,s,l,θ) (5.13)
= 10log10Γ(Mv,θ)-10log10Γ(0%,θ) (5.14)
このことを,IEMモデルを利用して計算したのが 図5-1 である. ここでは,複数の入射角に対して計算している. 土壌水分の増加に対する後方散乱係数の増加は, 土壌水分量が低いところでは, ほぼ比例関係にあり (土壌水分変化に対する後方散乱係数変化の) 感度も高い. 土壌水分量が高くなると, 感度が低くなり,全体としてのグラフの形状は上に凸である. また,複数の入射角での比較から, 入射角が小さい方が感度がよいこともわかる. 図5-2 に概念図を示すように, 基準となる時期の既知とする土壌水分量に対して 縦軸の値Δσoを求める. 次に,基準となる時期のσsoとの差から, 別の時期の縦軸の値を計算し, それを再び土壌水分量に換算する.

5.2 1998年月単位土壌水分推定への適用

前節で説明したアルゴリズムを用いて, TRMM/PRで観測された後方散乱係数から, 1998年の月単位の土壌水分を推定した. なお,アルゴリズムにより計算される値は, 体積含水率として表される. これに対して,地表面モデルの数値計算結果は 飽和度で示されている. そこで,飽和度0.0(シオレ点の状態にあるとき)が 体積含水率0% 飽和度1.0(飽和しているとき)が 体積含水率50%として, 換算している. まず,減衰パラメータAの決定のために, 植生量と土壌面からの散乱成分Τ2(3oso(3o) の関係を調べてみる. 4.4で用いた方法と同様にして, 各グリッドごとに 年平均のLAI(1998年データ)と 土壌からの後方散乱係数Τ2(3oso(3o) =σo(3o)-σo(18o) の散布図をとったのが, 図5-3 である. この場合には,LAI>2の領域でも後方散乱係数の値が 一定になる現象はみられない. 回帰式は次のようになる.

Τ2(3oso(3o) 〜 σo(3o)-σo(18o) = 2.47-4.76× LAI (5.15)
つまり,LAIが1増えると後方散乱係数は4.76dB弱くなることを示している. この結果は異なる地点同士を比較して得られたものであるが, これを同じ地点での時間経過にともなう 植生変化にも適用する. 図5.4から図5.7 に, 減衰パラメータAを4.8として計算した場合と 比較用に減衰パラメータを0.0として計算した場合 --- すなわち植生の変化を考慮した場合 --- の結果を 深く植生に覆われ土壌水分の情報の抽出が 難しいと考えられるアマゾンを除く, 4つの領域(インド北部,タイ東北部,サヘル地帯,サハラ砂漠)に対して示す. なお,この計算では基準となる土壌水分を 「土壌水分量が飽和になるのは後方散乱係数が最大の月である (後方散乱係数が最大の月の土壌水分量1.0) 」 として,与えている. 図5-1 に示した 後方散乱係数---土壌水分関係が 単調増加であることから, この仮定(基準の与え方)は 推定された土壌水分の絶対値にのみ影響し, 月ごとの大小関係には影響しない. A=4.8の場合の方が, ピークが後方にずれて,GSWPの結果と 季節変動についてよく一致している. 次に,A=4.8を固定して, 基準となる土壌水分の与え方について検討する. 図5-1 に示すように, 後方散乱係数---土壌水分関係は 上に凸なグラフの形状をしているため, 同じ土壌水分の変化でも, その絶対値によって, 後方散乱係数の変化は異なる. 例えば,土壌水分0.8と土壌水分1.0の間では, 後方散乱係数の変化は0.882だが, 土壌水分0.0と土壌水分0.2の間では, 後方散乱係数の変化は3.704にもなる. 後方散乱係数が最大の月の土壌水分量を1.0とした場合には, TRMM/PRにより推定された土壌水分の変化幅が GSWPで計算されたものと比べて過大になる傾向がある. ( 図5-8 ) 逆に,後方散乱係数が最小の月の土壌水分を0.0とした場合には, TRMM/PRでの推定結果は土壌水分の変化幅について 過小評価になる. ( 図5-9 ) 実際には,1度グリッドで計算された土壌水分量が 飽和(1.0) または絶乾(0.0)となることはない. そこで,最大値を0.9または0.8として計算してみると, 図5-10 , 図5-11 に示すように, GSWPの計算値の変化幅に近い結果になる.

5.3 数値モデル計算値を利用して推定した全球土壌水分地図

本研究で開発した TRMM/PRから土壌水分を推定する アルゴリズムによる推定値は, 土壌水分のピークとなる時期および 土壌水分の年変化幅を よく推定できることがわかった. しかし,本アルゴリズムでは 基準となる土壌水分の情報が必要である. 絶対値に意味のある推定をおこうなうためには, 基準となる土壌水分を的確に与えなくてはいけない. そこで,考えられるのが,数値モデルによる計算結果と 本アルゴリズムを合わせて一つの推定値を作る方法である. つまり,基準となる土壌水分を数値モデルによる計算結果から 与え,本アルゴリズムにより他の時期の土壌水分を計算する . 結果の一例を図 5-12 , 5-13 , 5-14 に示す. (A)は,GSWP,すなわち地表面モデルで計算された1月の土壌水分量である. (B)は,同じくGSWPで計算された7月の土壌水分量である. (C)が,本研究のアルゴリズムによる推定であり, (A)の1月の土壌水分量を既知として TRMM/PRとLAIのデータから推定した 7月の土壌水分量である. 黒く示した部分は,山岳域などσso(3o)>σso(18o) をみたしていない地域,または後方散乱係数データの取得できていない地域である. (B)と(C)を比較してみると, 1月から7月にかけての サヘル地帯の湿潤化, アフリカ南部の乾燥化, オリノコ川流域の湿潤化, アマゾン流域の乾燥化, 東南アジアの湿潤化, などが一致している. 本アルゴリズムをグローバルに適用して, 全球土壌水分地図を作成することができた.

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