Chapter4:後方散乱係数に影響を及ぼす地表面物理量
本章では, TRMM/PRの後方散乱係数が 植生や土壌水分量などの地表面に関する物理量 にどのように影響を受けているのかを 解析し, 植生を考慮した散乱モデルを用い理論面からの検討も行なう.
まず, 土地被覆データ(3.2参照)を用いて, 土地被覆ごとに後方散乱係数がどのような値になるのかを調べた. 水面(WATER)を含む 各土地被覆に属するグリッドの後方散乱係数(1998年平均値)の平均をとり, 入射角-後方散乱係数関係(後方散乱係数の入射角依存性)をみたのが, 図4-1である. まず, 陸面と水面で入射角依存性が大きく異なることがわかる. 陸上の土地被覆ごとの後方散乱係数の示す特徴としては, 以下のようなことがあげられる (図4-2参照).
4.2 土地被覆ごとの特性:植生を考慮した散乱モデルによる検討
4.2.1 植生を考慮した散乱モデル
次に, 4.1の現象を 散乱モデルを用いて検討する. 散乱モデルは, 2.2で土壌面を対象としたものを あげたが, 現実には多くの 地表面は植生で覆われており, この影響を考慮しなくてはいけない. 本研究で使用した植生を考慮した散乱モデルについて説明する. このモデルはUlaby et al.(1984)を参考にした. 図4-3にこの散乱モデルの概念図を示す. 土壌面の上に植生層が一様に覆っていると仮定する. 地表面での散乱プロセスは2種類とする. 第1成分は, 土壌面からの散乱である. ただし, 途中植生層を通過する際に減衰を受ける. 第2成分は, 植生からの散乱である. 第1成分は, 土壌面での散乱σsoに植生による減衰率Τ2(θ) をかけた値となる. 土壌面での散乱σsoは, 土壌水分・土壌面粗度などの パラメータをもとに既存の散乱モデルにより計算される値である. 植生による減衰率Τ2(θ)は, 植生の量をあらわすτ(植生の光学的厚さ)の関数であり, Τ2(θ)=exp(-2τsecθ)となる. (θは植生層への入射角であり, 地表面への入射角と一致する. ) τ=1の場合, 植生層を鉛直に通過すると, マイクロ波の強度が1/eに減衰される. 往復で2回植生層を通過するために, 2がかけられている. 第2成分は, 植生からの散乱であり, 植生に関するパラメータにより決まる. 1回散乱のみを考えた場合には, 植生の反射率aと, τとを用いて, 植生からの散乱成分σpoが σpo=0. 75× a(1-Τ2(θ))cosθ と説明できる.
4.2.2 観測事実の説明
散乱モデルを利用して, 入射角と後方散乱係数の定性的な関係をみる. 図4-4から図4-7は 植生の光学的厚さτをそれぞれ固定して, 後方散乱係数の入射角依存性を見た結果である. ただし, 破線は土壌面からの散乱Τ2(θ)σso, 一点鎖線は植生からの散乱σpo, 実線は2成分の合計である. 図4-8に合計成分についての結果をまとめて示す. この結果から定性的な性質として, 植生量が少ないと常に土壌面からの散乱成分が 卓越するので入射角依存性が強く表れる, また, 植生量が多いと入射角が多くなるにしたがって植生からの散乱成分が 卓越するようになり入射角依存性が弱くなることがわかる. これは, 4.1に示した観測事実と一致している. また, 観測事実で示した 入射角0o付近の後方散乱係数がとくに高くなる 現象は散乱モデルの結果からは表れていない. これは, 入射角0o近くでは散乱モデルが考慮していない 鏡面反射がおこっているためで, その分観測値には高い後方散乱係数が 表れているためと考えられる. また, とくに灌漑地で高い値を示す理由は 灌漑地は水田など地表面が水体で覆われているケースが多く水面は鏡面反射を 起こしやすいことと関連があると推察される.
PRで使用するマイクロ波の周波数は, 13. 8GHzとやや高いために, 降雨層を通過する際に, 降雨強度と降雨層の厚さに応じた減衰を受ける. しかし, 降雨はつねに発生しているわけではない. 図4-9に 観測数に対する0mmでない降雨を観測した比率を 0. 5度のグリッドごとに示す. 図4-10はそのヒストグラムである. なお全球平均値は, 3. 6%である. このため, グリッド化したデータでは降雨減衰の影響はそれほど大きくないと 推察される. そこで, 1999年11月のデータを用いて, 各土地被覆ごとに, 降雨時と無降雨時の結果を比較したものを 図4-11に示す. 降雨時, 無降雨時に関わらず結果は大きくは変わらない. ただし, FORESTおよび海上では, 降雨時の方が後方散乱係数が弱くなる傾向があるのに対して, FOREST以外の陸上の土地被覆では, 降雨時の方が(降雨減衰があるにも関わらず)後方散乱係数が強くなる傾向がみられたのは興味深い. 後者の現象が起る原因としては, やはり降雨により地表面状態が変化した影響が 降雨減衰の影響より強く表れているためとみることができる. またグリッドデータの作成にあたって「無降雨時のみを集計した場合」と「全データを利用して集計した場合」の比較を 図4-12から図4-15 に示す. ほとんど, その差はなく0. 1dB以下であるので, グリッドデータの作成にあたって降雨減衰を考慮する必要はないと判断した.
4.1で後方散乱係数に植生が 強く影響していることが推察された. 続いて, より定量的にしらべるため, 植生量をあらわす指標であるLAI(total Leaf Area Index)と の関係を調べた. LAIは葉の面積を地表面面積で割った指標である. データの詳細は3.3に示した.
4.4.1 観測事実
入射角3oおよび18oにおける後方散乱係数の 年平均状態を 図4-16 および 図4-17 に示した. また, 1998年のLAI(年平均)について 図4-18 に示す. 南米のアマゾン川流域やアフリカ中央部のコンゴ川流域, さらには東南アジアなどの LAIが高い地域では, 他の地域に比べて 入射角3oでの後方散乱係数は低く, 入射角18oでの後方散乱係数は高い傾向を示している. また, サハラ砂漠のようにLAIの低い地域では, 入射角3oでの後方散乱係数は高く, 入射角18oでの後方散乱係数は低い傾向を示している. また, 図4-19 , 図4-20 に LAI---後方散乱係数の散布図を示した. 入射角3oでは, LAIが大きくなるほど 後方散乱係数が減少するが, その変化は必ずしも一定ではない. LAIが2程度より大きくなると, LAIが変化しても後方散乱係数の値は あまり変化が見られない. なお, LAI<2, LAI>2に分けて, 直線回帰を行なったところ次式が得られた.
4.4.2 理論による説明
また, 散乱モデルにより示される 植生量(植生の光学的厚さτ)と 後方散乱係数の 関係と比較してみる. 図4-21 に示すように, 入射角が小さい場合には, 植生量の増加と共に後方散乱係数が減少し, ある程度以上では後方散乱係数が一定のレベルを示すようになる. これは植生量が少ないときに土壌面からの散乱成分が卓越し, 植生量が多くなると植生からの散乱成分が卓越するように なるためである. 図4-19 と比較してみると, その定性的な傾向は一致している. また, 図4-22 に示すように, 入射角が大きい場合には, 植生量の増加とともに後方散乱係数が増加するが, ある程度以上では後方散乱係数は一定のレベルに落ち着く. この場合は, ほとんど植生からの散乱が卓越する. これも, 図4-20 と比較してみると, その定性的な傾向は一致している. 観測事実と理論はよく対応している. 観測の方では植生パラメータにLAIを 理論の方ではτを用いているが, LAIとτには対応関係がある.
後方散乱係数の平均的状態は, 植生量と関係の深いことがわかった. 次に注目されるのは, 後方散乱係数の季節変動と, 土壌水分量の季節変動の 関係である. 理論的には土壌水分の増加が後方散乱係数の増加として 表れることはよく知られているが, 実際の観測では, 植生や粗度の影響があるため, 対応が見られるとは限らない. そこで, 地表面モデルを用いて計算された 土壌水分量としてGSWPの計算結果(3.5参照)と, 後方散乱係数がどう対応しているのかを 調べることにした. 土壌水分はとくに熱帯の場合, 降水量に強く影響をうけることから, 降水量と後方散乱係数の関係についても調べた. 降水量データの出典については, 3.4節に示した. ここまでの議論から, 入射角3oの後方散乱係数は土壌面からの散乱が卓越しやすい と推察されるので, 土壌水分との対応がよいことが期待される. 一方入射角18oの後方散乱係数は植生からの散乱が卓越しやすい と推察されるので, 土壌水分との対応はあまりみられないものと推察される. まず, 後方散乱係数(3o), 後方散乱係数(18o), 土壌水分量, 降水量データのそれぞれについて, 月データの 年平均からの偏差をとった. まず, 後方散乱係数(3o)と 土壌水分量について 2月および8月の図を 図4-23から図4-26 に示す. 土壌水分量が高い(低い)ところと 入射角3oでの後方散乱係数が高い(低い)ところは グローバルにみるとよく対応している. ただし, 土壌水分量の変化は アマゾンやコンゴなどの森林域でも 強く表れているが, この地域の後方散乱係数の変化は小さい. これは, 植生の多い地域では, 入射角3oであっても 植生からの散乱が卓越しているためと推察される. そこで, 次にデータの 各グリッドごと12ヶ月分のデータの 標準偏差をとった結果を を 図4-27 と 図4-28 に示す. 後方散乱係数(3o)( 図4-27 ) の変化の大きい領域と 土壌水分( 図4-28 )の 変化の大きい領域はおおむね対応していることが確認される. 図4-29には土地被覆ごとに 後方散乱係数(3o)と 土壌水分の変動幅(標準偏差)の ヒストグラムを作成している. ここから, 後方散乱係数と土壌水分の変動幅の特徴により 次のように分類した.
領域ごとの時系列変化
図4-40 および 表4-1 に示す領域について, 後方散乱係数と各物理量の時系列変化をみる. これらの領域はそれぞれの土地被覆を代表する領域として 一定の広がりを持つ領域を選択した. 月ごとの後方散乱係数の入射角依存性のグラフと 後方散乱係数(3o), 後方散乱係数(18o), 降水量, 土壌水分量, LAIの時系列変化のグラフを示す. 後者のグラフについて, 一点鎖線は入射角3oにおける後方散乱係数, 点線は入射角18oにおける後方散乱係数(以上左目盛), 実線は土壌水分量(以上右目盛), 上からのびる棒は月降水量(1目盛が100mm/月), 下からのびる棒はLAI(1目盛が1. 0)である. 示した値はすべて領域平均値である.
TRMM/PRの特徴に, 複数の入射角で観測できるという点がある. TRMM/PRの入射角は 0oから18oまでに 変化するが, 図4-1 に見たように, 後方散乱係数の入射角依存性が強く, 入射角ごとに 地表面物理量の影響は大きく異なる. まず, 入射角が0o付近の場合であるが, この場合は 鏡面反射に相当する成分が卓越している. このため, ほかの入射角に比べて 後方散乱係数が一段と高い. とくに地表面が水で覆われている可能性の高い 灌漑地(IRRIGATED)では ほかの土地被覆と比べても高い値を示す. この鏡面反射が影響している部分を除いて, 最も入射角が小さいと見なせる 入射角3oの場合には, 土壌面からの散乱が卓越している. そのため, 後方散乱係数と土壌水分の 偏差相関が高い地点が多い. また, 植生量の増加に従い後方散乱係数が減少しているのも, 土壌面からの散乱成分が植生により減衰される度合いが 強くなるためと説明できる. 後方散乱係数に変化がなくなるLAI>2の植生量では, 土壌面からの散乱より植生からの散乱が卓越している と考えられる. また, 最も大きな入射角18oの場合には, 植生からの散乱が卓越している. このため, 後方散乱係数と土壌水分の 偏差相関が有意な地点はほとんどない. また, 植生量の増加によりはじめ後方散乱係数が増加し, LAI>2以上で一定になるのも 植生からの散乱の傾向と一致している. このため, 土壌水分観測には 入射角が小さい方が有利であると言える. 既存のセンサはいずれも入射角が20o以上で あった. TRMM/PRは, 既存のセンサにはない 小さな入射角での観測ができる ので, 土壌水分観測に有利だということがわかった.