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Chapter6:終章
6.1 本研究のまとめと結論
TRMM/PRは本来降雨を観測するセンサであるので,
まず降雨層を通過する際の降雨減衰の影響を考慮する必要があるか
調べた.その結果,次のことがわかった.
- TRMM/PRが観測したうち,実際に降雨(0mmでない)を観測した割合は少ない.
全観測域平均では,その値は3.6%である(1998年全データ).
- このため,グリッド化したデータでは,プロダクト2A21の判定フラグを使用して無降雨時のデータのみを集計しても,
全データを集計しても,その結果は0.1dB程度の差しかなく,降雨減衰の影響は
無視できる範囲である.
- 土地被覆別にみると,水面や森林域では,無降雨時の方がわずかに高い後方散乱係数を示すが,そのほかの陸面では,降雨減衰にも関わらず降雨時の方が高い後方散乱係数を示す.これは,この論文で示すように,降雨時と無降雨時での地表面状態の変化による影響が強く表れるためと推察できる.
次に,TRMM/PRが計測した後方散乱係数データをグリッド化し,
地表面物理量が及ぼす影響について調べた.
その結果,地表面物理量の影響は入射角ごとに異なることがわかった.
入射角ごとの特徴は次のようになる.
- 入射角が0o付近では,鏡面散乱成分が卓越する.
- 入射角が3o(入射角が小さいときの代表)では,土壌面からの散乱が卓越する.
このため,入射角3oでの後方散乱係数変化は土壌水分の変化との対応がよい.
ただし,植生量が増えるに従って植生からの散乱が卓越するようになる.
- 入射角が18o(入射角が大きいときの代表)では,植生からの散乱が卓越する.このため,入射角18oでの後方散乱係数は土壌水分変化との対応がほとんどみられない.
したがって,土壌水分観測には入射角が小さい方が適している.このように低い入射角で観測を行なえるセンサは他になく,TRMM/PRが土壌水分観測にとって有利であることがわかる.
そこで,TRMM/PRで計測した後方散乱係数から
土壌水分を推定するアルゴリズムを作成した.
このアルゴリズムの概要は以下のようになる.
- 植生散乱の項は,入射角依存性がないものとして,入射角3oの後方散乱係数と入射角18oの後方散乱係数の差をとることで,消去した.
- 植生による減衰率は光学的厚さτに比例する.ここでは,これをLAIに比例すると仮定した.
- 土壌からの散乱成分σoから土壌水分量を求める際には,
既知とする土壌水分から粗度の影響する項を求め,
その値を他の月に適用して土壌水分の時系列を推定する.
このアルゴリズムを用いて,1998年の土壌水分のグローバルな推定を行なった.
その結果は以下のようにまとめられる.
- 減衰パラメータAは,年平均のLAIと土壌面からの散乱成分σsoの
関係から求めて,4.8dB/LAIとして与えたが,これにより推定した土壌水分の季節変動の
ピークをうまく再現できた.とくにサヘル地帯のように植生の変化の激しい地点では
植生の変動を考慮する必要がある.
- 既知とする土壌水分量を一律に与えることは困難であるが,後方散乱係数最大の月の土壌水分量を飽和度0.8とすると,その変動幅も妥当な値となった.
- 既知とする土壌水分量は,数値モデルの計算値から与えるのが一つの方法である.
その例として,地表面モデルを用いて計算した土壌水分データ(GSWP)
を用いて1月の土壌水分を既知として,本アルゴリズムにより-変動分をTRMM/PRの観測とLAIデータから求めて-7月の土壌水分を推定したところ,地表面モデルを用いて
計算した7月の土壌水分を定性的によく再現することができた.
6.2 今後の課題
TRMM/PRによる土壌水分推定のために,以下のような点が今後の課題として
あげられる.
グリッド内の不均一性の考慮
本研究では1度グリッドの内部を均一として扱った.
グリッド内の土地被覆や土壌水分分布を考慮することは
今後の大きな課題である.
植生からの散乱の解明
本研究では,植生からの散乱を簡略化して扱っている.
そのため,土壌水分を推定するアルゴリズムでは,
入射角依存性からその効果を消去した.
また,植生からの散乱が卓越していると思われる
入射角18oの後方散乱係数の季節変動の原因は
わかっていない.
今後は,
高度な散乱モデルを用いて
植生からの散乱のメカニズムを考慮する必要があると考える.
経年変動の調査
TRMM/PRは1997年11月より運用を開始した現在も稼働中の新しいセンサである.
今後, 1999年以降のデータを入手し,長期的な変動傾向を調べ,
地表面物理量の変動との関連性を調べるのが興味深いと思われる.
6.3 グローバルな土壌水分情報推定についての展開
本研究において,グローバルな土壌水分推定のための
新たな手法を提案できた.
グローバルな土壌水分情報の推定手法の確立に向けて,
本手法を改良するほかに,
次のようなことが重要であると考える.
一つは,土壌水分の観測に適したセンサの開発である.
現在あるセンサは土壌水分観測に特化したものではない.
将来的には,
土壌水分推定に最適のセンサを提案し,
実現を目指すことが必要である.
また,近い将来としては,
既存のセンサの中から土壌水分観測に適したものを見つけ,
情報を最大限に引き出すためのアルゴリズム開発を進めることが重要だろう.
次に,数値モデルによる推定であるが,
オフラインシミュレーションによる推定について
より長期的なデータセットの作成が必要である.
とくに,衛星観測と同一の期間を対象としたデータセットが望まれる.
また,オフラインシミュレーションは外力として与える
気象データの入手・整備に多大な労力が必要と思われるので,
オンラインシミュレーションの精度向上も期待される.
しかし,最終的には衛星観測と数値モデルを結合する手法が必要である.
衛星観測だけから土壌水分を推定するアルゴリズムを作成することは
難しく,また数値モデルだけから推定した土壌水分の値は
数値モデル自体のバイアスが含まれている
例えば,本研究の5.3で用いた方法も
一つの結合であるがより有機的な結合としては,
同じ時期を対象とした衛星観測と数値モデル計算から
一つの解析値を作る同化手法の構築が望まれる.
これは,数値モデルによる計算値を背景場として,
衛星観測の情報を与え,衛星観測,数値モデルそれぞれの信頼性の情報から,
解析値を作成する方法である,大気や海洋の分野では既に
この手法によりデータが作成されている.
最終的には,時空間4次元上でのオンラインシミュレーションとの結合が望ましいが,
まずは1次元上でのオフラインシミュレーションとの結合が考えられる.
また,土壌水分の現地観測も検証データとして重要であり,
継続的な観測が必要である.