[IIS] 2006年8月25日
報道用資料
[UT]
『地球規模の水循環と世界の水資源』
[Earth]


東京大学 生産技術研究所 人間・社会系部門
教授 沖 大幹

東京大学 生産技術研究所 人間・社会系部門
准教授 鼎 信次郎

[スリランカの水田]

概要

地球規模の水循環と世界の水資源に関するレビュー論文が 2006年8月25日(金)発売のScience誌に掲載されました。

解禁時間
TV、ラジオ、インターネットが平成18年8月25日(金)午前3時
新聞が平成18年8月25日(金)朝刊
プレス会議
日時: 2006年8月24日(木) 15:00〜
場所: 東京大学生産技術研究所 大会議室(An棟301-302会議室)
発表論文Reference
T. Oki and S. Kanae, 2006: Global Hydrological Cycles and World Water Resources, Science, Vol.313. no.5790, pp.1068-1072. DOI: 10.1126/science.1128845
論文の電子版の入手方法
沖・鼎研の日本語ホームページから Scienceのreferサービスにアクセスして、 HTML版やPDF版の上記論文を自由に眺めることができます。 沖・鼎研の日本語ホームページから リンクをたどった場合、 Scienceのオンラインメンバーログインは不要です。
プレス用に短く言うと
地球規模の水循環と水収支、および世界の水需給バランスを推定し、 IPCC SRES社会シナリオに沿った水需要予測を行い、AR4用の気候変 動予測情報のマルチモデルアンサンブルにより、水不足で困窮する と目される世界人口の21世紀中の推移を算定した。
本論文では、当該分野における世界の最新の研究動向を取りまとめるとともに、 我々の研究グループによるこれまでの研究の蓄積の上に最新の成果を紹介し、 この問題をどう考え、 どの様に解決へ向けて取り組んでいけば良いかに関する 考え方が包括的に示されています。
  1. 科学技術振興事業団 戦略的創造研究 推進事業(JST/CREST) 平成13年度新規発足研究領域 「水の循環系モデリングと利用システム」 『人間活動を考慮した世界水循環水資源モデル』
  2. 大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所 第5プロジェクト『地球規模の水循環変動ならびに世界の水問題の実態と将来展望』
  3. 科学技術振興調整費「我が国の国際的リーダーシップの確保」 『世界の水問題解決に資する水循環科学の先導』
  4. 環境省地球環境研究総合推進費 B-12
  5. 環境省地球環境研究総合推進費 S-4
Science論文で示された成果は上記のプロジェクト研究の 集大成ともいうべきものですが、 特にJST/CRESTがなければこの5年の我々の研究の目覚ましい進捗は あり得ませんでした。そこでJSTと共同でプレス発表を行いました。 余談ではありますが、この11月でJST/CRESTも我々の研究期間が終了し、 その後の大型研究予算の見通しがない点が非常に気掛かりです。

本Webページ(http://hydro.iis.u-tokyo.ac.jp/Info/Press200608/)の 内容をご紹介いただけたり図表等をご利用いただける際には、 事後でも結構ですので

までご連絡をいただけますと幸いです。 [at]@に置き換えてメール送信願います。


論文内容(仮訳)

  1. 抄訳
  2. 本文
  3. 参照文献
  4. その他の参考文献
  5. 連絡先
  6. 図表、文章ファイル
  7. 補足: 背景と経緯
  8. 質疑応答メモ

1. 抄訳

水は常に再生されている自然の循環資源である。したがって、 自然の湖沼や人工の貯水池は人間社会にとって利用可能な水資源を 増大させるものの、そうした貯留量ではなく 循環する流れに水資源アセスメントは着目する必要がある。 ところが、利用可能な再生水資源量(水資源賦存量; RFWR)の循環速度には 気候システムによって上限が決まってしまっている。 そして、現在の水資源総取水量はその上限よりも遥かに低いにも関わらず、 20億人以上の人々が非常に水ストレスのある地域に暮している。 これは水資源賦存量が時空間的に不均一に分布しているせいである。 気候変化は水循環を加速させ、水資源賦存量を増やすと期待されている。 このおかげで水ストレス下に暮すことになる人口の増加が 緩やかになることも期待されるが、 水資源賦存量の季節的なパターンの変化や年々変動の増大によって せっかくのそうした効果が打ち消されてしまう可能性もある。 現在すでに存在する水資源利用の脆弱性を減らすことが そうした将来懸念される変化に対して事前に備える第一歩となるであろう。

2. 本文

はじめに

ヒトを含むすべての有機体が生きながらえるためには水が必ず必要である。 したがって、水の適切な供給を必ず受けられるようにすることは 人間の健康で文化的な生活にとって不可欠である。 我々の惑星地球はしばしば「水の惑星」と呼ばれるにも関わらず、 水不足の増加に対する警鐘がよく聞かれる。 しかしながら、石油資源とは異なり、 地球上の水は循環していて閉じた水文(すいもん)循環を構成している。 地球上の水の量は地質学的年代よりも短い時間スケールでは決して減ることはない。 そうだとすると、どうして2〜30年のうちに水不足が生じるなどといったことが あり得るのだろうか。 一般に聞かれる答えは、地球上にはたくさんの水が存在するけれども、 そのうちのたった2.5%が淡水で、 しかもそのほとんどが氷河や深い地下水などであり、 人類が利用可能な水はほんの少ししかないからだ、 というようなものである。 この答えは完全に正しいとは言えない。 水がどの程度利用可能であるかを評価するためには、 どのくらいの水が溜まっているか、の貯留量ではなく、 どのくらいの水が流れて循環しているか、 に着目せねばならないからである。

簡単な例で考えてみる。 ある瞬間に世界中の川の中にある水の量は約2000km3と推定されているが、 この値は年間の取水量3800km3/yearよりもはるかに少ない。(図1) しかし、こういう比較はナンセンスである。本来、取水量3800km3/yearは、 地球上の全流出量45500km3/yearと比較されるべきなのである。(図1) この全流出量というのは、地下水が直接海に流出する分も含まれてはいるが、 概ね河川を通じて陸から海に流れ出る水の量であり、 これが1年間に利用可能な全水資源量に相当する。

循環する資源とはどういうことか?

他のほとんどの天然資源とは異なり、水は自然に循環している。 蒸発しても液体から気体になるだけであり、結局はまた凝結する。 光合成によって炭水化物の一部となり植物に蓄えられた水も、 分解された際に結局は水に戻ることになる。 水を使うと、水質、温度差、位置エネルギーといった 水の性質が失われてしまうが、 そういう質的に劣化した水も、 ほぼ100%太陽エネルギーによって駆動されている 地球上の水文循環によって常に再生されている。 水の流れる量が水資源のあるなしを測るのに重要だとすると、 水循環速度が問題となってくる。 ある水体に水分子が平均してどのくらいいるのか、 という平均滞留時間は その水体に蓄えられている水の総量を出入りする流れの量で割り算することによって 求めることができる。 人間活動の影響がなければ、 川における水の平均滞留時間は約2週間半であるのに対し、 地下帯水層によっては出入りする流れが非常に緩やかで、 平均滞留時間が数百年、場合によっては数千年と推定されているものもある。 そうした帯水層から水が汲み上げられた場合には、 元の水の量に戻るのには人間の時間スケールで考えると非常に長い時間がかかるので、 実質的には一旦汲み上げるともはや補給されず使い果たしてしまうのと同じである。 水がそうした地下帯水層に貯まるには非常に長い時間がかかるので、 そうした帯水層の水は化石水と呼ばれることがある。

どれだけの水資源賦存量が利用可能なのか?

再生可能資源としての水資源だけで人の水需要を すべてまかなえるものなのだろうか。 そうとも言えるし、そうでないとも言える。 再生可能資源としての水資源は自然に再生するけれども、 循環速度は気候システムによって決まっているので、 人間社会が利用可能な水資源賦存量には上限がある。 グローバルスケールでみると、 現在の水資源取水量はこの上限を遥かに下回っていて、 水循環を賢明にマネジメントすれば、 水資源賦存量は将来にわたって人類の水需要を賄うことができるであろう。 適切な水マネジメント、というのがその鍵である。 従来の水資源工学者達は河川などの表流水や地下水から汲み上げた水が水資源で、 植物の葉や土壌表面からの蒸発散はせっかく降った降水の損失であるとみなしていた。 そういう観点では、陸上の降水量から蒸発散量を引いた量が最大利用可能な 水資源賦存量である、ということになる。 この利用可能な水資源賦存量の大部分は表流水、特に河川水である。 ちなみに、河川総流量の約10%が表流水にはならず、 地下水のまま直接海洋に流出していると推定されている。

従来の見方とは違い、灌漑されていない耕地からの蒸発散量も 人間社会に貢献している水資源だとみなすべきだ、という指摘もなされている。 こうした新たに水資源とみなすべきとされた蒸発散量を 従来の水資源と区別するために、 蒸発散量はグリーンウォーター(緑水)と名づけられ、 従来の河川水や地下水はブルーウオーター(青水)とも呼ばれるようになった。 年間約 3800 km3/yearのブルーウォーターとしての水資源が人間によって 取水されていて、それは最大利用可能な水資源賦存量の10%にも満たない。 グリーンウオーターである蒸発散量については、 耕作地から年間約7600km3/year(図1)、 放牧地から年間約14,400 km3/yearと推定されている。 これらを合わせると全陸地からの蒸発散量の約3分の1に相当する。

水資源賦存量をすべて使うことができるのか?

ブルーウォーターの10%とグリーンウォーターの30%にしかすぎない水資源しか 現時点では使っていないのに、どうして水不足を心配する必要があるのだろうか。 水資源が時間的にも空間的にも変動が大きいことがその理由のひとつである。 例えば、アマゾン川のオビドス観測地点では、気候値としての平均値でさえ、 最大月の流量と最小月の流量とでは2倍も違う。 もっと小さい河川流域では河川流量の変動はより大きいのが普通だし、 日流量はもちろん月流量よりも変動が激しい。 こうした時間的変動の激しさのせいで、 水資源賦存量を100%利用することは現実的には難しい。 貯留施設がきちんと整っていない限り、 洪水時や流量の多い時期の流量を、流量が少ない時期に利用することはできない。 だからこそ、無数の人工的な貯水池や湖、小規模なため池が作られ、 ほとんどの川の流況が調整されているのである。 こうした人工の貯留施設の総貯水容量は、年間取水量の約2倍の 約7200km3だと推定されている。

再生可能な水資源が足りなくなり得るもうひとつの理由は、 それが空間的にも不均一に分布しているせいである。 年流出量(図2A)は上流から流れてくる水が上流での消費的使用や、 水質汚染のため下流では利用できないとしたときに 最大限利用可能な再生水資源量に対応している。 流出量は河道を通じて集められ、河川流量を形成する。(図2B) 河川流量は、もし上流からの水がすべて利用可能だとした場合に 潜在的に最大限利用可能な再生可能水資源である。 流出量も河川流量もどちらも限られた地域に集中していて、 値もほぼゼロの地域から熱帯では流出量は年2000mmを越え、 アマゾン川の河口付近では年平均流量は200,000mmを越えている。 また、健全な生態系維持のための水需要や、 船舶の航行のための水需要も満たされねばならないため、 再生可能な水資源のすべてを人間が利用するわけにはいかない。

世界の水資源はどのようにして評価されているのか?

1960年代後半の国際水文10年計画(IHD)によって世界の水収支の研究が推進され、 1970年代にその先駆的な推定値が公表された。 シクロマノフは各国の過去や現在の取水統計データなどを収集整理し、 将来展望をとりまとめた。 近年の情報技術の進歩により、 より細かい空間スケールで世界の水収支を推定することが可能になっている。 また、人口や灌漑面積分布を代替として、取水量の分布を推定することも可能になり、 各格子内の再生可能水資源とそうして格子化された取水量とを 比較できるようになっている。 渇水指標Rwsは、Wを全セクターによる年取水量、 Sを海水淡水化によって生成される水資源量、 Qを年水資源賦存量だとして、Rws=(W-S)/Qで定義される。 Rwsが0.4以上だと通常その地域は高い水ストレス下にある、と判断される。 水資源賦存量のすべてが人間社会によって利用可能なわけではないので、 この0.4という数字が今後とも普遍であるとは限らないが、 もっともらしい値であると考えられている。 年単位の水資源賦存量と取水量に基づく評価ではなく、 より細かい時間スケールの情報に基づいて、 水文循環の時間的変動を考慮すれば、 より決め細やかな評価が可能となるであろう。

人間活動が自然の様々なプロセスに及ぼしている影響が大きい、 いわば「人間世(Anthropocene)」では、 自然の水文循環のみを対象として研究することには何の意味もない。 したがって、いくつかの研究では人間活動が水文循環に及ぼす影響を グローバルスケールでも考慮し始め、 より現実的に水文循環をシミュレートしようとしている。 そうした研究では、人間活動による取水量は河川流量から差し引かれ、 主要な貯水池による流況調整なども組み込まれている。

最新のマルチモデルアンサンブル推定値に基づいて再計算された 渇水指標Rwsの分布が図2Cに示されている。 Rwsは中国北部、インドとパキスタンの国境付近、中東、 そしてアメリカ合衆国中西部で高くなっている。 この評価によると、 約24億人の人々が現在高い水ストレスの地域に住んでいることになる。

間接水貿易だけで水不足地域を救うことができるのか?

水が豊富な地域から乾燥して水ストレスのかかった地域まで 長距離にわたって水を輸送することは重力のみを利用するのでなければ 実際には経済的に引き合わない。 飲むための質の高い水は1人1日あたり2〜3リットルもあれば足りるので、 国際的に貿易したり、海水淡水化によって供給しても経済的に引き合う。 しかしながら、家庭用水、工業用水、そして農業用水には 1人1日あたり発展途上国でも1立方メートル、 先進国ではもっと多くの水が必要である。 したがって、そうした用途への水供給は安価でなければならず、 給水車やその他エネルギーを大量に消費するような手段による水輸送は 普通は非現実的である。

一方で、乾燥地域における食料生産や工業生産のための水需要は、 食料や工業製品を輸入することによって相殺することができる。 食料や工業製品の貿易により水需要が緩和されるということは、 あたかも食料や工業製品の貿易は輸入国にとっては水の貿易と同じようなものだ、 という意味でそうした貿易は間接水貿易(Virtual Water Trade)と呼ばれる。 製品の重さは、その製品を生産するのに必要な水の量の1/100や1/1000なので、 水が必要な場所に水を輸送して持っていくよりは、 その分の水を使って生産した製品を運ぶほうがずっと簡単なわけである。 世界の国際的な間接水貿易は年間約1000km3と推定されているが、 実際にはそのうちの一部のみが水不足を解消する必要性から生じており、 食料貿易が必ずしも水不足解消のために行われているわけではない。

水、食料、健康、そして貧困の問題は多くの発展途上国において 互いに結びついており、特に水資源が少なく、 地域経済が弱くて域外から食料を買い付ける経済力もなく、 海水淡水化施設は高価すぎて現実的には役に立たないような地域は まさにそういう状態にある。 逆に、適切な社会基盤施設投資などによって一旦水供給が確保され マネジメントがよくなれば、 公衆衛生状態はよくなり、 食料供給は安定し、 工業発展の可能性が増大し、 日々の生活に必要な水を得るために費やされていた時間を もっと生産性のよい労働や教育を受ける機会に振り向けることができるようになる。 だからこそ、「安全な飲み水に持続的にアクセスできない人口割合を半減する」 という目標が、国連のミレニアム行動目標のひとつとなっているのである。

今後の水利用はどうなるのか?

世界の人口は少なくとも今後数十年間は成長し、 その結果として水需要は増大するだろう。 一人当たりの水需要もおそらく経済成長によって増加するだろう。 例えば、肉の消費量の増大は、餌の生産のための水需要を増大させるだろう。

将来に関する世界の水資源評価は、 もし我々が水資源のマネジメントを今日あるがままにしていたら、 いったいどうなってしまうのかを国際的なコミュニティに示し、 望まない結末を避けるためには、 どういった行動をとるべきかを明確に表すのが究極の目標である。 そういう意味では、旧態依然とした現状維持という前提に立った予測を示し、 それを受けて悲惨な将来を回避するような行動を社会がとり、 結果として予測が外れるようになることが将来の水資源研究の成功だ、 と言えるだろう。 そういうわけで、 過去の経緯と現在の傾向からもっともらしいシナリオを作成し、 将来の水需要を予測することになる。

世界の水資源取水量の3分の2、 世界の水消費の90%を占めると推定されている農業分野では、 1961年から2004年の間に、 単位面積当たりの収穫量は2.3倍と人口の伸び(2.0)を上回ったため、 農耕地は10%しか増えず、収穫面積はさらに伸びが少なかったが、 結果として総収穫量は2.4倍になった。 こうした農業生産量増大は、施肥量の増大に加えて、 人口と同じく2倍に増えた灌漑面積、 そしてそのために必要な取水量の増大に支えられてきた。

1人あたりの生活用水使用量は国民総生産(GDP)の伸びに従って増大してきたが、 多くの先進国でその伸びは頭打ちとなっていて、 いくつかの国々では1人あたりの生活用水使用量はむしろ減少している。 こうした傾向も現実的な将来の水使用予測では考慮されねばならない。

工業用水使用量も国民総生産の伸びに従って増大してきたが、 再生水利用技術の進展が工場への取水量を減らしてきている。 例えば、現在日本では工業用水の80%近くが再生利用されている。

今後数十年のうちには、 灌漑のための取水量は必要に応じて増大させることができなくなり、 水不足が必要な食料生産の伸びの阻害要因になるのではないか、 という懸念が示されている。 しかし、発展途上国における渇水指標Rwsは一般に低く、 それは、それらの国々で取水量を増やせる可能性があることを示している。 そうした国々に必要なのは、技術的な水資源開発と共にいかにして法体系や政策、 経済メカニズムなどの「ソフト対策」と呼ばれる方策を実施し、 水供給を増大させて水需要をうまく管理するかである。

気候変動は再生可能な水資源にどのような影響を及ぼすのか?

グローバルな気候変動が水文循環に及ぼす影響にはまだ不確実性が高いが、 気温が高くなることにより雪として降るはずだった分が雨として降るようになり、 雪解けの季節が早くなり、 結果として春の融雪洪水の時期や流量を大きく変化させることは確実だろう。 また、世界人口の半分は飲み水の供給やその他の用水を地下水に頼っている。 海水面の上昇は海岸に近い地下帯水層への海水の浸入を引き起こし、 利用可能な地下水資源を減少させるだろう。 一方で、水需要の季節変化に気候変動がどう影響を及ぼすのかに関しては 十分な推定がグローバルにはなされていないし、 また、世界的な規模での地下水の汲み上げに関する統一的な記述は 決定的に不足している。

将来の水需給に関する現状の調査では、 季節変化といった時系列的に詳細な情報が欠落しているので、 渇水指数Rwsやファルケンマーク指標(もしくは水混雑度指標) と呼ばれるAw = Q/Cといった必ずしも洗練されているとは言えない尺度が いまだに使われている。 ここに、Cは人口である。 もちろん世界水資源調査にも進展があり、 例えば将来の水需要は、気候変動に関する国家間パネル(IPCC)の SRESと呼ばれる将来シナリオに基づいて推計されるようになり、 気候変動に伴う水循環の変化と首尾一貫するようになっている。 また、将来の水循環の展望における不確実性を減らすため、 マルチモデルアンサンブル手法も用いられるようになっている。

図3は高い水ストレスの地域に住むことになる人口の 21世紀終わりにまでいたる推移の推定結果について、 いくつかの調査に基づく推計値を比較したものである。 SRESシナリオごとに将来展望は異なるものの、 調査同士では比較的よく合致していることがわかる。 注目すべき点は、気候変動はグローバルな水循環を加速させ、 全体としては降水量を増加させる点である。 大気中の二酸化炭素濃度の上昇は植物の気孔を閉じさせ、 蒸散量を減少させるので、蒸発散量は降水量ほどには増加しないので、 結果として河川流量はグローバルには増大する。 このため、利用できる再生可能な水資源量は 人口の増大や経済発展により増える水需要の伸びを超える速度で増加する。 こういう理由で、年間の水資源賦存量に基づいて計算されている 渇水指数Rwsや水混雑指標Awの両者ともにマクロに見ると、 水ストレスは弱められていることがわかる。 例外はA2シナリオで、地域の特性が残る多元化社会を将来像として描く このシナリオでは人口が増大し続け、 水ストレスにある人口も増加する推定となっている。 また、実際には水循環の加速の影響だけではなく、 A1/B1シナリオでは人口が伸びなくなる影響や、 経済発展に伴って工業用水使用量がどの程度伸びたり 逆に再生利用が発展したりするかもこれらの結果には影響を与えている。

しかしながら、高い水ストレス下にある人口の伸びが 頭打ちになる推定結果は非常に微妙であり、 年平均の水需要、水資源賦存量のみに基づいて推定されていることから、 あまり楽観的にとらえるべきではない。 そうした年総量への影響以外にも、 利用可能な再生可能水資源量の季節推移の変化、 水質の劣化、水資源マネジメントの変化など、 気候変動が水資源に影響を及ぼすのではないかと懸念されている要素が 十分に考慮されていないからである。

さらに、降水量はより強く間歇的になり、 洪水や渇水のリスクが増大して、 場合によっては同じ場所で洪水と渇水のリスクが増えることが 懸念されている。 こうしたリスクの増大は将来の水資源マネジメントに関する 現時点でのグローバルな調査には十分取り込まれていないのである。

とはいっても、今でも水不足に苦しんでいる人々がいて、 どんな水文循環の変化も水資源マネジメントに変革を迫る ことは確かである。 そしてその場合、 そうした水文循環の変化の原因が地球温暖化だろうが地球寒冷化だろうが、 人間活動の影響だろうが自然変動だろうが同じことである。 多数の人々が水ストレス下に暮らしたり、 洪水など水に関連した災害のために多くの人が 生活を無茶苦茶にされたりするのを見るといった事態を招かないように、 社会がそうした変化に対する十分な準備をし、 水文循環の変動を監視する必要があるだろう。

どうすれば水文科学は世界の水問題解決に資することができるのか?

世界の水資源に関する詳細な知識は 国際水文10年計画以来の40年間で確実に増大した。 地球上の水循環はいまやより細かい時間空間スケールで測定され、 それぞれの水文素過程に関する詳細な数値モデルでシミュレートされて、 現在から将来にいたるグローバルな水システムの状況を 描き出すことができる。(図1-3) こうした自然の水文循環に関する研究成果に比べると、 水利用に関する社会的なデータなどはまだまだ得にくいのが 課題である。

また、水に関連する社会的問題の解決へ向けた活動に 水文学で得られた専門的知識が役立つようにし、 一方で、どういう知識が政策決定者や広い意味での社会に 必要であるかを科学者達が知るためにも、 科学者と政策決定者の間のコミュニケーションを改善することが 今後の水文学の発展には必要だと考えられる。

3. 主な参照文献

4. その他の参考文献


5. 連絡先

沖 大幹(おき たいかん)
東京大学生産技術研究所 教授
〒153-8505 東京都目黒区駒場4-6-1
Phone: (03) 5452-6382, Fax.: (03) 5452-6383

6. 図表、文章ファイル

図1(PDF) [Fig1 English] [Fig1 Japanese]
(英語 1MB PDF file) (日本語 1MB PDF image)

図1: 地球上の水文循環量(1000 km3/year)と貯留量(1000 km3)。 自然の循環と人工的な循環を様々なデータソースから統合した。 大きな矢印は陸上と海洋上における年総降水量と年総蒸発散量(km3/year)を示し、 陸上の総降水量や総蒸発散量には小さな矢印で主要な土地利用ごとに示した 年降水量や年蒸発散量を含む。 ()は主要な土地利用の陸上の総面積(百万km2)を示す。 河川流出量の約10%と推定されている地下水から海洋への直接流出量は 河川流出量に含まれている。

図2 [Fig2 English] [Fig2 Japanese]
(英語 1.4MB PDF file) (日本語 804KB PNG image)

図2: (A)平均年流出量(mm/year)、(B)平均年河川流量、 (C)渇水指数Rwsのグローバルな分布。 Rwsが大きいほど水ストレスが高い地域を表す。

図3 [Fig3 English] [Fig3 Japanese]
(英語 27KB PDF file) (日本語 48KB PDF file)

図3: 3つの旧態依然シナリオに対応して推定された 現在から将来にいたる高い水ストレス下にある人の数。 高い水ストレスかどうかの閾値は(A)水混雑度指標Aw = Q/C < 1000 m3/year/人、 (B)渇水指数Rws = (W-S)/Q > 0.4とし、ここに、Q、C、W、Sはそれぞれ、 再生可能水資源量、人口、取水量、海水淡水化による水資源量である。 エラーバーは6つの気候モデルによる再生可能水資源量の推計に対応した 高い水ストレス下にある推定人口の最大値と最大値である。 2010-39年平均を2025年に、2040-2069年平均を2055年に、 2060-89年平均を2075年にプロットしている。


7. 補足: 背景と経緯

世界の水資源問題に関する国内外の動向やこれまでの研究経緯については

もご参考にしてください。


8. 質疑応答メモ


本論文の成果は 沖-鼎研究室 (東大生研水文学・水資源工学研究グループ)における グローバルな水循環・世界の水資源研究に関する集大成です。 卒業生、在学生、ポスドク、サポーティングスタッフのみなさんの協力のおかげです。 また、各共同研究プロジェクトの共同研究者の皆様の協力を得ています。 ここに記して感謝の意を表します。


掲載紙面一覧

掲載が確認されているのは次の各紙です。

引用掲載一覧

引用が確認されているのは次の文章等です。

放映一覧

放送が確認されているのは次の番組です。


Jump to:
[Oki' HOME] 沖 大幹 Home Page [Hydro HOME] 沖-鼎研究室 Home Page [Kanae' HOME] 鼎 信次郎 Home Page

このページには December 2024に 85 回のアクセスがありました。 (Last updated in November 2020)