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論文要旨
渇水に伴う数ヵ月先の水資源量や,
温暖化などの地球環境変化に伴う水資源変動を予測するには,
中長期の気象・気候予測が必要である.
しかし, 現時点では, 数値モデルによる中長期の気象・気候予測精度は
定量的に不十分である. その原因の一つに, 初期値として与える土壌水分の
精度の低さが指摘されている.
数値モデルで必要となるグローバルな土壌水分情報を推定する方法は大きく
3つある. 1つ目は, 直接観測であるが,
点スケールの情報をグリッドスケールに拡張する際の代表性に問題が残る.
2つ目が地表面の水とエネルギー
のバランスを計算する地表面モデルに気象データを外力として与えた積分計算から
土壌水分を推定する方法である.
そして3つ目が, 衛星観測の利用である. 水と土の誘電率の違いを利用してマイクロ波で土壌水分
を計測する手法が注目されているがグローバルに適用した例は少ない.
そこで本研究では, 既存のセンサと異なり解像度は粗いが広範囲を高頻度で観測できる
TRMM(熱帯降雨観測衛星)搭載のPR(降雨レーダ)
---TRMM/PRと表記する---
を用いて熱帯域のグローバルな土壌水分観測を行なうことにした.
TRMM/PRは史上初めて衛星に搭載された降雨レーダであり, 本来の目的は
雨滴からの散乱強度を計測し降雨強度を推定することであるが,
それと同時に, 地表面での散乱強度(後方散乱係数)を計測しており
能動型マイクロ波センサーとして土壌水分推定への利用が可能であると考えた.
既往の研究で土壌水分計測に用いられてきた能動型センサーと比べると,
入射角が0oから18oまでと小さいという特徴がある.
まず, TRMM/PRの観測した後方散乱係数に地表面物理量が与える影響を調べた.
TRMM/PRデータは1998年に観測されたすべての軌道データを利用し,
入射角を区別して, 月単位の水平格子1度グリッドのデータに変換した.
これと, 土地被覆, 植生量(LAI=葉面積指数), 降水量, さらに地表面モデルで
計算された土壌水分計算値---GSWP(全球土壌水分計画)による1987/88年の計算値---
などを同じく月単位, 水平格子1度グリッドのデータとして用いた.
また, 散乱モデルによる理論的な結果と合わせて考察した.
その結果, 地表面物理量の影響は, 入射角ごとに異なることがわかった.
入射角0oのときは, 鏡面反射成分が卓越している.
入射角3oのとき(入射角が小さいとき)は, 土壌面からの
散乱が卓越している. 地表面モデルで計算された
土壌水分量との偏差相関が多くの地点で有意である.
また, 植生量との関係をみると植生が多くなるに従い,
後方散乱係数が減少しており, 土壌面からの散乱が卓越する場合の
理論的結果と一致する.
入射角18oのとき(入射角が大きいとき)は, 植生からの
散乱が卓越している. 地表面モデルで計算された土壌水分量との有意な偏差相関は
見られない.
植生量が増加するにしたがい後方散乱係数が増加するのは,
植生からの体積散乱が卓越する場合の理論的結果と一致する.
このことから, 入射角が小さい方が土壌水分観測には有利であり,
この角度で観測を行なえる点でTRMM/PRは他のセンサより優れている.
次に, 後方散乱係数とLAIデータのみを用いて土壌水分を推定するための
アルゴリズムを作成し, 1998年の月単位土壌水分量推定に適用した.
年平均のLAIと土壌面からの散乱成分の関係から
LAIが1増加するごとに,
後方散乱係数は4. 8dB減少するとして,
植生の時間変化の影響を取り扱った.
また, 植生の時間変化も考慮することで,
土壌水分の季節変動を的確に説明できることが示された.
最後に, 1月の地表面モデル計算値を基準として,
本アルゴリズムにより7月の土壌水分地図を推定した.
その結果は7月の地表面モデル計算値と定性的によく一致している.
以上本研究では, TRMM/PRから土壌水分を推定する手法を世界で初めて開発し, グローバルに適用してその有効性を示した.
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