8月2日(その1)

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地質境界を何度も横切る

見えない境界の見えない力

 世の中にはいろいろな境界があり,それがたとえば悲劇の元になっていたりします.しかし中には専門家以外にとってはあまり意味がないような境界もたくさんあります.四国の場合,我々にとって重要な境界は,たとえば多雨地域と少雨地域を分ける四国山地でしょうか.しかしそれ以外に,土砂災害にたいする防災ということを考えた場合は地質の境界が非常に重要になります.地質が違うと,起こる土砂災害のタイプがまるっきり異なってくるからです.

 四国の地質図は,見事に縞々になっています.方向はおおよそWSW-ENEといったあたりです.地質境界も,もちろんほとんどがこの向きです.陰影図付きの地形図・地勢図で四国を見てみると,この方向に入った谷が多いことに気づきます.また,たとえば石灰岩の採石場もこの向きにズラリと並んでいます.

 地質境界の中でも大きいのが四国北部を横断する中央構造線(MTL),これは四国のみならず西日本最大の地質境界で,この南と北とではガラリと岩が変わります.吉野川は池田より下においてはMTL沿いを流れます(後述).MTLの南には,MTLに近いほうから順に三波川サンバガワ帯・秩父帯・黒瀬川帯・三宝山サンポウザン帯・四万十帯…と縞々が続きます(学んだ時期が古いので,今の教科書ではちょっと違っているかもしれません(笑)).三波川帯は変成岩という,一度岩になったものがもう一度地下深くの高温高圧下でグチャグチャに変形変質して(これを変成といいます)できた変成岩で,庭石によく使われる三波川石の仲間です(長瀞石といったほうが通じるかな?).それ以外は基本的には海洋プレートに乗っかってきてくっついた付加体と呼ばれるカタマリで,つまり海底でできた岩(堆積岩あるいは海底火山噴出物)が主体です.

 地質ごとに土砂災害が違うということは,つまり土砂の動き方が違うということです.これは,地形の違い・土の湿り気の違い・植物の違い・河川水質の違い…と実にいろいろなところに効果を及ぼします.見えない境界は−日本の場合,山は普通完全に森で覆われていますからなおさら見えません−見えない力で私たちの生活に影響を及ぼしています.そのことをきちんと読み取ることが生活の上では大事です.ちなみに,ある程度プロになってくると山の形や木の分布を見ただけで大まかな地質境界は引けるようになります.

 余談ですが,日本でも高山ですと植生が薄いので地質境界がはっきり見え,地質と生態系(というより,無生物・生物を全て含んだ自然そのもののあり方)の関係がはっきり認識できるようになります.このあたりのことは東京学芸大学小泉武栄教授の率いるゼミ(自然史ゼミ)のお家芸で,実は筆者もこのゼミにたびたび参加させて頂いています.


南小川合流

 バスは吉野川沿いに下り(一部,穴内川沿い),やがて豊永駅手前で長瀞橋を渡ります.なんとも意味深な名前の橋です.この橋がわたる川が南小川という支流です.その合流点では,写真のように面白い光景が見られます.

 合流点のすぐ下流,吉野川の右岸に立って吉野川を写したのがこの写真です.手前と向こうとで水の色が違うのにお気づきでしょうか?

 写真でいうと手前側の水が南小川からの水,奥側が吉野川本流の水です.両者が混ざり合わずにしばらくこうして二色の帯を作りながら下流に流れてゆくのです.

 南小川流域の地質は主に変成岩類.いつも土砂が吉野川より少なく,結果として水が青く見えるのだそうです.よく見ると河床に特有の青緑が.そう,変成岩類の「登場」です.

ここから池田までも,メジャーな地質境界を何回も横切ることになります.また,この日は後で,地質による土砂災害タイプの違いについてという興味深い話を伺うことができました.


吉野川砂防資料館

けっこう目立たない資料館

吉野川砂防資料館

 吉野川砂防資料館は目の前です.上述の河床の色を観察していたので皆から遅れて入りました.一応国道のすぐ脇にあるのですが,写真で見るとおりなかなか目立たない色をしています.でも,この地味な作りの建物の中にはなかなか立派な展示があったのでした.


国際色豊か?な展示

吉野川砂防資料館

 中は名前のとおり吉野川中上流における砂防工事の概要についての展示です.が,結構気合が入っています.全国でも有数の規模を誇る?地すべり地(これはこの日にすぐそばまで行った),昨年度も見事に起こった大きな土砂災害…なにしろネタはそろいすぎです.

 ところがこの資料館の特色はそんなことではない.いや,それも確かに特色ではあるのですが,もっとスゴいことがある.上の写真で皆が覗き込んでいるのが,ガラスケースに入ったジオラマとその向こうにある大きなディスプレイ.このディスプレイではヴィデオが上映されているのですがそれが全部ネイティブスピーカーのものと思われる英語なのです.

 聞くと,この資料館は外国からの視察者が結構いるらしく,それ用に作ったビデオなのだそうです.どうやら日本語版と同じ内容のものが見事に揃っているようなのでした.砂防資料館は全国に多いのですが,こういうinternationalな雰囲気を押し出しているところはまだ少ないのではないでしょうか.

 当研究室の留学生の皆さんにも吉野川の自然の美しさと恐さがストレートに伝わったかもしれません.


吉野川砂防資料館対岸の地形

 さて,資料館を出てまた先ほどの青白二色状態の河床に出ます.今度は対岸の地形に注目してみましょう.これからいく地域の地形的特徴がそこはかとなく出ている地形が見られます.

 写真を見てください.対岸の森林となっている斜面,なんだか「もわもわ」した感じに見えませんか?「浅い谷しか入っておらず,でもなぜか斜面が落ち着いていない」という雰囲気が読み取れればあなたも地形屋の仲間入りです(笑).


(以下続く.)

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Text By AGATASHI