以下の資料は,1999年7月24,25日に行われた「湧水保全交流フォーラム・遊佐会議」(山形県遊佐町)で筆者が配布した資料−MS Word97形式−をHTML化したものです.原文はA4白黒コピー3枚です.
なお,図についてはWord98からHTMLファイルを生成するときに自動的に作られたものをそのまま使用していますが,サイズが大きい割に重要な書きこみが全部消えてなくなっているのでいずれは改訂予定.また,専門家向けに書いた文章ではないので,用語の使用法・ロジックの組み立てについてはそれほどこだわっていません.ご了承下さい.
当日用いたOHPについても,HTML化して公開しています.
湧水保全フォーラム遊佐会議 発表資料
1999.7.25.
―鳥海山調査に期待するもの―
安形康(東京大学理学系大学院地理学教室・研究生)
名水の色あぢさゐに咲き出づる (小長井光子)
演者は,火山の水文学(すいもんがく、hydrology)を専攻する大学院生である.しかし,どうも一部湧泉(注1)マニアの間ではインターネット上サイト「名水大全」管理者として知られているようである(苦笑).以下ではこの二つの活動を通して知り得た事実を示し,湧水ウォッチャーが一人でも増えてくれることを期待するものである.
なお,学術的な記述については,文献(注2)を参考にされたい.また,火山体の水文学については,最近概説論文(注3)が出たので参考になる.
火山,とくに新しい火山は貯水能力が高い「スカスカ」な地層が内部に分布することがよくある.しかもそれが水を通しにくい地層と重なることが多く,結果としてスカスカ地層に大量の水をため得ると言われている.
一方,河川流域に第四紀火山(あたらしい火山)が存在すると,いわゆる「保水力」が大きい,つまり日照りでも水が減りにくいということは古くから指摘されている(OHP参照).ブナ林が本当に「緑のダム」であるかどうかはまだ実は充分確かめられているわけではないが,火山が「黒いダム」(山本荘毅博士の言葉)であることは疑いのない事実である.聳え立つ火山は,鳥海山のように霊峰としてあがめられている場合が多いが,水資源という点から見てもやはり貴重な存在であるのだ.なお,もう一つ付け加えると,雪の多い地方の河川でも,渇水比流量が大きい傾向が見られる(→参考文書).
筆者がWWWで公開している湧泉データベース「名水大全」(注4)や,Yamamoto(1995)(注5)のデータによって,日本の巨大湧泉の分布を調べてみると,そのほとんどが火山山麓にあることに気づく(公開文書「日本の巨大湧泉」参照).本当に火山は水の山である!ここで,「面積あたりの湧泉湧出量」(注6)が多い火山の周辺の河川ほど「保水力」が高いことが演者の研究により分かっている(OHP参照.つまり,湧泉湧出量の多寡はその火山の水文特性を端的に表す一つの重要な指標となっている.
そこで,「どのような火山ほど湧泉湧出量が多いのだろうか」という問いが重要な研究課題となる.が,先を急ぐ前に火山体の水に関する研究を概観しよう.
戦後の火山山麓開拓時に,火山の地下水調査がよく行われた.しかしその結果を広くまとめたデータベースは前述したYamamoto(1995)まで入手は困難だった.また,いくつかの火山(注7)ではここ10年程詳しい地下水研究が行われているが,結果からみると,火山毎にあまりに地下水の様相が異なる(ように見える)ため,多くの火山を俯瞰し,大雑把にでも比較して自然に潜む規則性を見出す研究は進展が無かった(注8).
一方,最近では集中的な水や気象の観測により,山体内部への水の地下浸透量を見積もる研究もよく行われている.これは少数の火山について集中して研究が行われている.しかし,相当の「目利き」が長い時間とマンパワーをかけて観測する必要があるため,どうしても広域に渡る研究は難しい(もちろん,この研究の流れ自体は今後もずっと継続させていく必要はある).
さて,元に戻って「どんな火山だと湧出高が大きいか」を調べてみた結果を述べると:
なんとなく「大きい火山」「どっしりした火山」「高い火山」だと地下水が豊かそうに思える.もちろん「雨や雪の多い火山」も.しかし調べた限りの火山(図2)ではそういうシンプルな関係は見えてこなかった.ただし,カルデラを持つようなよく発達した火山では傾斜が緩くなると湧水が多くなる傾向がありそうではあったが,きれいな円錐型をした成層火山(注9)ではどうもそうではないようである.
では何が影響しているのか.もうすこし良く調べてみてやっと分かった.結局こういう火山(A1型火山)においては,侵蝕が進んだ山ほど湧泉湧出高が少なくなるというはっきりした傾向があったのである(図3←書き込みの文字が消えてしまっていますが、A1型火山の点列は、左から富士山・後方羊蹄山・利尻岳・八ヶ岳南部のものです).
このことは一見当たり前のように見えるが,実はそうではない.火山山麓湧泉で湧出する水は山体内部のきわめて深いところをゆっくり流れてくるといわれているが,それならなぜ,地表面近くに限られる「谷の発達」がこれらの水の量に影響するのだろうか…これが演者の目下の研究テーマなのである.
上記の研究に鳥海山のデータは用いられていない.実は現在のところ誰でも利用できるような形で公刊されているデータはないのである.Yamamoto(1995)にしても,湧出量については西側山麓の人里近い泉のものがいくつか載っているにすぎない(湧泉の位置そのものは山を取り囲むような範囲での地図データがある).したがって山体全体での湧水湧出量はこれだけでは不明である.
しかし,以下の三つの理由で鳥海山全体の湧水の量はかなり多くなる可能性がある:
いまのところ,本当に多いかどうかはまだ「予言」は出来ないが,なにはともあれ,鳥海山が「超豪雪地帯の独立した成層火山」というある意味で興味深い例であること自体は間違いないから,演者は鳥海山の湧泉調査(位置・標高・湧出量・水温.できたら水質の季節変化も)が進展することを願ってやまないのである.
また,そういう目で見ると日本の火山の中にはきちんと湧泉調査が行われてはいないか,データが公刊されていないものも沢山ある.これらについては,全国の湧水ウォッチャーの丹念な調査が必要だと思うのである。
完
桃の世へ洞窟(ほこら)を出でて水奔る (中村苑子)