実験について
時間軸
LSMに与えるフォーシングデータは4年分です(1985年8月1日から1989年7月31日までの分).これらのうち,最初の一年分(1986年7月31日まで)はスピンナップにのみ用いられます.ですから,参加者は残り3年分(1986年8月1日〜1989年7月31日)の結果を報告していただくことになります. シミュレーションの始まりが夏の終わりごろとなっているのは,Rhône川においては冬に多量の積雪があるため,水年の区切りとしてこの季節が相応しいからです.そして,シミュレーションの終わりが夏となっているのは,Alps地域の流量観測点における河川流量に多大な影響を及ぼす融雪季の水文サイクルが把握できるようにするためです.

図3.1 配布するデータセットに含まれるフォーシングの期間.1985年8月1日から1989年7月31日の分が含まれる(下側のバー).ただし最初の12ヶ月はモデルのスピンナップ用にのみ用いられ,参加者は残り3年分について結果を報告することになる(影付きの部分)
時間的補間とスピンナップ
大気フォーシングデータは3時間間隔のものが配布されます.降水データを除いては,これらを線形に補間して用いてください.降水(液体も固体も)については,当該3時間において同じ強度の降水があったものとしてシミュレーションを行ってください.モデルの計算時間間隔は,3時間より短くなるようにしてください(現在主流となっているモデルでは計算時間間隔は3時間よりずっと短いものと仮定しています). 各年のフォーシングデータは,365 x 8 + 1個あります(1987-1988についてはうるう年ですので366 x 8 + 1個).最初のフォーシングデータは,その水年の「最初」におけるフォーシングです.それより後のデータは,該当する3時間の「最後」におけるフォーシングです.
積雪および土壌内氷体量はスピンナップ年(1985年8月1日〜1986年7月31日)の最初において0にイニシャライズしてください.この状態から初めて,最初の365日分びデータを(繰り返し)用いてスピンナップを行います.標高の高い地点において年中積雪が残るようなことがあっても構いません. スピンナップによって現実的な平衡状態に達したら,残り3年分のシミュレーションを始めてください.報告の際には,この残り3年分の結果だけを報告してください.
実験1:全領域全グリッド
まず最初の実験について設定を説明します.これは1471点全点についてSVATスキーム(LSM)を用いて,前述のように1年スピンナップ+3年分計算を行い,この3年分の結果を報告していただきます.この時,私達が配布しているフォーシングデータ(表3.9),およびその他のデータ(表3.1)のうち必要なものを用いてください. フォーシング以外にデータについては,配布データにふくまれている各種パラメタ(根層深,しおれ点容水量他)にせよ,含まれていないデータにせよ,何を使うかはモデル使用者に選択権があります.つまり,配布データに含まれるデータセットを用いることも,関係する他のデータをもとにそれらのデータを独自に計算することもできます.
モデルで出された結果は,CNRMのMODCOUモデルへの入力として用いられ,河川流量が算定されます.この結果をいくつかの流量観測点における日観測流量と比較します.また,モデルで出された積雪深も観測値と比較されます.さらに,モデル間の相互比較も行われます. この実験の結果には,最も高い解像度における結果という意味合いもあります.
実験2:グリッドボックスの結合(AGGregation)
二つ目の実験は,二つの異なるグリッド間隔で行なう総計三つのシミュレーションからなりたっています.まず最初の実験(実験2a)は,Rhône河流域内における20の小領域において各SVATが上記と同様の4年間分の実験を行います.これら小領域の境界は1度×1度グリッドの緯線経線(GSWPにおけるグリッド設定と同一)におおよそ沿っています. . おおよその領域分割図を図3.1,詳しい領域分割図を図3.2左にそれぞれ示しました.
配布データには,各小領域における平均されたフォーシング,および各小領域で統合されたeffective parametersが入っています.後者の地表パラメタの統合は,8km×8kmグリッドにおけるパラメタデータをベースに用い,この章で後述する簡単なルールに従って行っています(as opposed to the correspondence tables). ただし,配布データにおいては1度グリッドにおける土層の水理特性はグリッドボックスにわたって平均した土層の物理パラメタにより求めていますが,モデル使用者自身が独自の方法(たとえば,8kmグリッドの土層水理特性を直接aggregateする)で1度グリッドの土層水理特性を求めるのも構いません.
さらに,各小領域に対するマスクデータも配布しています.モデル使用者はデフォルトのaggregatedパラメタを用いることも,植生・土壌物理特性に関するパラメタをこのマスクデータを用いてaggregateすることもできます.後者の場合,このマスクデータを地形・土壌などの分布を統計的に求めるために用いたり,サブグリッドにおけるモザイクないしタイルを決定するのに用いることができます. なお,タイル型計算方式をとっているモデルの場合,出力は流域平均値のみリポートしていただきます(訳注:basin average output variablesと原文ではなっているのでそう訳したが,実は「グリッドボックス平均値」かも?).
この実験の目的は,空間解像度を8kmグリッドから,比較的高い解像度の気候モデルで用いられているグリッド(GSWPと同じグリッドでもあります)に変えたときに各種水文量のシミュレーション結果がどのような影響を受けるか検討することです.

図. 3.2 Rhône河分水界(曲線で囲まれた領域)とGSWPグリッド.実験2における20個の小領域も示している.
二つ目の実験(実験2b)では,実験2aとほぼ同様のシミュレーションを行いますが,グリッド間隔を少し変えて,約0.5度グリッド間隔における60個の小領域について計算を行います.実験2aと同様に小領域について平均化されたフォーシングと各種パラメタが配布されます.モデル使用者は,後者については配布されたデータセットをそのまま用いるのも,8kmグリッドデータから独自に小領域におけるパラメタを計算するのも自由です. この実験の目的は,(8kmグリッドと1度グリッドの)中間の大きさのスケールについて実験を行うことにより,スケーリングの影響が線形か非線形か検討することです.

図3.3a 実験2aにおける小領域分割(おおよそ1度グリッド).

図3.3b 実験2bにおける小領域分割(おおよそ0.5度グリッド).
三つ目の実験(実験2c)は,実験2aと同じグリッドで同様の実験を行いますが,パラメタとしてはdominant parametersのみを用います.この実験で用いられるパラメタセットは配布データの中にあります.また,フォーシングは実験2aと同じものをそのまま用います. モザイク型モデルの場合は,各小領域においてタイルがひとつだけ(dominant parametersをもつ)として計算します. この実験の目的は,dominant parametersを用いたときとeffective parametersを用いたときの違いを検討することです.
実験3:流域aggregation
Rhône河流域内における三つの小流域について,各流域内におけるaggregatedフォーシング(各時間ステップにおける液体降水および固体降水の占める面積割合を含む)および地表/土層パラメタが配布されますので,これを用いて各SVATが3つの小流域におけるシミュレーションを独立に(あたかもポイントデータのように)行います. 各小流域は,図3.4に示した三つ,すなわちthe Ardeche, Saone そして Durance 川です.
この実験で興味ある点は,流域スケールでシミュレートされた流量を観測値と直接比較できること,そして各小流域がそれぞれ異なる気候的セッティングにあることです.具体的には,Ardeche川は積雪が少なく夏季の対流性降雨が活発,Saone川は大陸性気候の代表例,最後のDurance川は高標高域の河川(流域の平均標高は約2000mです)で多量の積雪を見るのです.
実験2と同様に,各小流域に対するマスクデータも用意しましたので,植生や土壌物理パラメタについてはデフォルトのaggregated parametersを用いることもそれらを自分で計算してしまうこともできます.また,これも実験2と同様に,タイル型計算方式をとっているSVATの場合は流域平均値のみ報告してください.
表3.1 実験3の対象となっている流域(図3.4に図示)の流域面積及び平均標高.
basin
area (km2)
altitude (m)
Ardeche
2240
677
Durance
2170
2149
Saone
11700
330
キャリブレーション
配布データの中には,Rhône流域内にある二つの対照的な小流域(キャリブレーション流域)における4年分の流量データも含まれています.これらキャリブレーション流域に対するマスクデータも用意してありますので,当該流域に対するフォーシングや各種パラメタを元のデータから抜き出すこともできます.また,各キャリブレーション流域に含まれる8kmグリッドボックスのcontributing areaデータも配布されます.これは,キャリブレーション流域の流出量として計算される値を観測値(m3s-1単位)に換算できるようにするためです. モデルが全流出量(地表流出と地下水流出の合計)を与えられた期間について計算したところで,上記のデータを用いてこの結果を(routingモデルを用いずに)検証できます. なお,注意すべき点があります:contricuting area fractionデータはキャリブレーションにのみ用いるものであり,最終出力に含まれるモデル流出量を計算するときには一切用いられません.
キャリブレーションを受けたパラメタセットを,今度は全計算領域に渡って任意の方法で外挿し,それを実験1で用いることができます.そしてそのパラメタはモデル使用者が望む方法で実験2や実験3用にaggregateすることができます(The calibrated hydrological parameters can then be extrapolated over the entire domain however the modelers prefer for Experiment 1, and they can be aggregated as modelers wish for Experiments 2 and 3.). ただし,表3.1に含まれるパラメタは配布されたデータセットのものをそのまま使ってください.なお,キャリブレーションは必須ではありませんし,標準ではその結果は実験1の結果に含まれるということに注意してください(キャリブレーション結果まで付加する必要はありません).また,各モデル使用者が,キャリブレーション方式・キャリブレートされたパラメタを他の領域に外挿した方法・実験2および実験3において独自にパラメタのaggregationをした場合はその方法,に関する簡潔なドキュメントを添付してくださるようお願いします.
モデルの評価
各SVATにより計算されたgridded total 日表面流出量・日地下水流出量(それぞれQs および Qsb.第五章参照)をCNRMにおいて分布型水文モデルMODCOUへの入力として用います.この結果を直接観測流量と比較します. 始めに,比較結果を表すインデクスとして数種の数値の使用を予定しています.それらは相関の二乗(訳注:相関係数の二乗?)・efficiencyあるいはNash係数(Nash and Sutcliffe, 1970),二乗平均誤差(RMS),そして観測値と計算値の比,です. また,グリッドボックス平均における日毎の積雪深結果も観測値を比較します.
Aggregateされたフォーシングやパラメタを使用した実験については,観測値との比較(実験3.実験2については全流域)のほかに,実験1の結果とも比較されます. 他の種類の出力変数(地表フラックス,土壌水分,積雪の水当量など)についても実験1の結果と比較します.
イニシャライズ
シミュレーション開始の段階(8月1日.訳注:特定していないが「1985年の」8月1日のことだろう)では,積雪も土層内氷もないものとしてシミュレーションを開始します.ただし,(シミュレーション中においては)高い標高のいくつかの地点では年中雪が残るかもしれません. シミュレーションが夏季の中盤から後期にかけての時期に始まることから,根層における初期の土壌水分は次の関係を用いて設定することを推奨します:
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(3.9) |
ここに,式3.9の左辺は地表から根層基底までに含まれる単位面積あたりの水の体積(m3 m-3)の平均です.これはSoil Wetness Index(SWI)を
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(3.10) |
で定義した場合,SWI /2に相当します(訳注:「???」).
根層より下層にある土層については,含水量wを, wwilt <= w < wfc の範囲で設定するよう推奨します. また,地温プロファイルについては第一次近似として年平均気温で初期化することができます.