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お知らせ

熱帯降雨観測衛星(TRMM)搭載降雨レーダ(PR)による

全球土壌水分量の観測結果について

平成12年4月18日
東京大学生産技術研究所
郵政省通信総合研究所
宇宙開発事業団

1997年11月に打ち上げられた熱帯降雨観測衛星(TRMM)は、 2年以上にわたって順調に観測を続けており、 これまで観測したデータの検証、研究が積極的に行われ、 いまだ解明されていない地球規模の気候変動メカニズムの解明に寄与する成果が得られつつあります。

今回は、郵政省通信総合研究所と宇宙開発事業団が共同で開発した降雨レーダ(PR) のデータから、東京大学生産技術研究所と宇宙開発事業団の共同研究により、 全球土壌水分量の検出が世界で初めて可能となりました。 これは地表面により反射され返ってくるPRの電波の強さが、 電波が地面にあたる角度と土壌水分などの地面の様子により変化することを利用したものです。

海洋における海面水温がエルニーニョの監視や予測などに利用されているのと同様に、 陸地表面の土壌水分量は気候変動の監視と予測に対して非常に重要であると 世界中の研究者が認めていながらも、 衛星によるグローバルな観測推定は、これまで非常に困難なものでした。

この成果については、 4月24日〜29日まで仏国ニースにて開催されるヨーロッパ地球物理連合大会において、 発表する予定です。

※本件につきましては、次のホームページにおいてもご覧いただけます。
http://hydro.iis.u-tokyo.ac.jp/Mulabo/TRMM/
http://www.eorc.nasda.go.jp/TRMM/

問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所 沖研究室
Tel 03-5452-6382
郵政省 通信総合研究所 電波計測研究室
Tel 042-327-7543
宇宙開発事業団 広報室
Tel 03-3438-6107〜6109




熱帯降雨観測衛星(TRMM)搭載降雨レーダ(PR)による
全球土壌水分量の観測結果について
(参考説明文)

1997年11月に打ち上げられて以来、 熱帯降雨観測衛星(TRMM;トリム)は2年以上にわたって順調に観測を続けている。 その観測データに対する検証、研究も積極的に行われ、 地球規模の気候変動メカニズムの解明に寄与する斬新な成果が得られつつある。 今回は、 東京大学生産技術研究所と宇宙開発事業団との共同研究により、 郵政省通信総合研究所と宇宙開発事業団が共同で開発したTRMMの降雨レーダ(PR) のデータに基づいた全球土壌水分量の検出が世界で初めて可能となった結果を 発表する。 これは地表面により反射されるPRの電波の強さが、 電波が地表面にあたる角度や表層の土壌水分や表面のでこぼこ(粗さ)、 植生の様子など地表面の様子により変化することを利用したものである。

海洋における海面水温がエルニーニョの監視や予測などに利用されているのと同様に、 陸地表面の土壌水分量は気候変動の監視と予測に対して非常に重要であると 世界中の気候研究者が考える様になりつつある。 例えば、1993年におけるミッシシッピ川の洪水や、 1998年における長江の洪水では、 春先の土壌水分量が平年に比べて極端に多かったことが 多雨をもたらした大きな要因であることが後になってから指摘された。 また、北半球中緯度陸面の降水量の年々変動には、 海洋の変動よりも地表面過程の方がむしろ強い影響を与えていることも 大気陸面海洋結合モデルの結果から示唆されている。 さらに、数値モデルによるシミュレーションにより、 温暖化に伴って半乾燥地域がより乾燥することが 地球フロンティア研究システムの真鍋淑郎博士や阿部彩子博士等の研究によって 予測されたのは記憶に新しいところである。

しかしながら、地表面土壌水分の観測網はグローバルに見ると非常に疎であり、 そうした数値モデルによる指摘を検証するに足りる地上観測データは ほとんどなかった。 もちろん、これを補うため、 衛星リモートセンシングによる土壌水分量の推定が試みられてきたが、 従来の研究は、L-bandと呼ばれる比較的波長の長い(20cm程度) マイクロ波を利用することにもっぱら焦点が置かれてきた。 実際、宇宙開発事業団の地球資源衛星1号(J-ERS1)に搭載されたL-band の合成開口レーダ(SAR)データを利用した土壌水分推定などが成果を上げてきているが、 SARは広い領域を高頻度で観測するのにはむいておらず、 気候モデルに対応するような地球規模の土壌水分モニタリングには至っていない。 また、 そうした広域高頻度観測には受動型マイクロ波センサの利用が期待されているが、 その実現のためには極めて大型のアンテナが必要となるため、 現在打ち上げ準備中の環境観測技術衛星(ADEOS-II) に搭載予定の高性能マイクロ波放射計にもL-bandによる観測を行なう機能はない。

TRMM/PRの場合も、波長は2cm程度と短く、 必ずしも土壌水分など地表面観測に向いているとは言えない。 しかし、SARや受動型マイクロ波センサの場合には地表面を斜め(23度〜60度) に観測するものがほとんどであったのに対し、 TRMM/PRでは直下から18度程度までとほぼ真下を観測しているという特徴がある。 この周波数帯の電波を用いたこれまでの斜め観測では、 ごくわずかな植生でもその植生層での散乱吸収によって その下の土壌水分などの情報が失われてしまい、 地表面状態が観測できるのは砂漠や裸地等に限られていたが、 TRMM/PRではほぼ真下を観測しているため植生層の影響を比較的受けにくく、 土壌水分など地面に関する情報がより多く得られる。 また、同一地点について様々な入射角による観測が比較的高頻度で行なわれることも TRMM/PRの特徴である。

これまで信頼度の高い観測がほとんどなかった熱帯の降雨を定量的に観測することが TRMMの第一目的であったため、 上記の様なTRMM/PRの地表面センサとしての長所にはあまり注意が払われていなかった。 しかし、今回の研究の結果、 TRMM/PRは地表面のセンサとしても非常に有用である事が実証された。 降雨は時空間的に局所的な現象で全観測時間の5〜10%程度に限られており、 ある意味でTRMM/PRは主に地表面を観測しているとも言えることを考えると、 地表面センサとしての利用可能性が示されたことは非常に価値が高い。

図-1:
1998年のTRMM/PRによる地表面後方散乱係数の全観測に基づいて、 土地被覆ごとの入射角依存性の違いをまとめた結果を示す。
図-2:
1998年2月と8月について、 TRMM/PRによる地表面後方散乱係数の観測データから入射角ごとに 疑似カラー合成を行ない、 植生や土壌水分などが判読可能な様に作成した画像を示す。
図-3:
TRMM/PRによる後方散乱係数観測に基づいて 地表面土壌水分量を定量的に推定した結果を示す。

当初の目的通りTRMM/PRはもっぱら降雨観測に応用されてきたが、 ここで示した様に、地表面観測、 特にこれまで衛星からグローバルに観測推定されたことのなかった土壌水分観測に対して極めて有望であることが世界に先駆けて明らかとなった。 しかしながら、 直下で4km四方というTRMM/PRの観測分解能や約2cmというその波長を考えると、 なぜこの様に植生や土壌水分の変化が観測されるのかについては まだまだ解明されていない点が多い。 今後の継続的な観測研究や地上検証実験などが望まれる。

以上の成果については、4月24日〜29日まで仏国ニースにて開催されるヨーロッパ地 球物理学連合大会において発表される予定である。

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図-1の説明

縦軸は後方散乱係数と呼ばれる値で、 TRMM/PRから射出された電磁波が地表面で反射されて戻ってきた強度を示している。 横軸はTRMM/PRからのマイクロ波が地表面に入射する角度で、 0度が直下視を意味する。 可視・近赤外画像によるリモートセンシング情報などに基づいて あらかじめ定められた土地被覆分類ごとに 後方散乱係数の平均的な入射角依存性が示されている。 図-1からわかる通り、直下視を除いて水面(海面)は陸面に比べて大きな値を取り、 入射角が大きくなってもすぐには後方散乱係数が小さくはならないことがわかる。 これに対し、陸面では植生被覆によって入射角依存性が変化し、 10度までの入射角では植生が多い方が後方散乱係数が高く、 10度以上では逆転していることがわかる。 すなわち、森林では入射角が小さいときには草原などに比べて後方散乱係数は小さく、 また入射角が大きくなってもその値はあまり変化しないのに対し、 砂漠や裸地の場合には、 入射角が小さいときには水面に匹敵するほど強く後方散乱するが、 入射角が大きくなるに連れて急激に後方散乱係数が小さくなることがわかる。 マイクロ波に対する地表面散乱のこうした性質は理論的にも説明可能であるが、 これまでTRMM/PRの様な直下視に近い観測がなかったため 陸面の地球観測に用いられたことは全くなかった。

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図-2の説明

図-2は図-1で得られた知見に基づき、 TRMM/PRの地表面後方散乱係数情報から合成した画像である。 ここではさらに工夫をして、入射角ごとに色付けを行なった。 試行錯誤の末、 現時点で地表面被覆の判読に最適だと考えられたのは次の様な割り当てである。

緑: 入射角3-8度の後方散乱係数が小さいほど緑色を濃くする様に色付け
この角度は特に森林等の樹冠による散乱吸収の影響を強く受けていて、 葉面積指数が増えれば増えるほど後方散乱係数が小さくなる。
→緑が濃いほど森林が多いことを示唆する。
青: 入射角9-13度の後方散乱係数が大きいほど青色を濃くする様に色付け
この角度では観測範囲内に水面が含まれたり土壌水分が増えて 地表面の誘電率が上がると後方散乱係数が大きくなる。
→青が濃いほど水分が多いことを示唆する。
赤: 入射角14-18度の後方散乱係数が小さいほど赤色を濃くする様に色付け
この角度では、植生が少なく地表面が滑らかだと後方散乱係数が小さくなる。
→赤が濃いほど砂漠、荒れた土地を示唆する。

黄色は青の逆で、水分が少ない草原等を示唆する。 森林、草原(緑)の植生量が疎らになるに連れて、黄緑、黄色、オレンジ、 赤と変化していると考えられる。 それぞれの植生状態において湿潤化するに連れて青色成分が混じり、 図-2では紫(植生少ない)やシアン(植生多い)等の色で表現されていると考えられる。

1998年の2月と8月に関する月平均のグローバル分布を比べてみると、 南アメリカのアマゾン川流域、東南アジアモンスーン領域、 アフリカのコンゴ川流域などで熱帯雨林が分布している様子、 あるいはモンスーン林で雨季(北半球では8月)には緑色の領域が拡大し、 乾季には減少する様子が観察される。砂漠や荒れ地を示唆する赤い色の領域は、 北アフリカのサハラ砂漠、アラビア半島のルブアルハリ砂漠、 そしてオーストラリア中央のグレートビクトリア砂漠などに特に顕著に現れている。 耕地や草原の土壌の湿潤度、あるいは水面面積に対応していると考えられる青色は、 アフリカ北部のサヘル地帯、インドやタイ、 ベトナムの農耕地帯などで雨季に顕著に現れている。 こうした変化が衛星データから観測推定されたことは世界でも初めてであり、 TRMM/PRの思いもよらない画期的な成果となっている。

なお、図-2におけるオーストラリアの欠測(黒い部分)は、 TRMM/PRの周波数帯(13.8GHz)が地上での利用周波数と重なっているので、 この領域を通過する際には観測を停止しているためである。 また、TRMM/PR観測から明らかに水面であると判断される領域は除外してあり、 海洋や大規模な湖、太い河道などは黒く示されている。実際には、 海洋上のデータにも海上風の強弱に起因すると見られる分布が観察されている。

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TRMM/PRに基づく1998年2月(上段)・8月(下段)の土壌水分量推定値

図-3の説明

TRMM/PRによる後方散乱係数観測に基づく定量的な地表面土壌水分量(土壌水分指標) の推定を行なった結果が図-3である。土壌水分指標は、 土壌が完全に飽和してから重力により自然に排水した状態(圃場容水量)が1、 蒸発や浸透に伴い土壌が乾燥して植物の根が吸水できなくなる状態(永久しおれ点) が0となるように正規化した指標で、1に近いほど湿潤、 0に近いほど乾燥していることを示す。 植生量に関する情報を衛星からの可視・近赤外画像データに基づいて別途定めて その効果を相殺し、後方散乱係数の入射角依存性も利用して 地表面のマイクロ波散乱に関する理論式に基づき、 植生の下の地表面のでこぼこ(粗度)は季節によって変化しないと仮定して 土壌水分の変化量を推定している。 ここでの推定の初期値は数値モデルによる推定を利用した。

図-3において2月と8月を比べると、 8月が乾季の終りに近い南半球のアマゾン川流域では乾燥化しているが、 そのすぐ北のオリノコ川流域は雨季の最中であるため湿潤化していることがわかる。 アジアモンスーン地域の湿潤化も顕著である。 また、観測値を可視化した図-2では砂漠地帯にも様々な模様が見られたが、 図-3の定量的な土壌水分推定結果ではもっともらしく乾燥域となっている。 なお、斜面の影響からか入射角依存性をうまく利用することができない山岳部付近と、 森林密度が非常に高い熱帯雨林領域については、 本手法では現在のところ地表面の土壌水分を推定することはできず、 図-3では欠測(黒い部分)となっている。 しかしながら、これらの結果は、 観測降水量や放射量等の気象要素を陸面モデルに与えて算出した地表面土壌水分量とも良く対応していることが確認されており、 さらなる定量的推定精度向上の余地はあるものの、 季節変動が良く捉えられていることから、今後の応用が大いに期待できる。 例えば、短期的には、力学的季節気候予報の初期値としての利用が考えられるし、 長期的データが蓄積されればエルニーニョなど気候の年々変動との関係や温暖化などの気候変化に伴う長期的乾湿分布の変化の検出に利用される様になるであろう。


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(Last updated on Wednesday, 14-Jun-2000 09:07:15 JST, by 沖 大幹)