World Trip
『世界水循環見て歩き』

目次
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はじめに

[INDEX]

就職してから何をしてたかというと、東南アジアの水資源調査、 そしてそれがきっかけとなって国際的なエネルギー・水循環観測研究計画に参画し、 学会や打ち合せなどで東南アジア以外にも行くようになり、今日に至っています。 出張旅行ばっかりで机の前に座ってする研究がおろそかになっているのではないか、 という指摘も当然あるでしょうが、現地に赴いて自分の目で世界の水を見たり、 あるいは、論文だけではなく直接会っていろんな国々の研究者と議論することも 非常に重要な研究活動だと思っています。 それに、60歳定年を前に既に海外渡航200回を誇る偉い先生 (退官の際には240回だとおっしゃっていました)が身近にいらして、 しかも国際的にも高く評価されている研究をなさっていますので、 海外出張が多いからといって研究ができなくなるというものではないのだと 思われます。

情報公開の世の中、海外出張や視察はしばしば批判に晒されています。 研究の本質以外についてWeb上に文書を公開すべきではない、という ご配慮もあるでしょうが、食事やいわゆる視察的な行動も、文化の理解を通じて 各地域の水問題を理解する上で陽に陰に役に立っていると思います。 また、私が得た拙い知見でも、こうして公開することにより、 多少は何らか世の中の役にも立つのではないかと期待します。

そういうわけで、手元に残していたメモをHTML文書化して置くことにします。 ご感想やコメント、 不適切な点に関する指摘などがありましたら 私(taikan@iis.u-tokyo.ac.jp)までどうぞ御連絡下さい。

当初は普通に野帳に記録をしていましたが、読み返すことも少なく、また、散逸 しやすいという問題がありました。 NotePCを持参するようになって以来、旅先でメモを残すようになりました。

  1. NEC98Note: ハードディスク無し。VzエディタとATOKでplain テキストもしくはLaTeXソースで文章を書く。 (1992年頃〜1994年頃)
  2. IBM ThinkPad: 230MBのハードディスク。まだ白黒画面。 DOS-V/Windows 3.1マシン。 (1994年頃〜1995年夏)
  3. DEC HiNote Ultra: 24MBのメモリ、I486、504MBのHD。Windows 3.1にLinux共存。 mule+jserver(boiled-egg)で文章が綴れて快適になった。 (1995年夏〜1997年冬)
  4. Gateway Solo: 2GBのdisk、広い画面。Windows95にLinux共存。 観測中に事故でハードディスクが故障。 (1997年冬〜1998年夏)
  5. Sharp MEBIUS PJ1-M2: 4GBのdisk、MMX233MHz、64MBのメモリ。 軽くてキータッチも良い。 外付バッテリーをつけると本当に8時間持つ。 Windows98にLinux(相変わらずSlackWare)共存。 旅行記などのメモをHTMLで書くように推移。 やはり観測中に事故でハードディスクが認識されなくなった。 (1998年秋〜2000年3月)
  6. IBM ThinkPad 240: 6GBのdisk、Celeron366MHz、64MBのメモリ。 大きさはMebiusと似たようなものだが、 大容量バッテリーや蓋などのとりつけがしっかりしている気がする。 Windows98にLinux(今度はさすがにVine1.1)共存。 (2000年3月〜)
  7. IBM ThinkPad i1124 type 2609: 18GBのdisk、 モバイルPentiumIII 500MHz(ほんの数週間前だと同機種でCeleron), 192MBのメモリ。ようやくTFT液晶1024x768、 グラフィックチップSMI LynxEM+、ビデオメモリ4MB。 WindowsMeとLinux(今度はちょっと血迷ってHolon)共存。 bogomipsは993.37で、前のマシンが364.54なので、1年で3倍。 高解像度になって画面が小さい。 普通の大容量バッテリーだけをつけて、 3時間位持つので、京都片道は平気。 ハイバネーションがないのは致命的。 xemacsでboiled-eggを使う方法が分からず悶々とする。 (2001年4月〜)。
    1ヶ月あまりで壊れました。 液晶が真っ白になります。 PCプロジェクターからはほぼちゃんと投影されるので、 ビデオチップではなく、バックライト、 あるいは液晶部に何か問題があると推測されます。 いつも、ではないあたりにフラストレーションが溜りましたが、 意を決してユーザーサポートにかけてみると、 すぐに引き取り修理、という返事でした。 知り合いもこのシリーズを持ってますが、一度真っ白になってました。 ThinkPadのiシリーズは安物の様なので、 仕事で使うのはやめておいた方が良さそうです。 話を聞くと、東大だけでもかなりこの手の引き取り修理が、 IBMに関してダントツに多いそうです。次はバイオか? でもあれはキーボードがペコペコだからなぁ....
    修理に出して中3日。月曜日に出して金曜日には元気になって帰ってきました。 案外やるじゃん、IBM。
    障害状況: 画面真っ白
    修理内容: 表示ケーブルの交換により, 障害修復いたしました
    交換部品: I/F CABLE (27L0606)
    だそうです。 メモリ増設の際に傷付いたにしては症状が出るまで時間がかかった気がするのだけど、 実際のところどうなんでしょう? いずれにせよ、ハーグ出張に間に合って良かったよかった。望外の幸せ。
  8. Toshiba DynabookSS PAS4275PNHW: 18GBのdisk、512MBのメモリ。 (2002年4月〜)。Windows XP Home Edition。 キーボードBIOSか何かが調子悪く、 すぐにキーセンスをロストする。最悪。すぐに買い換えを検討。 Vineとのdual bootもあまりうまく行かず。
  9. IBM ThinkPadX30 2672-4B7 (2002年special edition 1644/2002):
    • x86 Family 6 Model 11 Stepping 4 GenuineIntel ~797 Mhz
    • 35GBのdisk、1024MBのメモリ
    • Windows XP Professional/Vine 2.6 on VM Ware 3.2
    • bogomips 2372.40で断然早いぞ。
    (2002年12月〜)。実際には、2003年5月から運用開始。
  10. Panasonic Let's Note (CF-L4?): なんと、足掛け3年使いました、最後のIBM ThinkPad。 トラックポイントの魅力は捨てがたいのですが、 バッテリー駆動時間の長さ、軽さから、 日本の研究者には圧倒的な人気を誇っている様に見える Panasonicにとうとう転ぶことにしました。 花崎さんごめんなさい。(2005年〜)
  11. Panasonic Let's Note (CF-W7): 2GB RAM, 500GB HD, Intel Core2 Duo CPU U7700 @1.33GHz. TFT液晶1024x768。Windows XPにダウングレードして利用。 (2008年6月〜)

そういう経緯で、最近の記録は既にHTMLになっており、 公開準備が整い順次次第リンクを張ります。 昔の手書きのメモしかないものや、 plain textでしか残っていないものに関しては、 今後徐々に整備して公開しますので、折に触れて御高覧いただけると幸いです。


海外渡航全記録

[INDEX]

No. 期日 国・都市名 目的、 プロジェクト
1 1979年7月-8月(22)アメリカ、LA 夏休み3週間親戚宅にホームステイ。 アメリカでは水道の水は飲まないと知った幼少(?)体験。
2 1989年11月26日-12月3日(8)タイ・ピサヌロックetc. タイ中部流域調査。飛行機から水田の地平線を初めて見た。 大きな水瓶による雨水利用も見た。椎貝先生の国際学術研究で教育を受ける。
3 1990年8月19日-26日(8)タイ・ノンカイetc. タイ北東部流域調査。 あまり肥沃ではないこの地域で、過剰な地下水汲み上げによる塩害まで発生 していた。椎貝先生の国際学術研究。
4 1990年12月12日-19日(8)タイ・ソンクランetc. タイ南部流域調査。 後で思えば冬の北東アジアモンスーンの時期で湿っていた。 椎貝先生の国際学術研究。
5 1991年7月11日-20日(10)ソ連・モスクワ、Kursk市 安成・大畑両先生とソ連主導の国際観測計画Kurex'91に参加。 土壌水分が水資源であることを実感。帰国後1ヶ月で ソ連崩壊。
6 1991年8月12日-27日(16)オーストリア・ウイーン、 チェコスロバキアIUGG/IAHS参加。 虫明教授と2週間ツインの部屋に泊まる。新旧ドナウ川を見た。 水代わりに昼からワインを飲んでいる人もいた。 大手氏とステファン寺院で待ち合わせ。 土木学会海外学会発表補助。
7 1991年10月14日-23日(10)中国・北京と香港水資源調査。 香港ではたまたま集中豪雨でflood。京都高棹先生ご一行様に 連れて行ってもらった。海外学術研究。
8 1991年12月8日-16日(9)アメリカ・サンフランシスコ、デイビス AGU fall meetingのhydrologyの雨のセッションに招待されて出かける。 Brutseart先生ともお話しした。Kavvas先生のところへも行く。
9 1992年1月12日-20日(9)マレーシアマレー半島海岸部調査。 灌漑施設をいろいろ見て回る。椎貝国際学術。
10 1992年6月12日-23日(12)フランス・パリ 宇宙からの降水観測に関する会議参加。TRMMにつながる会議。 P. Morrelを初めて見た。フランス政府の助成金をありがたくいただいた。
11 1992年9月5日-12日(8)ドイツ・ハノーバー レーダに関する国際会議参加。中北さん夫妻、森山さんと一緒。 これもTRMM関連強い。コブレンツのGRDCも訪問した。
12 1992年12月13日-22日(10)マレーシアマレー半島中央部調査。 熱帯雨林の真中に泊まった。椎貝国際学術。
13 1993年4月25日 -5月4日(10)アメリカ、Iowa City 降水に関するシンポジウム参加。 Krajewski先生、Tom Bellさんと会って話す。 David ShortさんとかChris Kummerowとも会って話した。
14 1993年6月10日-24日(15)アメリカ、アイタスカからニューオリンズまで ミシシッピ川調査。 国土技術センターによるアメリカの氾濫源管理に関する調査に同行。 大洪水の直前、既に水位は高かった。
15 1993年8月10日-21日(12)マレーシア、Kuchingなどサラワク州 椎貝海外学術調査。全員が窓際の飛行機に乗って緑の海の様な熱帯2次林の上を飛行。 コウモリ洞窟やtidal boaも見た。ベッドには蟻。
16 1993年9月18日-10月8日(21)オランダ(1)、スロバキア(10)、 スイス(2)、アメリカ(5) スロバキアBratislavaの雨と蒸発に関する会議出席、世界一周。 オランダ・アムステルダム→オーストリア・ウイーン経由。ハンガリーにも。 その後スイス・チューリッヒ→アメリカ。イサカ、プリンストン、ボストン。 生研奨励基金。
17 1993年11月7日-10日(4)マレーシア、Kuching 雨滴計設置。アジアの北東モンスーンが始まる前に置きに行った。 海外での初めての観測。椎貝国際学術。
18 1993年11月24日-12月3日(10)オーストラリア、パース、 ロバートソン(シドニー郊外) スケールに関する国際ワークショップ参加。Sivapalan氏と非常に 仲良くなる。後になってわかったが、 水文のモデル関連の著明人がうじゃうじゃいた。
19 1994年2月7日-13日(7)タイ、バンコック GAME-T の打ち合せ準備。 NRCTと交渉。まずここで既に世代交代があった。椎貝国際学術。
20 1994年3月2日-5日(4)中国、北京。 北京における第1回GAME国際会議への参加。大気水収支の話をした。 大教室ひと会場でこじんまりとした会議であった。
21 1994年3月20日-24日(5)マレーシア、Kuching 雨季が終ったので雨滴計調整、持ち帰り。椎貝国際学術調査も終了。 GAMEへとつながっていく。
22 1994年5月8日-16日(9)アメリカ、DC/LA 高木先生と、NASA (GSFC, JPL)およびNOAA の視察訪問。研修扱い。 ちょうど日食。モールで見た。
23 1994年7月16日-28日(13)英国、London 及び香港 ヨーロッパ GEWEX 会議への参加発表と WPGM'94 への参加発表。研修扱い。 ロンドンでは松山氏と同室。Fatih氏とか鬼頭さんと議論。
24 1994年8月21日-27日(7)シンガポール・マレーシア・タイ GAMEプロジェクトとタイでのシンポジウムの打ち合せ。Lee Jinがまだ 大学にいた頃。
25 1994年10月24日-29日(6)フィリピン ピナツボ火山流域の現地調査とフィリピン大学との研究打ち合せ。 なんだか恐い目にあった。目黒先生とCountry Roadを歌う。
26 1995年1月8日-15日(8)中国 学振拠点方式による中国科学技術大学(合肥)と河海大学(南京)訪問。 長江を南京から上海まで一晩で下る。
27 1995年1月31日-2月7日(8)タイ パタヤ会議の打ち合せ、GAME-T の研究計画立案及び チェンマイ周辺の試験地視察。山の中に泊まる。
28 1995年3月4日-12日(9)タイ アジアでの GEWEX と GAMEに関する第 2 回国際研究会議。 半日時間が空き、初めて王宮を眺めた。
29 1995年5月29日-6月3日(6)タイ GAME-T の研究打ち合せ。MOUを結んだり、いろいろ面倒。
30 1995年6月18日-27日(10)モンゴル(中国経由) 「持続的発展のための宇宙からの情報に関する国際セミナー: 草原のモニタリングと管理」へ参加・発表のため(研修)。 草原の中のゲル泊。
31 1995年7月2日-14日(13)ボルダー、アメリカ 国際測地学・地球物理学連合(IUGG)の大会に参加・発表。 合間の週末はロッキーの地質見学ツアーなど。
32 1995年8月6日-18日(13)タイ GAME-T の地点選定。スコタイ水田、シサムロン試験場、EGAT Towerなどを pick up していく。
33 1995年10月1日-1997年9月30日((731))アメリカ 日本学術振興会海外特別研究員。NASA/GSFCではVisiting Scientistという身分。 Code913のCliamte and Radiation Brahch所属。
34 1995年11月22日-12月6日(15)タイ 科研国際学術、GAME-T。シンポジウムなどを開いて各地でタイ側へ説明。 アメリカ東海岸とは時差12時間。
35 1996年5月9日-29日(21)タイ 科研国際学術、雨量観測。タイ側と細かい観測計画や予算の詰め、交渉。 あちらこちら回って、観測候補サイトへも。
36 1996年7月20日-28日(9)オーストラリア WPGM。招待講演。のんびりとした会議である。竹広とばったりでくわした。 Xie Pingping と川を下って中華も食べる。
37 1996年11月10日-20日(11)イギリス・ドイツ WallingfordでのWMO/IAHS の陸面WS参加。ECMWF見学にも。 その後ドイツへ渡ってKoblenzのGRDCの訪問。
38 1997年1月10日-18日(9)タイ 雨滴粒径分布観測データ回収。また駆け足で日本経由NRCT, KMITL, Udon Thani, ChiangMai、EGAT Towerなどをめぐる。
39 1997年6月19日-29日(11)タイ 雨滴粒径分布観測。BRRAAと打ち合せ。Rosenfeld氏とも話を少し詰める。 シサムロンの設置、観測立ち上げに立ち会う。
40 1997年11月2日-8日(7)タイ ドンムアンのTMD レーダキャリブレーション。 更に他のレーダの関連情報を収集。Perapol氏が連れ回してくれる。
41 1998年1月21日-31日(11)タイ GAME-T WorkShop をしてIOP観測研究への理解を訴える。 その後渡辺里村山中各先生と各地のTMDレーダ記録装置視察。
42 1998年2月25日-3月10日(14)タイ BRRAA 研究滞在。結局、提供する雨量計のロガーの設定作業にかなり 時間を使った。レーダと雨量計との対応付けも一応できた。
43 1998年4月5日-4月9日(5)アメリカ 国際水文検証プロジェクト立ち上げ会議 at Dunwalk, NJ, by Prof. Eric Wood。3泊5日アメリカ東海岸の旅、はちょっと辛い。
44 1998年4月21日-5月19日(29)タイ GAME IOP でタイ気象局のレーダサイトをめぐって観測立ち上げを行う。 いろいろとうまくいかずに消耗。それでもデータはとれ始めた。
45 1998年6月7日-16日(10)タイ GAME IOP でタイ気象局のレーダサイトをめぐって観測 Phase I の取り まとめを行う。特に大きなトラブルもなかったようで良かった。
46 1998年8月17日-22日(6)タイ GAME IOP Phase II でタイ気象局のレーダサイトをめぐって 観測立ち上げを行う。前に比べると少しはスムーズになった。
47 1998年9月13日-19日(7)アメリカ GEWEX Hydrological Panel (GHP) で GAME-T などの紹介、今後の GEWEX の 気象水文学研究の議論に参加。
48 1998年10月25日-11月5日(12)アメリカ NASA/GSFCとIISとの間の共同研究(MM5とIISDHMの結合) のためにGreenbeltへ。GAME-T/SCSMEX の情報交換、TRMM の議論も。
49 1998年11月16日-11月26日(11)中国 長江の洪水調査。国土開発技術研究センター。玉井調査団に同行。 データはなかなか出てこないが、行くとわかることもある。
50 1999年1月10日-1月15日(6)アメリカ AMS のThe 14th Conference on Hydrology, Dallas, TX に参加。 松野先生授賞。BrasがHolton Lectureで引用してくれる。
51 1999年1月27日-2月2日(7)アメリカ はじめての休暇海外旅行、ハワイ、マウイ島。
52 1999年3月7日-10日(4)タイ GAME-T Workshop in Kanchanaburi への参加。ようやくタイの一部に GAME-Tも浸透してきて、関連研究が芽生えつつある。
53 1999年3月22日-27日(6)ベトナム AP-FRIEND/GAME-T Joint Workshop on ENSO への参加。ハノイ。 エルニーニョと水資源変動との関連に対する関心の高さに驚く。
54 1999年5月8日-15日(8)アメリカ GPCP User Workshop。Maryland。フロンティア予算研修。 CharlesのところのBalazs氏と世界流路網について研究打合せができて良かった。
55 1999年6月13日-28日(16)中国 北京GISP, GEWEX/GAME会議。GSWPセッションは人も集まり良かった。 長江視察。三峡ダムを見学して概要が理解できた。
56 1999年7月18日-28日(11)イギリス IUGG Birmingham 参加。モデル関連のセッションが充実していてためになる。 ケンブリッジへも足を伸ばす。
57 1999年8月2日-18日(17)タイレーダ観測 in チェンマイ。 4人でシフトしながら昼夜2交代で観測サイトに詰める。非常に疲れて、 ちゃんと食べていたのにだいぶ痩せた。
58 1999年8月22日-30日(9)アメリカ、Durham, NC 今年2回目の休暇。Marylandよりも少し南のNorth Carolinaをドライブしたり して懐かしむ。
59 1999年9月12日-18日(7)ドイツ、ハンブルグ GEWEX Hydrological Panel(GHP)で河川流量で見た気候変動に関して紹介する。 ハンブルグにあるGKSSはElbe川のほとり。
60 1999年10月3日-10日(8)フランス 招待講演者ばっかり。GEWEX/INSUの陸面モデリング会議に フロンティアの研究者として参加。
61 2000年2月24日-3月8日(14)タイ 日本学術振興会の論博プログラムの学生さんの指導にタイを訪れる。
62 2000年3月16日-24日(9)オランダ World Water Visionへ参加。 Water Leader in the Next Generationの一人となった。
63 2000年4月9日-14日(6)ベネズエラ IGBP/BAHC - GEWEX/ISLSCPへの参加。災害の爪跡は見られず。
64 2000年4月23日-5月2日(10)フランス EGS XXV General Assemblyへの参加と、LMDでの議論。
65 2000年5月14日-21日(8)アメリカ GSWP/土壌水分ワークショップ、オクラホマ。
66 2000年5月25日-28日(4)韓国 韓国水資源学会、日本の水文・水資源学会との共同特別セッションへの参加、 発表。
67 2000年7月18日-22日(5)オーストラリア グローバル陸面大気相互作用研究計画、 科学パネル会議への参加、発表。
68 2000年7月23日-29日(7)アメリカ 国際地球科学リモートセンシングシンポジウムへの参加、発表。
69 2000年8月10日-23日(14)タイ NASDA/TRMM地上検証観測実験、チェンマイ(タイ)。里村先生、奥村君、 大楽君、芳村君。
70 2000年9月10日-18日(9)ブラジル 6th GEWEX Meeting、アングラドレイス(ブラジル)。 安成先生、小池先生と経路は違うが一緒。 5泊9日はとてもきつい。
71 2000年12月9日-16日(8)スリランカ UNESCOモデリング会議、コロンボ(スリランカ)。 初めての南アジア。兵隊さんは多いが穏やかなところであった。
72 2001年2月25日-3月8日(12)タイ 学振論博プログラム指導、GAME-T Workshop in Thailand。
73 2001年5月11日-13日(3)韓国 韓国水資源学会、日韓合同セッション。昨年のリベンジで、焼肉食べた。
74 2001年5月21日-25日(5)オランダ ICSU傘下のWCRP/IGBP/IHDP合同で水に関するプロジェクトを打ち立てよう、 とするための準備会合。3泊5日。疲労。
75 2001年6月24日-28日(5)オランダ World Water Forum3へ向けて、next generation water leadershipについて話し合う14人会。ハーグ。 色々勉強になって有意義であった。
76 2001年7月9日-15日(7)オランダ IGBP主導の、しかし、一応IHDPやWCRPも共催の会議。 次週のボンでのCOP6(Kyoto Protocol)関連会議に圧力をかけようという意図もあったらしい。
77 2001年7月22日-28日(7)オランダ 4年に一度、IUGGの狭間に開かれるIAHSのみの会合。 2週間開催なのに400人足らずの参加者でわりと閑散としていた。
78 2001年8月5日-23日(19)ベトナム、タイ 恒例のタイ・チェンマイでのGAME-Tレーダ観測記録の前に、 未来開拓VIPご一行様ハノイバンコックツアーがついた。
79 2001年9月7日-16日(10)フランス GHPの最後CEOPの日少しと、第4回GEWEX会議。たくさんの知り合いと、 まあまあ有意義な議論。フランス料理食べまくり。
80 2001年11月4日-11日(8)フランス GSWPのRhone-AGGのWorkshopと、GLASSのサイエンスパネル会議。 若者2人を連れていけたのと、僕自身のモティベーションが上がったのが収穫。
81 2001年11月21日-26日(5)タイ 京都での交際レーダ会議の後、タイへ。タイの研究計画の立案支援。 王様からのエンブレムをもらった。
82 2002年1月22日-27日(6)イギリス スコットランドはイギリスではない。 国際水文科学学会の2020年の水文学ワーキンググループの座長として参加。 少し緊張したが良い仲間で幸せ。
83 2002年2月25日-3月9日(13)タイ 例年通り、Somchai氏の学振論博事業のため、 気象局(バンコック)に滞在。千客(というほどではないが)万来。
84 2002年6月10日-16日(7)フランス IAHSのワーキンググループ、 Hydrology 2020(2020年の水文学)の第二回会合のためパリのUNESCOへ。 引き続いてIHP-Vのreview会として第6回Kovacsコロキウムが開催され、 そこでH2020のメンバーがdiscusserとして指名され、 取りまとめに対して意見をした。


海外渡航年度別統計
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回数 日数 コメント
1979 1(1) 22(22) 英語は挨拶しかできない。1人でグレイハウンドの観光バスに乗せられて、 ディズニーランドに行った。US$1=180円。インベーダーゲームが25c。
1989 1(2) 8(30) 就職してすぐ、初めて海外出張に連れていってもらう。 初めてのタイはピサヌロックに泊まる。後で何回も来ることになるとは。
1990 2(4) 16(46) この頃はまだ平和。実はこの時ノンカイにも行っているし、南部では (互いに)若かりし日のThadaさんに会っているのであった。
1991 4(8) 45(91) 既にGAMEの立案が始まりつつあった。 まだまだ海外で見るもの聞くもの目新しくて、ということは、 まだ本質はあまり見えていなかったと思われる。
1992 4(12) 39(130) この頃は大気水収支の研究を一旦止めて、雨の観測関連に傾倒していた様である。
1993 6(18) 72(202) 怒涛の海外出張。学会ではなく、これからの研究について考えを持ち寄って 話し合うworkshopに出たり、実際に機器を持ち出して自分でデータをとり 始めたりする。
1994 7(25) 51(253) どんどんGAMEの準備。GAME-Tropicsのみでなく、気候、大気と河川流量という 切口などでの研究成果交換が進む。研究者の知合いも増えてきた。
1995 9(34) 82(335) GAME開始を前にアメリカへ。もちろん責任放棄はせずきちんとタイへ。 その前が本当にいろいろ行って大変だった。
1996 3(37) 41(376) せっかくsabbatical leaveみたいなものなので海外渡航は控える。それでも、 行ける場合には招待されたら行くべきだと思ったし、 GAMEで必要な観測はきちんとこなした。
1997 3(40) 27(403) 1998年のGAME IOPへ向けて準備を進める。日本へ戻ってすぐはまだ時間にも 余裕があって良かった。
1998 9(49) 105(508) GAME IOP。タイに行くのは肉体的にもそうだが、責任と判断が伴うと精神的にも大変。 3泊5日の東海岸訪問は無茶。そうこうしていると長江で洪水。
1999 11(60) 100(608) 忙しい中にも、2度の休暇。GAME-Tの観測研究は止まらず。自分自身の研究成果は 徐々にしか上がらないが、周囲の助けにより何とか世界に出ていける。
2000 11(71) 94(702) 止めよう止めようと思いながら、結局またいろいろ出ざるを得ない。 2月末から5月末、出張の合間の日本での生活は悲惨であった。 7月後半から9月もまた悲惨。10/11月は学部講義に集中。
2001 10(81) 81(783) とりあえず1月のインドは会議がキャンセル。地震に会わずに済んだ。 5月以降が例によって怒涛。なぜオランダに4回も?! チーズ三昧。 夏には久しぶりのVIP随行も。テロに会わずに良かった。
2002 3(84) 25(808) 今年こそは海外出張も減らさなければ、と計画。国内の移動だけで大変なので。 鼎氏にだいぶ海外渡航業務を振って本当に減らした。

上記には3回の私事渡航を含む。 アメリカ2年間滞在は回数には含めるが日数には含めていない。 また、その滞在中の渡航は別途回数・日数を数えている。 夜行便で成田着も1日にカウントしている場合がある。


海外渡航国別統計
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国・地域名 回数 日数 最初 最近 コメント、印象
タイ 27270 19892002 3年×2度の海外学術調査からGAME観測研究へ突入。 しばらくは終らない予感。一生ものか。 GAME-T Phase2になると、タイ側もやる気満々。 タイ語教本購入。
アメリカ 17122 19792000 やっぱり多い。更に2年間滞在。 英語が通じると言うのは幸せ。
フランス 648 19922002 お金持ちだったら楽しそう。歩ける分、 旅行者でも楽しく過ごせる気がする。メニュー読める様になりたい。 良いレストランで食べるのがやっぱり良いが、さすがに食べすぎるとね。
オランダ 630 19932001 最初は乗換の都合上アムステルダムに1泊しただけ。 ハーグは食費が安く、比較的のんびりして落ち着いた街だった。 インドネシア料理がまあまあおいしい。
中国 642 19911999 隣だし。
マレーシア 637 19921994 このところ縁がない。
イギリス 428 19942002 pubのビールとミュージカルが楽しみ。朝食も案外美味しい。
オーストラリア 319 19932000 案外遠くて大変。でもシドニーなら時差は1時間。
ドイツ 315 19921999 少しだけ言葉が推測できるのでフランスよりまし。
ベトナム 29 19992001 アメリカに勝った国の誇りを感じる。 ベトナム料理はタイ料理よりもおいしいとの感想も聞かれる。
香港 210 19911994 中国返還後はまだ機会がない。
韓国 26 20002001 近いということで、機会を逸していた。 水々学会の合同プログラム関連で行き始める。
ソ連 18 19911991 ロシアにはまだ行っていない。
オーストリア 114 19911991 その後1993年スロバキアの行き帰りに通過した。
スロバキア 110 19931993 国内の各種水資源施設なども見学できた。
スイス 12 19931993 この先また機会はありそう。
シンガポール 12 19941994 非常に統制された法治国家である。
フィリピン 15 19941994 意外や一度しか行っていない。恐かった。
モンゴル 17 19951995 行き帰りに北京に泊まる必要あり。
カナダ 12 19961996 ナイアガラの滝はカナダ。
ベネズエラ 13 20002000 朝から晩まで会議に参加しただけだったため、 とてもベネズエラに行ったとは言えない。 それでも人々が印象的だった。南米は初めて。
ブラジル 15 20002000 とても遠い。しかし、町中にはまだ行っていない。
スリランカ 16 20002000 直行便は便利。 仏教についてもっといろいろ知りたいと思う様になった。
ベルギー 00 20012001 2001年IAHSのバンケットが車ですぐのベルギー領内だった。
チェコ 00 19911991 ウイーンから日帰りバスの旅。
ハンガリー 00 19931993 ドナウ川を下って見学。
ポーランド 00 19931993 スロバキア国境で小川の向こうに一歩踏み出した。

一泊以上した場合のみとし、乗り換えや日帰りで入国した場合は回数には算定しない。 ある渡航中に複数回入国しても1度と数える。 一度の渡航で複数の国や地域を訪れることもあるので国別渡航回数の総計は 渡航回数の総計とは一致しない。日数は機内泊を適宜除いた概略の宿泊日数。


海外調査の心得について一から薫陶を授けて下さった椎貝博美先生、 また、こうした研究活動に導いて下さった虫明功臣先生に深く感謝いたします。

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(Last updated at Sunday, 21-Mar-2010 06:30:32 JST, by 沖 大幹 [HOME] [Essay])