2004年7月新潟・福島豪雨災害
2004年7月13日新潟・福島豪雨関連のリンクです。
被害にあった方に心よりお見舞い申上げます。
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防災情報提供センターによる災害情報リンク
- 新潟日報による新潟県中部7.13水害 (避難所向け号外PDFあり)
- 国交省河川局による
新潟・福島を襲った豪雨による被害、
降雨状況及び復旧工事の内容等をとりまとめた資料
- 国交省河川局の記者発表資料
(第1報)
(第2報)
(第3報)
(第4報)
(第5報)
(第6報)
(第7報)
(第8報)
(第9報)
(第10報)
(第11報)
(第12報)
(第13報)
(第14報)
- 北陸地方整備局による平成16年7月13日出水速報
- 新潟県による平成16年7月新潟・福島豪雨被害関連情報(防災局)
- 三条市による水害被害報告(水位データあり)
- 見附市による災害状況経過一覧(水位データあり)
- 中之島町のホームページがダウンして、中之島町の緊急ホームページ
にボランティア関連情報等が掲載されている。
- 東北大の牛山素行氏の関連資料、リンク集
- 国総研(当時)の有冨孝一さんの現地視察写真
- 千葉大近藤昭彦先生による2004年7月新潟豪雨災害
関連画像情報
- 朝日新聞の記事
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2004年7月17日(土)に現地を駆け足で見てきました。
撮ってきた写真を置きました。
問題のあるもの、誤解がありましたらお知らせください。
また、Web上では画像は最大600x600pixelに縮小されていますが、
オリジナル解像度のものをご希望の方は沖までご連絡ください。
- 今回の被害では、とにかく泥が多く目立った。
汲み取り地域では、汚水による汚染、ひいては疫病の蔓延が懸念され、
クレゾールやオスバン液(逆性石鹸液)、
石灰による消毒が三条市のローカルラジオ
(燕三条FM放送「らじおはーと」、
76.8MHz)では繰り返し紹介されていた。
一部地域では水が出にくくなっている様であり、
今回の水害からの復旧作業に欠かせない、
泥を洗い流すという作業ができなくて困っているという苦情が
寄せられていた。
- 水防の形跡が堤防沿いでは、どの地点でもほとんど見られなかった。
集中豪雨により、出水が速く、対応がとれなかったのかも知れない。
- 住宅地では土嚢は至るところで見られたが、
浸水対策に用いられたのか、屋内の泥の搬出用に用いられたのかは不明。
- 町にゴミが山積みされている点、
車の被害が目立つ点等は東海豪雨と同じか。
- 今回中之島町で被害にあった地域は、
浸水想定区域図では、どちらかというと浸水被害が軽いことになっている。
もちろん、これは、信濃川の洪水を想定した浸水想定区域だからであろう。
今回の様な局地的な豪雨による支川の破堤による浸水被害を
事前にもれなく提示することは難しい気がする。
- 中之島町中之島地先刈谷田川左岸の破堤地点は、
河川線形が不自然に屈曲しており、
むしろ対岸側が良く持ったなぁ、という印象である。
三条市曲淵地先五十嵐川左岸破堤地点については、
湾曲部の内側が破堤していて、珍しい、ということになっている。
破堤地点から旧河道があったのではないか、という話がある。
さらに先の小さな支川、新通川へ通じていたのであろう。
- 刈谷田川の1/100確率洪水に対する治水工事は、
平成9年に完了していたのだそうだ。
それでも、今回の降水量は、
おそらく想定降水量を軽く上回っていてとてももたなかった、
ということなのだろう。
新潟県土木部のWebページ資料によると、降り始めからの
累積降水量が600mmを越えていて、
非常に大変な豪雨であったことが良く分かる。
刈谷田川上流の栃尾雨量観測所の16日の日雨量は421mm、
五十嵐川の三条雨量観測所の16日の日雨量は208mmだそうである。
計画降水量はどのくらいの雨量であったのだろうか。
- 刈谷田川も五十嵐川も信濃川の支流なので、1級河川であるが、
管理はずっと県が行ってきている。
河川局の第6報によると、
信濃川本川に関しても、昭和53年6月に比べて、
新潟市帝石橋地点の流量では2,250m3/sと同程度の
2,270m3/sの戦後最大規模、
下流域の累加雨量は12日午後9時〜14日午前9時で約300mmと、
昭和53年6月の335mmに次ぐ戦後2番目の雨量であったそうである。
北陸地方整備局資料によると、
270mm/2日という雨量はやはり戦後2番目で、
1/150の確率に相当するということである。
水位・流量に関しては、計画高水位には届かなかったものの、
場所によっては危険水位を軽々と突破していて、
堤防が整備されていない場所では本川で破堤してもおかしくはなかった
ことになる。
- 逃げ遅れて溺死、という高齢者が多い点は今回の水害の非常に
痛ましい点である。豪雨による死者は大抵土砂災害によるもので、
後は見物や用排水路への転落、という状況が20年近く続いていたのに、
非常に残念である。
- 三条市では五十嵐川の破堤1時間前に避難勧告が出たのに、
中之島町で刈谷田川の避難勧告が出たのは10分前だった、
という指摘がある。
確かに、10分と60分とでは大きな違いであるが、しかし、
どちらの地区でも逃げ遅れたと思われる高齢者の死亡が確認されており、
60分でも短すぎたのではないか、と思われる。
栃尾の雨のピークは13日午前9時の58mm/hの様であるが、
これだけで今回ほどの出水を予測することはおそらく難しく、
その後も12時〜13時にこの地方で50mm/h程度の降雨が降り、
その直後に破堤したのではないか、と思われる。
また、水位記録をみても、
五十嵐川一新橋地点の水位が午前10時には
すでに計画高水位を越えていたのに対し、
刈谷田川は12時の時点でようやく計画高水位に届こうか、
という段階にあった様なので、
避難勧告が遅れたからといって、
三条市に比べて中之島町を非難するのはやや酷かも知れない。
もちろん、市と町とでは、
自ずと危機管理体制の総合的な体力が違い、
その結果であるという側面も皆無ではないのかも知れない。
- 国管理の本川はそれなりに治水安全度が上がっているのに対し、
県や市町村管理区間では、ハード・ソフト的に脆弱なのかも知れない。
災害は、常に弱いところをついてくる、と、
高橋裕先生はおっしゃっていたが、
今後今回のように、
地方分権された区間での災害が目立ってくる可能性がある。
しかも、過去のデータに基づいて1/100や1/200といった超過確率で
設定されている計画降水を越える豪雨が降る可能性が、
長期的な気候の変動によって増えている可能性もある。
治水施設の拡充や、事前の被害予測、
実時間の予報警報の精度向上等に加えて、
想定される水害に対し危険な土地の利用を制限するといった施策も含めて、
総合的な対処がより必用であると思われる。
- 洪水調査は、すぐに現地に行かないと、
本当の被害が分かりにくくなるという反面、
まだ片付かないうちに行っては現地の大迷惑、
という側面もあります。
今回もタイミングを迷いましたが、
水災害軽減を念頭において研究している大学院の学生さん達を同行し、
破堤後4日目に現地へ入りました。
学生さん達は皆、本物の水害を見るのは初めてで、
実際に洪水で被害に合い、
しかし復旧へ向けて黙々と働いている人々の姿に
深く思うところがあった様です。
彼らが何らかの形で水災害軽減に資する研究をしてくれることを期待し、
それに免じて、我々の訪問による迷惑をどうぞご容赦ください。
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(Last updated at
Sunday, 02-Dec-2007 09:52:27 JST,
by
沖 大幹
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