学振タイ訪問、2002年2月-3月

[World Trip]世界水循環見て歩きへ戻る
[Essay] 駄文リストへ戻る [HOME] 沖 大幹のホームページへ戻る

まとめ


目次


Jump to: [INDEX] [02 26]

02月25日(月)

というわけで、例によって遅くなったのだが、普段とは少し違う。 今年は学生さん達が気を回してくれたおかげで、 論文打ち上げスキーツアーに参加できて、 野沢温泉から帰宅したのが前日24日の日曜日だったのである。 木曜日の夜新宿に集合し、 久しぶりに夜行スキーバスに乗りこむ。 缶ビールとスナックで気分が盛り上がる。 最初の休憩後消灯で就寝もお約束。 せっかく寝たと思ったらトイレ休憩で起こされ、 起きなくても良いのについ土産物を冷やかしにバスを降りて、 というパターンも久しぶりで楽しかった。 金曜日の朝野沢温泉着。宿の控えの間(?)でしばしくつろぐ。 安藤さんの発案もあり、 熊坂君や佐藤さんと共に買込んだ釜飯を朝食。 平林さんはおやつの様なものを食べていたが、 他の面々はコンビニを探して小雪が舞う早朝の野沢温泉街に繰り出したが、 あっけなく挫折して立ち食いそばを食べた様だった。

部屋に入れて、着替えて、レンタルを借りに出かける。 カービングスキーは1日当たり+1,000円だったが、 最近流行り始めた分板が新しくて良かった。 初心者のホア君、谷口君、 ほぼ初心者の三宅君等は花崎君が指導。 彼は教えるのも非常に上手だ。 鼎氏、柳沢君らと近くの柄沢リフトを登って足慣らし。 3年ぶり位のスキーだったが、まあまあちゃんと滑れた。 正月過ぎから生研でエレベータに乗らず、 毎回6階まで階段を上がってトレーニングした甲斐があった。

特においしくもない「おいしいカレー屋」のカツカレーを食べ、 ビールを飲んでゴンドラに乗ったら、うとうとと寝入ってしまった。 携帯つきでスキーに来るのは初めてだが、やはり便利。 昔グループでスキーに来たときにはなんだか忍耐の様に待つか、 みんなばらばらに行動するかだった気がする。 懐かしい毛無山からずっとくだって、林間コースを降りる。 こぶ斜面だとまだまだ腰が引けてしまうが、 それでも少しずつましになる気がする。 夕方ユートピアの下あたりで一休みし、 日影ゲレンデも滑ってスタンプラリーを制覇してから宿に戻る。

野沢温泉は13の外湯が地域住民で管理されていて、 旅行者にも無料で公開されている。近場のに行ってみる。 豊かな湯、という感じで良かったが、大きなタオルとか、 そういうのが必要であった。 宿の夕食は、噂のマグロのとろろ山かけとか、豚の立田揚げとか、 わけめとか、ご飯と味噌汁。もちろん、野沢菜はちょこっとついている。 なかなか簡素で、さっさと終わるが、ご飯がまあまあおいしい米で助かった。

が、それで終わるはずもなく、少し休んでいたら、およびがかかって、 買い出しになるか飲み会繰り出しになるかわからない斥候隊が出るのについていく。 安藤さん、平林さん、佐藤さん、柳沢君、熊坂君。 馬刺や山盛りの野沢菜等をつまみつつ日本酒をぐびぐびと飲み、 酔いも回ってかなりディープな話で盛り上がった。 帰る途中で土産を買っていたらしい柳沢君と佐藤さんが迷子になり、 救出隊を出すが、結局自力で戻ってきた。 さらに花崎部屋でぽつりぽつりと話しつつ飲む。 最後の方は良く覚えていないが、 布団の下に押し込まれていた気がする。

[16 KB]

平日は空いていたが、翌土曜日は若干混んでいた。しかし、 初心者一同もなんとか降りられる様になり、 それぞれのペースで楽しんでいたと思う。 僕もほとんど筋肉痛にはならずにすみ、 これも階段トレーニングのおかげかと思うと、 「え、エスカレーターって使うものなんですか?」 と挑発してくれた安形氏に感謝である。 ハンバーグがメインの夕食の後、 ハンドシャワーがないと嫌だ、 と強く主張する三宅君についてプール付きの銭湯に風呂だけ行き、 部屋で飲み会。 オリンピックをみつつぽつりぽつり。 どうせ下ネタなら下ネタでがんがんやってくれれば盛り上がったのかもしれないが、 キハチのフルコースを食べなければいけないとかで樫田君がいなかったこともあり、 そうもならず。 再び花崎部屋で2次会に入った際には、「マニア」発言で一時盛り上がるも、 研究や時事問題やスポーツやヲタク話で盛り上がるでもなく、 なんとなく、でも、まあ、ほかほかと過ぎていった。 河村さんのスコットランド土産スコッチウイスキーを、 平林さんがわざわざ研究室から運んでくれたのに、 1/3程度しか空かなかった。最近の若者はウイスキーは嫌いみたいだ。 最後はまた寝入ってしまったが、やはり布団に押し込められていた気がする。 秘密の中身よりは、秘密がある、という情報の方が価値がある、 と言ってみた気もする。

で、ようやくこの出張前日、24日(日)の朝。 安い鮭はおいしくないのだなぁ、としみじみ実感する朝食の後、 元気な若者は半日滑りに出かけ、 初心者並びにがつがつとスキーすることもない大人が残り、 温泉街を冷やかしたりする。 ツアーとしては16時過ぎに出発のバスで帰る、というのだが、 予定でも21時過ぎにしか新宿につかないので、 それでは明日から出張なのにさすがに遅すぎる、 ということで僕だけ長野新幹線の切符を花崎君にお願いしていた。 予定の新幹線に乗るのにちょうどいい在来線もバスもなく、 1時間30分前に長野についた。遅い時間は満杯だったが、 午後1時の頃はまだ空いていて、変更が効き、15時前に東京駅着。

帰宅し、荷物を解いて、お茶を飲んですぐに研究室へ。 この3日間のメールを片付け、 タイへ行っている間に締め切りがくるもののうち重要なものから片付け。 3時間位で終わるかと思っていたら、手間とって、 結局午前1時になってしまった。 でも、タイに行って作業するのはもっと大変だったと思うので、 ここでやっておいて良かったと思う。 返信の必要なメールも60通と、前代未聞のレベルにまで減った。 春以降いろいろ未定なので仕事を断っているのと、 鼎さんが報告書関係をはじめ各種やってくれているからである。 Clie(PalmOS)で管理し始めたToDoもここにきてかなり片付いた。 春からは本当に自分で又少し研究ができるかもしれない。

再び帰宅し、午前1時30分頃から遅い夕食。 食べ終わって荷造り。 2週間なのと、さすがに疲れているのか頭が少しぼおっとして、 あまり効率よく進まない。 春からのアパートの契約書類の手はずを整えたりもして、 結局就寝は4時。

6時に起きる。何か夢をみていた様だが、 覚えていない。ぼおっとして、 ほおっておけば二度寝をしてしまっていたところであったが、 思いとどまり、身繕いをして苺を食べて出かける。 JALはTCATでチェックインできるので、水天宮へ。 バス停まで寒かったら嫌なのでブルゾンを着てでかけ、 地下鉄の中でスーツケースに入れた。

席は窓際に代えてもらい、なんのことはなくチェックイン。 出国手続きは8時から。8時直後のは混みそうだったので、 8:15にしたら、首尾よく隣なしでうとうと成田へ。 銀行を覗くと、137.10円/Bで3.56円/B。 セキュリティにだいぶ並んでいたので、 本屋で立ち読みをして時間を潰していたが、 列は一向に短くならない。仕方がないので並ぶ。 30分くらしてようやくセキュリティを通り抜けた。 ゲートをくぐったら音がして、 「ポケットに何かいれていませんか?」「いいえ、何も」 「ベルトのバックルが大きいので、持っていますので外していただけませんか?」 というわけで、ベルトを抜かれてしまった。 確かに、ベルトなしだと鳴らなかったが、もう少しやり方もありそうに思うのだが。 TCATで出国していたのでそこはさっさと大丈夫だった。

機体はB747で、ビジネスもほぼ満席。 搭乗後に気分が悪くなったお客さんがいたとかで、 少し出発が遅れて11:35離陸。6時間5分の飛行時間だそうなので、 それでも15:40位にはバンコックに到着するはずである。 タイ人か日本人かわからない人もいるが、 客室乗務員さん達はみんなきれいで、これがJALの底力か、と思った。

昼食。これもさすがJALのビジネスクラス。 懇親の力が感じられる。 機内食という感じがしない。 前菜の中でもフォアグラパイ詰め、口取の鯛松皮ポン酢おろしいか雲丹添え、 胡麻豆腐などが秀逸。メインの牛肉葱間焼きやデザートはイマイチだったが、 チョコレートはおいしかった。 ナイフだけプラスチック。 食事をしつつ「千年の恋 ひかる源氏物語」を観る。 常磐貴子の紫の上にそそられる。

少しうとうとしたり、PCで書類整理をしたりして過ごす。 Rush Hour 2も観たりした。 朝日新聞の記事。 現在共立女子大学学長をしている 阿部謹也氏(元国立大学協会会長)による「私の視点」。 順送りではないトップダウン的人事をして刷新しないと、 せっかくの大学改革も進まない、というのが主要な論点か。 しかし、いわゆる「教室は水場で、 馬(生徒)を水場(教室)まで連れてくることはできるが、 無理やり飲ませる(勉強させる)ことはできない」という意見に対し、 「そこに水があると思っているのは教師だけではないのですか」と 彼は答えたのだという。すなわち、 現在の学問は学生達が求めているものにこたえていない、というのである。 そして、最後の引用が僕の心を打った。

『教えるとは、ともに希望を語ること』
その筋では有名な言葉の様なのだが、出典は何なのだろう? そう、もっともっと研究室で夢と希望を語らなくては。 ちなみに、その記事のすぐ下には、 Iさんの奥様の署名記事が掲載されていた。 また、狂牛病は人の場合、潜伏期間が10年程度あるそうだ。 さて、10年後、僕はいったいどうなっているのだろう?

インドシナ半島上空は雲だらけ。 到着は現地時刻15:30頃の予定の様である。おしぼりが出てお茶。 明治のアイスクリームAYAはなかなかおいしい。 「うどんですかい」もゲット。 ちゃんと熱い湯をいれたのを皿の上に乗っけて出してくれる。 昆布(?)だしの関西風味が効いていてなかなかおいしかった。 お腹を空かせて乗り込むとこころおきなく食べられて良い。 乾季ではあるが、大きなアンビルを吹いている積乱雲も見える。 あの下ではさすがに局所的には少しは降っているのだろうか。 15:30着陸。気温34度。野沢も9度とかあったので、温度差25度。 オホーツク海でガリンコ号に乗った直後にタイに来た(逆?)時に比べると、 大した温度差ではない。

駐機場からバスでターミナルへ移動して降りたところにPerapolがいた。 Somchai等と連絡をとったわけでもないようで、 どうも、到着乗客名簿方面から割り出したらしい。 おかげでパスポートコントロールが楽であった。 荷物をとる間に、自動両替機を試してみた。1万円→3,196B。 1B=3.13円程度だ。税関を通って、外で両替しても全く同じレート。 いずれにせよ、成田で替えるよりはかなり良いレートだ。 PerapolはまだTMDに復職したわけでもないらしく、気まずいのか、 Somchaiとそのお姉さんに挨拶したらそそくさと退散。 Somchai姉のベンツでWindsorホテルへ。

TMDの独立行政法人化は、法律では決まったが、 実施(implement)がまだ先になりそうだ、とのことであった。 英語訳なら、semi-governmentとか、Meteorological Authority of Thailand とか、そういうことになるのでは、と言われた。 おそらく2〜3年後だろう、という現時点での見込みとか。 明日は、マィカブチャ(?)とかいう仏教的な休日なんだそうだ。 最初の僧侶、とか、仏陀が最初の経典を著した、とか、 1000人の僧侶がアポなしに集まった、とか、そういうもろもろの故事があり、 寺院にお参りにいったりする日だという。知らなかった。 高速道路をずっと南下していると、左手に像ビル。 今日は、NRCTでGAME-Tの共同研究プロジェクトに関する会議をやっていて、 日本人教授も来ているのだという。誰だろう? TMDからはMuntanaさんを頭に、何名も参加しているそうだ。 タイ側全体のリーダーはNipon先生が務めてくださっているそうである。 また、AITの本多先生がレストランを開いたとか、来週くらい、 一度行ってみようか、とも言われた。

[16 KB]

相変わらずのWindsorホテルにチェックイン。 19時に最近流行りの日本レストランOisiに夕食に連れていってくれる、 というSomchaiを送る。 河村さんにも連絡がとれて、ここまで来てくれるそうだ。 あまり手を入れていないのか、 だんだん薄汚くなってきている気がする。つくりやものはそこそこいいのに、 たとえばクロスが汚れているとか。 とはいえ、スイートはスイートで広々と控えの間があるのは良い。 ドライヤーもあるし、湯沸かし、冷蔵庫、ミニバー、なんでもある。 TVなどは2台あるし、風呂場には洗濯物干し紐も受話器もある。 荷物を広げて棚に入れて、片付け、バブリーな風呂に入る。 きんきらの風呂場、というわけではなく、foam bathを入れたのだ。 途中、電話が鳴って、河村さんがもう来たか、と思って焦ったが、 「ごめんなさい、仕事が長引いて今出ます」とのことだった。 少しのんびり休んで、書類整理。 Perapolから電話があり、明日、会って話をすることにした。

19時にロビーで待っていると、河村愛ちゃん登場。 服装のせいか、タイ人っぽい雰囲気。 中身は相変わらず。 少し遅れていて、「ごめんなさい」と言われるが、 ソムチャイも遅れていてすぐに来た。 RCA(Royal City Avenue)近くのOishiという日本食バイキングの店へ。 ソムチャイのお姉さんの一家と一緒。 寿司や刺身はもちろん、土瓶蒸しや、茶碗蒸しもあり、 土瓶蒸しには松茸は入っていないが、うどんだしを薄めただけ、 よりは風味もあり、蒸し物には銀杏がちゃんと入っていた。 てんぷらを取るとその場で熱々の天つゆをかけた大根おろしをたっぷりもらえ、 海老天はさくさくおいしい。鉄板焼の具を、好きなのを選び、 皿にテーブル番号のついたクリップを留めて渡すと、 ちゃんと焼いて持ってきてくれる。 海老がごろごろあるのはもちろん、えのき茸やいか、マッシュルームもあり、 肉がなんと、霜降りなみにおいしい良い肉で、 ネギベースのポン酢風たれにつけると久しぶりに美味しい肉を食べた、 という感じであった。味噌汁やぜんざいと焼き餅、炒めものや鯖塩、 などももちろんあった。点心類や、鍋物もあった。 フルーツや、デザートはタイ風のが多かった。 バイキングと聞いて、安いところかと思ったが、 ここはかなり価格を高く設定しているらしかった。推定、大人一人590B、 子供390B。ソフトドリンクはただで、ビールや酒は100B位extraに払う。

[20 KB]

Somchaiさんの義理のお兄さんはお医者さんだったが、 毎日同じように人を治療するのに飽きて、 IT関係の仕事を始めたのだという。 どっか悪くなって修理する、というのはつまらない、と思ったのだそうだ。 人を助ける、ということに関して、そんなに満足が得られなければ、 例え高給でも満たされないのであろう。 奥さんの名前はナームさん、大学3年生の二女がターンちゃんで、 医者を目指して勉強中。 13才のトップ君はサッカー選手になりたいのだとか。 お腹がいっぱいになり、久しぶりの和食で河村さんも大満足の様であった。 僕は最後に、カプチーノをグラスいっぱいの氷の上からかけて、 アイスカプチーノにして飲んだ。 エスプレッソマシンはちゃんとした業務用でおいしかった。

僕がまず宿に送ってもらい、 河村さんもアパートまで送ってもらったようだ。 22時くらいであったが、ふらふらに疲れていて、 起きていようとしたが、ぐっすり寝てしまった。


Jump to: [INDEX] [02 27] [02 25]

02月26日(火)

朝4時、日本時間の6時に目が覚める。もちろん、幸せな2度寝。 しかし、激しい雷雨が窓ガラスを叩き、稲妻がきらめいて雷鳴もうるさいので、 しばらく、ぼおっとしていた。 この時期に雨が降ることはしばしばあるのだろうか。 朝、8時に起き出す。 夢をみていた。何かの領土を得るために、 研究室の学生さん達が絨毯爆撃に何度も出撃している夢である。変なの。 PCのメールをばりばり処理し始める。 ルームサービスが来たので、部屋を明けて朝食へ。 オムレツが下手くそ。コーヒー、ジュースで水分補給。 新聞をじっくり読む。 小泉改革ができなければ、日本はしばらく苦しい経済状況が続くだろう。 そうなると、研究プロジェクトどころではなくなるかもしれない。 広告の様に、効果や因果関係がすぐには目に見えないものの商売は、 案外おいしいなぁ、と、思ったが、研究、特に僕らがやっている研究は、 なかなか社会への貢献が見えにくいかもしれない、と気づく。 そうした効果や因果関係をきちんと調べる技術、 システムなら商売になるかなぁ、などと考えてみたりもした。 帽子、地図を持ってくるのを忘れたことに気づく。ちゃんと覚えておかねば。

11時にロビーでPerapolと待ち合わせ。 部屋に招いていろいろと話を聞いてあげた。 だいぶいろいろ学んで、諦観したようであった。 本当に人のいい、良い意味での田舎者なのであった。 都会は怖いところ何だなぁ、という気持と、 昔の日本、今の上海の様に、タイ、バンコックでも、 経済成長に伴って、古き良きコミュニティが崩壊して、 行きすぎた拝金主義、人に遅れを取らないように、 という風潮が蔓延しているのかもしれない。 いずれ揺れ戻しもくるのだと期待したい。 また、情報を握っているかも知れない、と、 相手に思わせている間だけが優位で、 情報を握っていることをちらつかせたら終わりだ、とも諭す。 昨日の雷雨は、今シーズン初めての雨だ、と言っていた。 また、先週、タイ北部で握りこぶし大の雹も観測されたという。

ちょうどお昼時だったので、隣のエンポリアムまで歩いて行き、 フードコートで2人で食事をした。 僕はまだお腹いっぱいだったので、Yen Tafu Special麺を食べた。 トマトソースが入っている五目中華そばである。おいしい。 ペラポルは、豚の角煮ごはんと、スープを食べていた。 映画でも観ようか、と考えたが、Load of the Ringは21:15〜しかなく、 あきらめる。でも、120Bなので、時間と心の余裕があったら、 来てみると良いと思った。 ペラポルとはここでお別れ。せっかくSky Trainの駅に来ているので、 中心街まで行って買い物。コットンのホールセール屋さんがあって、 Tシャツやポロシャツの良さそうなのが安く買えた。 また、ジュースやビール、筆記具等の滞在サポート品や、 焼きココナツ、ハーブ歯磨き粉等、 スーパーでしか買えない土産品を早々に買込む。 考えてみると、明日平林さんが来たら、後はNASDA/CRLご一行様、 鬼頭さん、と、毎日誰かと一緒である。

部屋に戻って汗を流し、少しほっとする。 スキーの疲れでどこか筋肉痛、ということはないが、 全身、特に肩がだるく、日本の疲れをかなり引きずっている感じである。 午後遅くから再び気合いを入れてメールの処理に乗り出す。 それなりに文章も書き、うわっと片付けた。 バンコック市内は従量制ではなく、一回かけるごとにいくら、 なので、プロバイダ料金さえ気にしなければ、つなぎっ放しがお得である。 夕方、ペラポルのフルーツバスケット差入が届く。 ナイフやフォークがない。どうしよう? 外に出るのも面倒で、ルームサービスをとろうか、と思っていたが、 そうこうするうちに10時になり、食事はやめ。 このところ食べすぎ飲み過ぎなので、少し節制しようと思った。 それでも、今日はだいぶ溜っていた仕事が片付いたので良い気分。 23時過ぎには眠くなってきたので休む。


Jump to: [INDEX] [02 28] [02 26]

02月27日(水)

まだ時差ぼけで、6時前に一旦目が覚める。まだ体が重く、疲れている。 二度寝して、身支度をしてから新聞を持って食事へ。 軽くしておく。茹で玉子は固茹でだった。サラダ、フルーツ等、 食べたい物を食べておく。 9時にSomchaiが迎えに来てくれ、TMDへ。 一昨日Oishiで食べた後、彼とか義兄さんとかはお腹を壊したという。 僕は無理無理には食べなかったし、 寿司や刺身等の生ものは避けたからか平気だった。 やはり、よく見掛けるようになったとはいえ、 生ものは避けたほうが良さそうである。

彼の研究の進捗状況についてもさっそく話をする。 モデルによる生産量推定値と、現地観測値が大きく異なっていた点について、 すでに確認をとり、理由はわかって、あとは単位変換をするだけだ、 とのことであった。また、プロットでの10年分の水文気象データも揃え、 変動予測に結び付けられるようにもした、とのことであった。 平成14年度中に論文を出せそうだ、と、彼自身は言っていた。 まあ、現時点で「ちょっと難しい」と弱音を吐く様では困る。 昨日の雷雨については、ちょうど今、transition periodなので、 時々westerly waveが来て、トラフが入り込んで、 ああした雷雨が生じるという。雹も時々ある、とのことである。

昨年まで使わせてもらっていた部屋が使用中とかで、通信情報部の、 武井さん(JICAシニアエキスパート)の隣の部屋を使わせてもらう。 LANカードを持ってきたのが大正解。 いくつかのIPアドレスを教えてもらって設定するだけでインターネットに接続できた。 時々DNSがtime outしたりして、 相手先によってはうまく送信できなかったりするが、 radishをなだめすかし、なんとか送る。読む方はsshで大丈夫。 部屋には、Somchaiの秘書さん達がお茶の準備などもしてくれた。 いたれりつくせり、である。

武井さんに連れられて、このdivisionのdirectorである Kamnun氏に挨拶に行く。GAME-T/IOPの際の、 高層観測ではいろいろお世話になった方である。 Directorになって、少し貫禄がついた感じである。 コーヒーを飲ませてもらって退散。 手みやげに、GAME-T Data CD-ROMでも手渡せれば良かったのだが。 鬼頭さんの講演会の話をしたら、興味を示してくれていた。

武井さんから最近の状況についていろいろ話をお聞きする。 タイの科学技術レベルの底力の足りなさ、 あるいは人材の層の薄さ、 将来に向けて遺産を蓄積していこうという展望の少なさ、 何より約束を断るよりは破る方を選ぶ、という習慣(?)等に、 少しめげていらっしゃる様であった。 メコン委員会(MRC)がバンコックからカンボジアに移り、 降雨予測に基づく洪水予測ができなくなったので、 TMDからMRCに人を派遣したりもしたらしい。 そういう時にも、各部署を自分でまわってコーディネートしない限り、 話が伝わっていないので大変になる、とのことである。 確かにGAME-Tでもそういう場面に何度か遭遇した。 メールの読み書きをこなしているうちに昼食。


TMD食堂で。バーミーナム。ご飯も一皿で、 チキンカレーと鶏肉のなます和えみたいなのとで食べる。 武井さんが気を効かせてくれて、食事会をアレンジしてくれる。 金曜日が和食でどちらかというとTMD側の接待、 来週が鬼頭さんと僕をタイレストランに連れていって下さるそうだ。 ハジャイレーダの入札に関しては、 やはりいろいろ大変みたいで、Somchaiも頭を悩ませている様であった。


午後再びしばらくした後、平林姉妹を空港へ迎えに行くSomchaiについていく。 タイ気象局の数値予報(NWP)プロジェクトは、 一応2001年7月11日に完成の承認を受けたが、 まだまだデータコネクションを張るとか、 いろいろ手が入っているそうだ。 計算機のCPUタイムも、毎日2〜3時間しか使っていなくて、 残り20時間以上空いているから、里村先生のモデルとか、 そういうのを走らせたらいいのに、と、Somchaiの弁。 途中にわか雨に遭遇したが、空港につく頃にはまた晴れていた。

ANAはStar Allianceメンバーなので、Terminal 2。 出口が一応2つあるので、Somchaiと分担して張って、 30分くらい待ったところで平林姉妹を捕獲。2人でスーツケースひとつ。 宿まで送ってもらう。 暑い暑い、シャワーを浴びなければ一歩もここを動かない、 と騒いでいる平林さん等がチェックインした後、 僕は部屋に戻ってまたメールの読み書き。 こういう落ち着いた海外出張(逃亡?)中だと、明らかに、

d(ストレス)/dt = S - F

S: その日に新たにやらねばならなくなった業務
F: その日にこなした業務
の右辺が負なので、心理的に非常に健康になる気がする。 京都に週3日行く、というのもこうだといいなぁ。

6時にロビー待ち合わせでSomchai氏と、メーオさんと平林姉妹の5人で夕食へ。 虫明先生や鼎氏、安形氏を以前連れていったという、 宿からそうは遠くないシーフードレストラン。 ダックの醤油煮みたいなのを頼んでおいて、トムヤムタレー、 プーパッポンカリー、トートマンプラー、グンオプウンセン。 白いご飯もちゃんと各人の皿に盛られた。 ビールはシンハの生。缶とかと違って苦みすっきりでおいしい。 平林姉妹が辛いのが苦手、と言うと、 唐辛子やチリペーストを抜いたトムヤムを持ってきて、 各人好みに応じて加える、という風にしてくれていた。 また、平林妹がタイは初めて、と言うと、メーオさんが、 それならこれを食べなくっちゃ、ということで、 薄焼き卵焼きを注文。ソムチャイ氏によると、これと、ナンプリッのできて、 その料理人が上手かどうかがわかるのだそうだ。 圧巻はグンパオで、大きな大きな海老の焼いたもの。 海老味噌がたっぷりで、かつ、ジューシー。 Somchaiはあまり海老は好きではないのだそうだが、 メーオさんが好きだ、ということでこうした海老尽くしとなった。 お茶のフィンガーボールも出てきた。 生バンドの演奏が硝子越しに聞こえ、Somchaiがリクエストして、 スキヤキソングの演奏となった。メーオさんも、 これが初めて知った日本の歌だった、と言っていた。 最後はカオニャオマムアンのデザート。 Somchaiがあらかじめ店に入るときにチェックしていて、 このマンゴはおいしい種類なんだ、と言った通り、甘くておいしかった。 餅米の蒸し方が難しいのだそうだ。

[20 KB]

宿まで送ってもらった後、ピナコラーダを飲みたい、 と主張する平林さんを連れてスクンビットを歩く。 シェラトンのバーへ。 博士課程だと、いろいろ不安や悩みもあるものだが、 良くも悪くも就職していなくて身分や将来が漠然としているのが、 時に意思を強く持つにあたり大変なのだと思う。 思えば、僕も博士1年の夏などは、

「博士論文なんて、どうやったら書けるんだろうか?」
と、とてもブルーな気持だった。 話をしているうちに生バンドの演奏が始まり、 ステージの前のフロアでは踊っている人々も。 夜が更けてくるに連れ、気合いの入った格好のタイ人女性と、 ビールを片手の西欧人男性が増えてきた。 我々が立ち去ると、すぐさまカウンター席はそういう女性達に占領された。 あまり酔っぱらいはしなかった。 宿に戻り、零時過ぎに就寝。


Jump to: [INDEX] [03 01] [02 27]

02月28日(木)

疲れもだいぶとれてきて、7時頃目覚ましで起床。 洗濯をし、身繕いをして朝食へ。 すでに出かける準備までできている平林姉妹が朝食をとっていた。 今日も生野菜が食べたくて山盛りをがつがつと箸で食べる。 中心街へ行ってショッピング、お寺もひとつ位、 と言っているので、Skytrainでチャオプラヤ川まで行き、 そこからチャオピヤエクスプレスで王宮まで行く道筋を説明する。 夕方は18時にRatchadamnoen Boxing Stadium前の国連ビル前で 河村さんと待ち合わせだそうだ。

8:30にTMDの車が来てくれて、オフィスへ。 帰りは15:30にTMDを出ることになっている。 ラッシュ後にホテルから移動、ラッシュ前にホテルへ送り届ける、 という体制になっている。それでも、 日本にいるときよりもはるかに各種メールや原稿・文章依頼に対応できる。 メールは概ね対応できてきたので、 持ってきた研究業務の処理にとりかかる。

Somchaiが外の会議に出かけているため、 昼食は武井さんと2人で食べる。 鳥辛しそぼろ炒めのせご飯と漬物野菜スープ。

午後も仕事を続け、少しSomchaiが来て、 来週月曜日のGISTDAでの会合についてTMD内部で招待状を探してくれたり、 火曜日のアレンジについて考えてくれたりする。 15:30には接続を切って、車で宿へ戻る。 6時間30分の勤務時間だが、レスポンス良くメールに返答できたり、 依頼を捌いたりできるのは、 ひとつには駒場でのバックアップ体制がしっかりしているからである。 秘書さん達、鼎君に感謝せねば。

[24 KB]

河村さんが夕食に誘ってくれていて、 平林姉妹も観光から帰ってきていたので一緒に出かける。 スカイトレインで途中まで行き、そこからタクシー。 渋滞などを見越して早めに行ったら、時間があまる。 UNの目の前のラジャダムヌンというムエタイ競技場が、 木曜日のせいか、2部制で、5時からの部があり、入ってみることにする。 普通日本人観光客は1,000Bのリングサイドに座る様だが、 ここ200Bの席は、400Bの席のさらに後方、金網で厳重に隔離されている。 正面は元気なおやじ様達に占領されているので、端の方に席をとる。 といっても、小学校のスタンドの様な階段状のコンクリートに、 ペンキが塗ってあるだけである。 ちょうど第2試合の3ラウンドが終わりかけの頃で、 おやじ様達は盛り上がり、応援している青が蹴りを入れる度に 「Oooo!」 という声援を送っていた。 昼間だということもあり、まったく危険は感じなかったが、 がらがいい、というわけではけっしてない。 試合は青が(予想?予定?通り)勝ち、 立ち上がって声援していたおやじ様達もほっと腰掛けた。 次の試合前の踊りだか準備運動だかよくわからない儀式を観て、 2ラウンドまで「つまんないなぁ」と思って観た後にスタジアムを出た。 ちょっと観ただけだが、生演奏とか、おやじ様達とか、雰囲気は楽しめたと思う。

[12 KB]

少し迷って、しかしUNの建物を無事発見、河村さんと会い、 記念撮影の後タクシーでレストランへ。最初は20Bの屋台? という案もあったが、明日も仕事なので却下。 Silver Spoon(2/1 Krungkaseam Rd., Wt Sampraya, BKK 10200, Phone: 02-281-2900, Fax.: 02-628-9912, http://web.yeehaa.com/silverspoon/ ) へ。チャオプラヤ川沿いで、なかなかいいところ。 先客にやはりUN関係の日本人の人がいて、 「ここは日本人はあまり知らないんだけど...」と言っていた。 彼は西洋人の接待で来ていた様であった。 お薦めに従い、大きな魚の輪切りのフライ、揚げ魚の魚形鍋酸っぱいスープ、 Silver Spoonサラダ(タイ風ミックス)、シーフード焼き飯、 鶏カシューナッツ炒め、トムヤムシーフード。 店があまり混んでいないこともあってか、 料理が一辺にきてテーブルに乗りきらないほど。 ハイネケンの生ビールと共に食事を楽しむ。 到着したころは夕焼けがきれいで、 暗くなってからは下流の方で花火を上げているのが見えた。 レストランから食べ物を投げると、 下には大きな魚が気持悪いくらいうようよいて、ぱくりと食べてくれる。 フルーツ盛り合わせも冷えていておいしくて、でも、全部で1300B位。

歩いて10分程度の河村さんのアパートへ。一応守衛もいるし、 新しくはないが荒れてはいない良さそうなところ。 部屋も台所はないものの広く、快適に暮している様であった。 昼間ちゃんと仕事をして頭を使っているし、 クーラーと日差しのギャップに疲れてきていることもあり、 ビールを楽しくごくごく飲んだせいか、不覚にも寝入ってしまった。 入って記念撮影をしたことしか覚えていない。 寝息を確認しつつではないと話せない話題もあったらしいので、 まあ寝た方が学生さん孝行であったのかもしれない。 というわけで、22時30分にはお暇。 道が空いていて、タクシーで20分位で帰りついた。 オレンジジュースを買い足してから就寝。


Jump to: [INDEX] [03 02] [02 28]

03月01日(金)

昨晩さっさと寝たせいか、時差がまだ残っているのか6時過ぎに目が覚めた。 早朝からアユタヤツアーに行くという平林姉妹を見送ってから朝食、 新聞をゆっくり読む。 部屋に戻って身繕いをして、早めに出たら運転手さんも早めに来て、出勤。 今日は9時前から仕事を始める。

なんだかんだといって50通以上あるメールに返信したり文書を作ったり、 返信の返信を書いたりしていたら11時。 どうも、午前中に2時間、午後に2時間くらいは、 本当は日本にいる間もメールの読み書きの時間が必要な様だ。 その後は書類整理、論文査読等。 午前中はタイ地震委員会設立記念セレモニーがあったようである。

そのセレモニーの昼食会に参加しては、と呼ばれて行く。 TMDの13階にそうしたバンケット用の部屋がある。 Ms. Somsiさん。ウボンラチャタニの部長から、 Study and Research Divisionの部長に来た。 チュラのSomchai氏から、気象学をやりに来ないか、 と誘われている女性である。 ペラポルのことも気にかけていて、私がイギリスに留学してたときは、 1日30時間勉強するつもりだったのに、 彼は研究は人生の一部としか思っていないようねぇ、とかも言っていた。 副局長のアナンさんやSomchaiの上司のティアナンさんにも会う。 その他、予報部長のグリンガイ氏、もうリタイアしたチュロンチャイ氏等。 今、エルニーニョのせいで、タイに76あるprovinceのうち、 40で水が足りず、灌漑用水どころか、生活用水にも欠いていて、 政府が水を運んで供給したりしているそうだ。 来週のセミナーではそういう話もして欲しい、と言われた。 ゲーンキヨワンや海苔豚スープ、海老野菜炒めやトムヤム烏賊、 擂り身団子ヤム等のブッフェ。

午後はSomchai氏と、彼の論博プログラムの進捗状況について議論。 とうもろこしの植え方の問題として、面積当たりの取れ高に換算すると、 うまくモデルと実観測とが対応することが導けて、 有意義な会合であった。 帰りは武井さんも同乗。Times Squareでお待ち会わせだとか。 ペラポルから「週末のご予定は?」と連絡があるが、 平林姉妹の相手をする、と告げるとそうですか、と言われた。

平林の投稿論文原稿に目を通し終えて、 飲み物等の買い物に出て宿に帰ってきたら、 平林姉妹もアユタヤツアーから帰ってきていた。 エンポリアムの上のレストランへ。 ヤムヌア、ソムタムが辛くて大変。 鶏カシューナッツとパッタイはまあまあ大丈夫。 ヒーヒー言って、平林妹さんはちょっと辛そうであった。 その後、London Brewery Pubへ。 案外飲んで食べてなかなか楽しかった。


Jump to: [INDEX] [03 03] [03 01]

03月02日(土)

お疲れの平林姉は部屋で謹慎。 平林妹はてくてくとお寺めぐりに出かける。 後で聞いたら、 ちゃんとBTSからチャオプラヤエクスプレスボートに乗って王宮へ行き、 帰りはバスに乗って来たのだそうだ。偉い。 僕は今週の疲れを癒し、 武井さんが週末に、 と貸してくれた本を読んだりPCのファイル整理をしていた。

『タイ人と働く』へンリー・ホームズ&スチャーダー・タントンタウィー著、 末廣昭訳・解説、めこん、ISBN 4-8396-0134-8
午後になって少し復活した平林姉から連絡があり、 Asok駅の近くのフードコートで昼食。 味の素がんがん入りまくりの食事で、 さすがにちょっと全部食べるのは気が引けたが、 ぴりぴりする舌をなだめつつシーフードあんかけ揚げ麺を食べる。 平林姉は再びパッタイ。

出歩くとまたばてて、部屋に戻って休んでいたら、 無事戻ってきた平林妹から連絡あり、出かける。 泉氏に教えてもらっていたワットポーのマッサージ学校の分校へ(Soi33)。 2時間250Bにチップを入れても合計300B。 入り口に「マッサージでーす!」と書いてあったり、 ぬるま湯で足を洗ってもらったり、 狭い階段を登って薄暗い部屋に通されたり、 と、平林姉妹は少しびびっていた。 それでも、足から始まって、なかなか上手で、 体の固い平林妹はすこし苦痛の様であったが、 僕はサバイサバーイと2時間過ごす。

ポーマッサージで会計の際に聞いておいて、 夕食はSoi39のコカレストランでタイスキ。 ちょっと値段が高い気がしたが、その分全部作ってくれた。 肉類を卵にまぶしてからいれるのができなくてこれも不便だったがしょうがない。 野菜たっぷり系に頼んで、これはこれでお腹もいっぱい、満足。 ビールを大瓶4本飲んでしまったためか少し酔っぱらい、 帰り道は歌をうたいつつ宿に戻った。 ベッドの上で、 春からの研究のことなどを考えていたらいつのまにかうとうとしていて、 気づいたら一旦起きてすぐ寝た。23時くらいであったか。


Jump to: [INDEX] [03 04] [03 02]

03月03日(日)

日曜日は水上マーケットは盛んではないのではないか、 という憶測でツアーには行かず。 平林姉妹も僕も少々疲れ気味なので、朝ゆっくり。 その後、507(508?)のバスでワットポーへ。 12B/人であった。チャイナタウンの側を通ったりして、 道路からみる風景は楽しくなかなか良かった。 昨日平林妹は、観る可能性のある場所には行かないから、 と遠慮していて、「お寺は興味ないから、行かないから」 という平林姉の言葉を信じて観たにも関わらず、 「やっぱ寝てる大仏は観なくっちゃ」というわけでワットポーの涅槃仏を観る。

出て船着き場へ行く途中、帽子売りがやってきた。 B380とかベラボーなことを言うので、 「高い。だめ。」「千円!」「だめ。高い」「300B」 「高い」「200B」「高すぎ」「いくら?」「50B」「うーん、OK」 というわけで、タイ語で交渉する成果はB380の帽子をB50でゲット。 安物だと思っていたら、案外しっかりしていて少し得した気分。 ワットアルンへの2B/人の渡し船に乗りチャオプラヤ川を渡る。 暑い中ワットアルンのバコダに登り、川風に吹かれつつ少し眺める。 以前はもう一段上まで行けたはずなのに、と、少し不満。

対岸へ戻り、 Tha Tien PierからチャオプラヤエクスプレスボートでOriental桟橋へ。 1人8B。 13時前だし、オリエンタルホテルでお茶でも、と思ったら、 鼎氏の怨念のせいか、サンダル履きはだめ、リュックも手に持て、 とか言われて断念。 とろとろ大通りに出てSilomを歩くかSathornを歩くか悩んでいたら、 今日は日曜日でこの辺の店は全部閉っているから、 Rama1世道路付近の政府土産物やセンターに行った方が良いよ、 と自称ジャーナリストが声をかけてきた。 お薦めは丁寧に拝聴し、でも、Silom通りを歩く。 アフリカ系の人々が案外多い、というのが感じられた。

履くもの古今東西等をし、フカヒレレストランは嫌だ、とか、 おおっ、と思ったビアレストランは閉っている、とかを乗り越え、 昼間のパッポンに到着。ヘトヘトながら、 あなたの夢かなえます、的宣伝文句を見たりして社会見学。 タニヤ方面では休みだからか昼間からカウンターで飲んでいる西洋人もいた。 ジムトンプソンに入って涼む。平林さんは買い物。

[16 KB]

BTSのサラデーン駅の横のショッピングモール地下のS&Pで昼食。 カオニャオマムアンで軽く(?)済ませようか、と思って頼んだ後に、 ジャスミンライスの冷たい水茶漬セットメニューがあることに気づいた。 頼んでみた。 タイにあることは知っていても、これはタイ訪問26回目にして初めて食べる。 氷水の中にジャスミンライス。香りが良い。 付け合わせのてんぷらはどうかと思うが、 佃煮みたいなのはまあまあいけて、もぐもぐと平らげた。 平林妹は、トムヤムであることを充分に認識させてもらえぬままに、 頼んだトムヤム麺を「ちょっと辛い」と言いつつ食べ、 平林姉の肉肉しいスープ麺と交換していた。

スカイトレインで戻り、少し時間もあるので、プールサイドに寝そべって、 本の続きを読んだりした。 部屋に戻って井口さんご一行を待ちつつ、書類整理。 出てくるのに手間取ったとかで、18時頃到着。 彼らが落ち着くのを待っている間に、ロビーの喫茶で、 平林さんの投稿論文draftへのコメントに関しての議論。 かなり事前チェックが入っていてそれにとらわれて支配されている、 という印象。大幅な修正を迫られたのか、 それにともなう不斉合もあったりして、まだまだ大変そうである。

るるぶに載っていた Baan Khanitha(36/1 Sukhumvit 23 Soi Prasan mitr Bangkok, Tel. 0-2258-4123, 0-2258-4181, Tel.&Fax. 0-2260-9601)へ。 歩くと少し遠かったが、良い感じのタイレストラン。 日本人も多いのか、ウエイターもみんな日本語でメニューを復唱してくれる。 混んでいて、何組か待っていたが、5人だと告げると、 キャンセルで空いていたテーブルがあったのかすぐ席に通してくれた。 葉っぱにピーナッツや玉ねぎ・生姜微塵切りや唐辛子等を乗せ、 甘目のたれをかけて包んで食べるオードブルつき。 トートマングン、プーパッポンカレー、トムヤムクン、 ガイホーバイトゥーイ、パクブーンファンデーン、茄子のヤムにご飯。 蟹カレー炒めはソフトシェルクラブの空揚げで作ってあって 全部おいしく食べられたし、トムヤムの海老が巨大で、 スープに海老味噌がおいしく溶け込んでいて、辛すぎもせず、絶品であった。 他も化学調味料の味も強くなくてそれぞれおいしく、 さすがに名店、という感じであった。 生ビールがなかったのが残念だったが、 シンハの小瓶やピナコラーダ等でみんな楽しんでいた。 デザートにフルーツ盛りも食べたが、 価格も一人400B余り、と、素材が豪勢だった割には安く済んだ。

宿に戻ったら21時頃であったが、疲れもあり、休む。 平林姉妹は明日朝水上マーケットツアーに行くつもりであったが、 妹さんの体調が思わしくない、とかで、断念したそうである。 ちょっとひっぱりまわし過ぎたか。 タイでは観光も仕事も精力的にこなすのは禁物である。


Jump to: [INDEX] [03 05] [03 03]

03月04日(月)

週末も終わり、仕事開始。6時におき、7時に朝食。 平林姉のみ朝食一緒。部屋を使ってもらっておくことにする。 彼女らはもうチェックアウトし、今晩の夜行で帰国なのだ。 このWindsorの朝食では、焼き立てワッフル以外に、茹で玉子がブーム。 3分〜4分位の生半熟卵を卵立てにのせ、 スプーンですくって食べるとおいしい。

いつもよりは早く、8時ロビー集合でタイのリモセン機関GISTDAへ。 昨日Perapolが差し入れてくれたケーキもコーヒーブレーク用に持っていった。 切ってもらったら、カオニャオマムアンケーキで、 スポンジの部分に餅米がぎっしり詰まり、 上にはタルトのようにスライスマンゴーが乗せられていた。 GISTDAは、2000年12月にNRCTから独立して タイにおけるGISとリモセンの独立研究機関となった。 DirectorのSuvit氏を表敬訪問した後、TRMMセミナー。 Suvitさんは僕のことをうっすら覚えていて下さったようだ。 MODIS受信局などの件に関して少し話をした。

Short noticeであったにも関わらずセミナーには30名以上が参加してくれていて、 TMDからはSomchai、 BRRAAからはWarawut等がUtaiさんの後任の新しいDGを連れてきていた。 TRMM/GPMの紹介と、今後の研究協力に関する質疑でも、 結局発言してくれるのは彼らであった。 やはり人的つながりはありがたい。大事にしないと。

セミナーの最中、Mathurosさんが会いに来てくださり、 秋のGISP/GAME-T Workshop in Thailandの打ち合わせ等。 どんどん忙しくなっていらっしゃるようで、大変そうであった。 もうretireしても良いか、と旦那さんに聞いたら、まだだめ、 と言われたとか。 今週・来週のスケジュールもずっと出張や会議で埋まっているみたいだった。 停年までまだ6年くらいあるのだそうだ。

セミナーの後には参加者も含めて昼食つき。 我々は戻ってきたSuvitさん等とテーブルを囲む。 鶏空揚げ、野菜マッシュルーム炒め、ゲーンキヨワン等をご飯にかけて食べたり、 焼き肉野菜クイティヤオ等。 食後はSuvit氏がGISTDAの中を簡単に案内してくれた。 タイでリモートセンシング研究が始まった頃の写真や、 当時のアナログプロセッシングの機械、 王女様がAITでリモセンを学ばれたときの写真やご進講の写真、 等をみせてもらった。ある意味では、Suvitさんの一生は、 タイのリモセンの歴史そのものである、ということであろう。 インドのリモセン衛星の180m解像度の画像等が載ったカレンダーや、 インドシナ半島全域のLANDSAT/TM合成画像のポスター等ももらった。 相変わらず宇宙から国境が良く見える。 また、イコノスよりもさらに高い解像度61cmを誇るDigital Globe という衛星によるバンコックの画像もみせてもらった。 人もぼんやりわかるくらいで、まさに航空写真の様である。

昨年度は1億バーツの運営経費、1億バーツの投資を行い、 農業省等にデータを売ることによって2千万バーツの収入があったそうだ。 独立法人なので、国庫に納めなくても再投資に回せるのだという。 来年度は、本格的にタイ中のイコノス画像を購入しようと思うので、 15億バーツの予算を計上、申請しているのだそうだ。 また、タイ湾を中心として7機の海洋ブイを浮かべ、 インマルサット経由で海面水温や塩分濃度や海洋気象データを受信している Seawatchというプロジェクトも進行中。 なかなかコストもかかり大変だ、ということであった。 測器のワークショップもあり、 一応校正とかメインテナンスもちゃんとやっているそうであった。

午後は、連絡がついて、RIDへ。TMDの車が見当たらなかったので、 タクシーで移動。メータでも120B程度で、140B払っておいた。 うろ覚えの記憶をたどって、しかしちゃんとhydrological division へ行ったら、Phonchai Kunkhachorn氏はそこではなく、 チャオプラヤ川に近い建物にいる、ということでそちらへ移動。 洪水、灌漑の現業機関として、TRMM/GPMがどう役に立ちそうか、 のヒアリングをするでもなく、プロジェクトの説明をちゃんとするでもない。 まあ、もう少し目的を明確にした方が良いと思うが、 それを知るためにでも、まあこうして来ることは必要なのだろう。 正式にプロジェクトのプロポーザルを送ってくれ、というのと、 GISTDAにTRMM/GPM working groupを設置してくれるのが良いのではないか、 というのが主要なコメントである。 これから渇水期に入って大変だが、 現在は彼の上司のWirat氏に頼りきっていて、 彼がいなくなったらどう水を配分して良いかわからない状況なのだそうだ。 また、我々の滞在中にも、AITのタワチャイ教授の学生、 という人から電話が入って、データをくれ、という依頼であったりした。

[12 KB]

ちょうど渋滞の時間帯でもあり、 タクシーの中でクーラーにまみれるのは嫌だったので、 すぐ横の桟橋からチャオプラヤエクスプレスボートに乗る。 しぶきがかかるが、川面を走ると風も心地好く、 ネクタイを外し、上着をとってのんびりする。 各駅停車なので、王宮を過ぎ、 BTSと接続する桟橋までは40分くらいかかった。 結局、宿に戻ったらちょうど5時過ぎ。 タクシーでも渋滞がひどくなければ時間的には同じだったかも知れないが、 少し息抜きにはボートも良かっただろう。

平林姉妹も部屋に戻っていた。 午前中は姉のみエンポリウムで買い物をし、 午後は二人でサイアムまでまたショッピングに行っていたそうだ。 まあまあ元気そうで良かった。 19時過ぎには空港へ向かった方が安心なので、 早々に夕食に出かける。 胃が痛かったり体調が優れなかったりの平林姉妹に配慮しつつも、 暑かったのでLondon Brewery Pubへ。19時まではhappy hourで、 1杯分の値段で2杯飲める。 烏賊のリングフライ、鶏カシューナッツ、焼き鳥(サテ)ピーナッツソース、 鶏の甘辛いヤム、トートマンプラーをつまみに2パイントほど飲む。 前回に引き続き教養とはなにか、とか、歴史や地理、 東大生が怖い、とか、井口さんが前から知りたかった曲の名前、とか。

宿に戻り、19時30分頃には平林姉妹をタクシーに乗せて送り出す。 体調的にはぼろぼろになり、癒しどころか反って悪化したかもしれないが、 まあまあ楽しんでくれていたら良かったなあ、と思う。 1時間ほどメールの読み書き。DNSがうまくいかなかったりして、 なかなかスムーズには発信できない。 20:30過ぎに再び宿を出てエンポリウムに行って指輪物語を観ようとしたが、 なんと、すでに上映は終わっていた。 タイではかなり前から上映されていたので、もう終わったのであろう。 代りにマッサージにでも、という案もあったが、それほどは疲れていないし、 僕はつい先日行ったところなので、すごすごと引き返し休む。22時前。


Jump to: [INDEX] [03 06] [03 04]

03月05日(火)

7時30分朝食。相変わらずワッフルと茹で玉子。コーヒーがぶがぶ。 8時30分に出発。TMDへ。例の3階の会議室に通されて、 TRMM/GPMセミナー。長官も出席して挨拶してくれたりした。 Prapansak Buranaprapa氏。博士号も持っている。 さらに、今晩夕食に誘ってくれたりもした。 修士はAITの水文で取り、学位は交通工学なのだそうだ。 この5月にも東京へ来るという。東大の中村先生のとこ、 とは都市交であろうか?←結果として、中村英夫先生のことであった。 森地先生と、EASTとかいう、 アジア地域の交通工学研究組織の集まりで行くそうだ。

TRMM/GPMセミナーは、デュニヤポン氏が発言してくれたり、 GAME-Tで顔馴染みの方々もちらほら。 やはり、最終的にはofficial letterを上から下ろしてもらう、 というのが大事な様だ。 GAME-TがNRCTを通したように、GISTDAを通して、 タイの各機関をとりまとめてもらうのが良いのではないか、 という感じであった。

昼食はまた食堂で。武井さんも一緒。 バーミーナムとバーミーヘンを一杯ずつ食べた。 井口さん達は業務報告書を作りつつ待っていてくれる。 書類整理、メール読み書き。 やはり、毎日2時間ずつ位はメールの読み書きの時間が必要である。

早めに車を出してもらい、On Nutの駅まで送ってもらう。 プロンポーンで降りてエンポリウムで買い物。 井口さん達がジムトンプソンで土産を漁っている間に、 僕は紀ノ国屋へ。本がB550にテープがB1,500、 合わせてB2050とタイにしてはかなり高いが、 タイ語基礎会話のセットを購入。GAME-TもPhaseIIになり、 しかしまだまだ続くので、心機一転、 再びタイ語を勉強しようと思う。 やはり文字を読めるようにならないと駄目である。 その後、金曜日に行ったワットポーのマッサージへ。 今回は、人が余っているのか、「ご指名は?」「強いの弱いの?」と聞かれた。 指名は特にせず、強いのを頼んだら、この前とは少し違って、 ごりごりとやや痛い場面もあったが、まあ、 全般的にはそれなりにストレッチできて良かった。

宿に戻ったらもう18:30近く、 Somchaiが車を近くに置いて迎えに来ていた。 BTSでSiamへ。駅の側のノボテル2階の中華レストラン。 19:30集合、と言われ、19時過ぎに行ったら、 半分くらいの参加者はもう来ていて、 19時10分にはDG以外の参加者が全員集まった。 タイ人は時間にルーズだというが、 DGに夕食を招待されたらみんなかなり慎重で、 遅れるのを見越して集合するというのがわかる。侮ってはいけない。

[20 KB]

話をリードしていたのはKriengkrai Khovadhana氏, Director of Weather Forecast Division. 高橋つとむ先生とも親交がある。 高橋先生に招待してもらって福岡に行ったことがあるそうだ。 最初あっていた時にはかなり不機嫌そうで、 今日午前中の会議でも早々に席を立っていたが、 この晩餐のおかげですっかり打ち解けて話せる様になった。 数値予報と予報官の経験による予報の話に一番乗ってきていた。 さらに、武井さん、Somsiさん、 Khamneung Muangkote氏。 Directoro of Telecommunication Divition. そしてChalermchai Eg-Karntrong氏。 Senior Expert on Weather Analysis and Forecasting. 後は日本からの3人とSomchaiにDGという面々。

気象局局長に招待されて会食するのは初めてである。 SomchaiとPerapolとをよろしく、と言われた。 ペラポルにレーダの件を頑張ってやって欲しいと期待しているそうだ。 ソムチャイには雨量計など地上観測について頑張れ、 という位置づけらしい。 どうも、今日の話を聞いていると、 天気予報全体のシステム化の向上、 TQCの様なものを持ち込みたい様である。 彼は以前は高速道路の監査官の様なポジションにいたそうだ。 修士はAITの前身で水理学を学び、博士で交通工学を修めたらしい。 現在も毎週AITで3コマ合計6時間を教えているそうだ。 学者肌で、いばらず、物静かでしかしいろいろ楽しそうに話してくれて、 非常に好感の持てる方であった。

イカ炒め、茹で鶏、焼きアヒルの前菜。 しいたけ竹の子組織スープ。滋味溢れて美味しい。 北京ダック。香港式に皮のみ。パリパリだし皮は薄いし、 ソースもおいしく、ネギも豊富で言うことなし。 北京ダックの肉の方は後で野菜と炒められて出てきた。 蒸し海老のタイ風ニンニクチリソース。ぴりりとするのがうまい。 茹でブロッコリーの蟹あんかけマッシュルーム入り。 これも蟹と白身の餡がおいしい。 蒸し魚のネギ醤油ソース。そりゃこれは美味しいに決まっている。 アヒルの足、浮袋(?)、チンゲン菜の醤油の煮物。 上海風(?)焼きそば。 最後はなつめ餡を薄いピンに挟んで揚げた中華菓子。 いすれもおいしくて、つい食べすぎてしまった。 みんな最初はビールを飲んだりジュースを飲んだりしていたが、 途中からはお茶。一部では菊花茶を飲んでいた。

話題は食べ物から、気象局組織の話、 日本の気象庁と河川局の話や日本のレーダーネットワークの話、 為替レートやバンコックの交通需要の話など多岐に渡った。 21:30頃にお開き。 目上の人の前では酔っぱらってはいけないそうだし、 そもそもDGがライムジュースかなんかを飲んでいたので、 ビールは2杯にしてやめていた。そのため、 酔っぱらわずに終わる。でも、食べすぎ。 後で聞いたら、一人1,000B位だった様だ。

再びBTSで宿へ戻る。 ソムチャイがBTSに乗るのは今日で4回目と5回目だったそうだ。 沖先生の方がBTSの乗り方は良く知ってますね、と言われた。 普段車に乗っているとそうなのかもしれない。 今年の冬、王様の誕生日に地下鉄が開通する予定だそうだ。 次にバンコックに来るときには地下鉄に乗れるね、とも言われた。 夜風は涼しいが、それでも歩くとじっと汗ばむ。 部屋に戻り、書類整理、デジカメのバックアップ等をして零時前に就寝... のつもりが花札ゲームにはまって、1時をまわってしまった。


Jump to: [INDEX] [03 07] [03 05]

03月06日(水)

6時に起床。直後に食堂へ行き、早めの朝食。 7時過ぎに宿を出た井口様NASDA様ご一行を見送って、 洗濯、部屋の片付けなど。僕ももう後滞在は3日となり、 持ってきた仕事で終わっていないのとかが気になり始めた。 気象庁長官がペラポルやソムチャイに期待している言葉、 研究開発部部長のSomsiさんも同様の期待を口にしていたこと、 が気になる。 彼ら自身が学位を目指すという問題だけではなく、 送り出す周囲もそれなりに期待している、という当たり前のことに、 もう少し思いをめぐらせるべきであった。 基本的には博士課程は自主性に任せるべきであるとは思うが、 最初の助走期間は背中を押し、 一緒に走らないと3年間ではなかなか終わらない様な気がする。 嫌われても、厳しく勉強、研究をやらせる方が、 結局は本人ならびに周囲の期待に応えることにつながるのではないだろうか。

行きの車では新聞を読む。 ゆとり教育の総仕上げ、に対する懸念が特集されている。 何をいまさら、という感じである。 受験戦争をあおりつつ、文部省を批判して、 ゆとり教育政策が打ち出されると「ようやく我々の主張がわかったか」 とでも言うような態度をとっていたマスメディアの責任は重い。 教育内容を簡単にしたからといって、 競争が減るわけではないことは自明である。 教育が技術立国日本の基礎であるなら、 詰め込み教育はその糧である。 我々は小学校、中学校、高校で詰め込まれたから、 海外に行っても基礎学力で欧米の研究者に劣ることは微塵もない。 本当は、大学の専門課程でも、もう少し詰め込むべきか、 と思われる位である。 生涯学習、と言われるが、人間、習得する時期と、 それを生かす時期を考えるのが普通であろう。 メディアは不正を暴き、政府横暴の抑止力となりうる力があるが、 同時に、 何の責任もとれない存在であることをメディア自身も周囲も しっかりと認識する必要があると思う。 広告出稿が少なくて批判しやすいから、批判すると売れるからと言って、 政府や官僚をやみくもに批判してもなんら建設的なことはない。

分子生物学者岡崎恒子さんのインタビュー連載記事で、 昔は生物学をやっても就職先がなかった、という話を読む。 大事だが脚光は浴びていない分野でしっかりと研究を進め、 シニアになってから時代が追い付いてくる、 というのが研究者としては理想な気もする。 水文学は相変わらず日影なので、 まだまだ可能性がある、と思って頑張るのが良い気もすれば、 実は今が脚光を浴びている瞬間で、 虫明先生とかは非常に幸せな世代だが、 我々は我々で、 再びここから頑張って新たな分野を切り開き、 30年後に花開くようにせねばならないのかもしれない。

メールの読み書きも順調に進む。 武井さんに誘われ、11時からのブリーフィングに参加してみる。 台風MITAGがフィリピン東方海上にあり、930hPaとかなり強い。 しかし、日本にはさすがに影響は及ばないだろう。 武井さんは、steering windはどのレベルか、で判断するのが良い、 この台風の勢力は非常に強いので、300hPaだと思う、と助言されていた。 25kmメッシュで走らせているというTMD東南アジアモデルのプロダクツの、 6時間ごとのアニメーションをみつつ議論。 タイ語なので詳細は不明。今日バンコックは雷雨があるだろう、 とのこと。GMS雲画像を見ると、タイ中心部を境に東は曇り、 西は快晴。良く見ると、東北部に対して、 三角形状に雲が入り込んでいる。南の風と、 南東の風の収束だそうだ。 地表風はまだ東〜北東風で、ベトナム北部はべったりと雲で覆われ、 それがラオス国境でくっきりと切れいているのが印象的であった。

戻ってまた少し明後日の発表準備等をしてから、昼食。 ゲーンキヨウワンとバーミーナム。 今晩はひとりだし、最近ものすごく食べ過ぎなので、 ビールくらいにして最初から抜く覚悟。 ソムチャイ氏から、人事関連の話をいろいろ聞く。 組織があると、やはり人事はいろいろ大変な様である。 しかしながら、そうした中で、 彼はまあまあ私欲抜きに、TMDはこうしなければならない、 という使命感をもってやっている様で、 なかなか尊敬に値する。 仕事をするものだから、長官や部長、みんなから頼まれて、 仕事をしょいこみすぎて少し心配だが、 なんとかこなしている様である。 食堂の外に店開きしているアイスクリーム屋さんからアイスを買ってきてくれた。 生ぬるくなったパイナップルなど、いかにも危なそうだったが、 結果的にはお腹は壊さずに済んだ。 ココナツアイスに小豆がおいしかった。

午後再び発表準備。よく考えてみたら、 鬼頭さんが気候変動に関する立派な成果を話されるので、 僕は、最近の研究成果について詳しく、というよりは、 そうした研究の動向と、GAME-Tに関して紹介、 remindした方が良い気がしたので、その線で準備調整。

数値予報現場を見せてもらう。 いろいろ聞いてわかったことは、 UKMOのモデルはフリーだが、 それをIBMの並列マシンに移植するのには1億円かかっている。 モデルは4種類あって、

このうち、実際にオペレーションで走らせているのは、 SE Asia modelとThailand modelで、6時間おきに走らせている。 global modelを走らせない場合、 領域モデルの側方境界条件(LBC)はUKMOで走らせたglobal modelの結果を持ってきているそうだ。64Kの専用線しか来ていないので、 全部転送するのに2時間30分かかるのだそうだ。 そこで、たとえば00ZのモデルランのLBCは、 12Zの結果を使っているのだという。 アンサンブル予報はまだやっていないそうだ。

global modelの初期値を作るのは、 OPS(observation processing system)とか、 OSA(on screen analysis)とかがあるのだが、 OPSはナッジングでやっていて、最適内挿法も使われていないらしい。 衛星データの取り込みなどをしていないので、 UKMOで走らせた結果のLBC用データでSE Asia modelを走らせた時と、 TMDで走らせたglobal modelをLBCに利用して同じモデルを走らせたときでは、 後者は境界領域にノイズが発生してしまってだめだ、ということである。 LBCは、10年契約でUKMOから取得できる契約になっているそうだ。 ハードディスクが580GB程度しかないので、 予報結果は6時間おきにしかとっていないし、 せいぜい1週間しかディスク上にはなく、 古くなるとroboticテープにバックアップしているのだそうだ。

HORACEという画像表示とデータベースアクセス(?)ソフトウエアで、 各種パラメータを地図上に重ねたりできる様になっている。 まずはこのソフトの利用法を学ぶのが、 NWPシステムを使いこなす、ということらしい。 Somchaiは、5kmのThailand modelがうまく動くようにしたいが、 なかなかプログラムも組める良い人材がいなくて、 よくできるそうした人材は公務員なんかにならないのが問題だ、 と言っていた。 予報精度に関しては一応モニターして、月ごとの統計値も出していて、 「非常に良い」とのことであるが、 どういう指標でどう評価したらそう結論づけられたのかはよくわからなかった。

さらにメインビル8階のテレメトリー室へ。 近年の気象災害多発に対応したプロジェクトらしい。 25 river basinsのdisaster preventionシステム。

衛星通信や、水位情報は無線で通報しているそうだ。 最終的には200地点になる予定だそうだ。 実際にreal timeのデータをみせてもらったら、 いくつかの地点では入電していなかったが、 バンコック市内の各地点の気温がわかったりしたのには感動した。 タワーの高さは10mとのこと。 聞くところによると、ケーブルが盗まれたりするそうだ。 まだ、自動でコンターを書いたり、 ある一定以上の雨量になったらwarningが表示されたり、 ということはなさそうだった。

今日は定刻15:30過ぎにオフィスを出て宿へ戻る。 表通りが混んでいたからか、運転手さんは裏道を使ってくれた。 暇なので、コットンの店まで出かけて少し買い物。 歩くだけで汗ばんでうんざりする。 道ばたの手絞りオレンジジュースを飲みたい、 と思ったが、お腹を壊すのはやはり怖いので我慢。 部屋に戻り、荷物の整理、片付け。

平成14年度予算が衆議院を通ったそうだ。 これで、4月から、僕の本務が地球研となる。 いったいどんな人生になるんだろう、 と、将来にいろいろ思いを巡らせつつ、 書類整理、荷物整理、ファイル整理。 ビールを飲んだら少しぼおっとしたので花札にはまる。 気をとりなおして、水を飲みつつ、英文和訳等もやる。 眠くなってきたので、23時過ぎに就寝。


Jump to: [INDEX] [03 08] [03 06]

03月07日(木)

早めに起きてメールの読み書きをしてからでかけようかと思っていたが、 ついうとうと2度寝してしまい時間がなくなる。 お腹は空いているように感じなかったのと、 午前中はネットにアクセスできなさそうなのとで、 メールの読み書きをし、朝食には行かなかった。 今日こそは半熟卵かけご飯を食べたいな、とも思ったが、我慢。

radishからメール送信するのがなかなかうまくいかず、 本当に8時ぎりぎりになってしまい、出かける。 少し早いだけで、道はかなり混んでいる。 車内でSarintipさんの博士論文研究プロポーザルに目を通す。 2月の始めに日本に呼んであげた際に調べた文献がちゃんとreviewされ、 含まれていた。研究室のみなさんへの謝辞も書かれていた。 今日はどんよりと曇っていて、行く道すがら、少し雨もぱらついた。 30度はないのか、夏のスーツを着てネクタイを締めていても、 ちっとも苦痛ではなく汗もかかない。 部屋に行って、10分くらいの間に宿では送信できなかったメールを送り、 quick responseをしてからSarintipさんのプレゼンを聞きにでかける。

数値予報ビルに行くと、 主査のAssoc. Prof. Snguan Patamatamkul氏と、 もう引退して5年になるというProf. Dhamrong Prempree氏と Sarintip Tantaneeさんがいた。 もうひとりのAssist. Prof. Vichai Sribunlue氏は遅れるとか。 僕を含めて3人を前にプレゼン開始。Sarintipさんは緊張しているのがわかる。 チャプターごとに説明する。パワーポイントも喋りも英語である。 "Scope of Study and research limitation"という部分があるのが面白い。 バナナマフィンとコーヒーが出てくる。濃度がちょうどよくておいしい。

reveiwもきちんとしている。 SOIと降雨量の関係について、タイに関する研究はほとんどない、 という話。ならすればよいじゃないか、と、Snguan氏。 runs analysisは、anomalyの長さや強度を解析する。 これに、disaggregation modelをくっつける。 研究のフローチャートが示され、 データの説明がなされる。 16地点、どこも概ね50年分のデータがある。 最後は、研究のスケジュール、工程表。 全体で40分程度の発表。 2003年始めには研究を終えたい、とのことであった。 研究プロジェクト自体は2000年6月から構想が始まり、 昨年がデータ収集、

質疑応答。プロポーザルに対してひとつひとつ検討吟味していく。 Dhamrong氏がきちんと読んでチャプターごとに指摘。 これも全部英語でやる。 Dhamrong氏は極めて的確なことを誠実におっしゃる。 とても好感が持てる。

などなど。 下手な日本の先生方よりはよほど学問がわかっていらっしゃる気がする。 また、プレゼンだけではなく、 基本的にはプロポーザルの文章に基づいて審査する、 というのは至極まっとうな気がした。 やはり研究は書かれたもので評価されるのである。

Assist. Prof. Vichai Sribunlue氏到着。 確率過程と物理パラメータとの関連は? ENSOとモンスーントラフや台風経路との関係は? 等の質問。北東部の雨に大事なのは台風とモンスーントラフである。 Stochastic equationでは時系列は出るけれども、 予測にはならないのではないか。

僕は、annual rainfallに対して確率過程を当てはめるのではなく、 monthlyに対して適用し、disaggregattionをするなら、 monthlyからdailyとか5-dailyとかに対して適用してはどうか、 また、lag解析を忘れないでね、等と言っておいた。

[16 KB]

みんなで、知識チェックとかいって、少しいじめ(?) コンケンの雨量は何月にもっとも多いか、とか、 ピサヌロックの年降雨量はどのくらいか、とか。 全部コンピュータに入っている、とSarintipさんは応える。 Khon Kaenは1,200mm/y。すぐ近くなのにNakhon Phanomは2200mm/y。なぜ? 答えは北東モンスーンで降るかどうかなのだが、 まだまだSarintipさんは答えられなかった。 日本の水文の先生に比べると、 気象に関してより興味をもって知識がある気がする。

質疑応答が1時間30分くらいあって、ようやく終了。 コミティメンバーそれぞれが書類にサインし、 Sarintipさんも少しほっとした感じ。 彼女の大学時代のクラスメートだという旦那さんにシャッターを押してもらい、 記念撮影。 Snguan氏から、 10月の最後の週にはタイ土木学会のconferenceがコンケンで開催されるので、 良かったらこないか、と言われた。 アブストラクト申し込み締め切りは4月1日だそうだ。

[20 KB] [20 KB]

外に出たら大雨。どしゃどしゃ降っている。部屋に戻り、 書類整理、メールの読み書き。 昼食はまたTMDの食堂で。 Amornさんの後のPhuket気象台の台長さんも来ていた。 今日は焼き飯と、クイティヤオ。スープは醤油っぽくて、 でも、あんまりおいしくもなかった。 食後、昨日のテレメトリーのところを見に行く。 ちゃんとデータが入電していたし、 一覧でどこにどのくらい降っているかを表示する画面もあった。 15分降水量6.5mmという地点もあったりして、それなりに強い。 Kriengkrai Khovadhana氏がこのテレメトリーシステムを推進したのだそうだが、 nowcastをやっても、予報・予測には結び付かない、 あんなものは役に立たない、と、DGに上申する部長がいたりして、 彼はだいぶ苦労して腹を立てている様子であった。

戻って、再びメールの読み書き。だいぶ一段落したので、 研究室のみんなの日記ページも巡回。 M1が自主勉強会、自主的研究進捗状況談話会を始めたようで、 なかなか頼もしい。 15:30にオフィスを出る。雨はだいぶこぶりになっていた。 ペラポルに連絡しようとするが、携帯留守電につながり、だめ。

和文英訳をしていたら、17時前に鬼頭さんから連絡がある。 順調に到着した様だ。エアポートバスB100に乗り、 スクンビットの逆側で降ろされて、 道をどうやって渡れば良いか困ったとか。 でも、ボストンバッグひとつで身軽な旅を信条とされているそうだ。 お部屋でタイ滞在の注意点、食べ物、 セキュリティに関して雑談し、滞在スケジュールの打ち合わせ。 とりあえずサイアムの方へ行くことにする。

エアポートバスに乗ってきた鬼頭さんに敬意を払い、 バスの乗り方を教える意味でも、サイアムまでバスで行こうとする。 しかし、停留所で待っている人にサイアム行きのバスの番号を聞いたは良いが、 そのバスが来て乗って車掌さんに確かめてみるとサイアムには行かない、 と言われ、ホテルまで戻ってドアマンに何番のバスがサイアムに行くのか、 と聞いても知らない、スカイトレインで行け、と言われ、断念。 BTSでサイアムまで行き、駅を出ると、501番がここまできていた。

サイアムセンターを歩き、マーブンクローへ。 携帯屋さんばっかりこれだけならんでいて、 果たして商売になるのだろうかと思ったり、 ウルトラマンシリーズのミニチュアフィギュアセットがあって、 一瞬心を惹かれたりしつつ、中を練り歩く。 上の階のフードセンターを案内したら、 ここで食べたい、という鬼頭さんのご意見に従い、夕食。

鬼頭さんはパッタイとトムヤムグーン。 僕はナンプリッカピにゆで/生野菜と、餃子。 片隅に生ビールのピッチャーB140を発見し、餃子とビールでとても幸せ。 タイは初めての鬼頭さんにはトムヤムはちょっと辛かった様だ。 さらに、ガイヤーンのご飯なしB60をつまみにピッチャーもう一杯、 お腹がいっぱいになったところで、 さらにカオニャオマムアンで締めくくり。お腹一杯になった。

鬼頭さんは、やる気に波があり、 やる気が起きたときに集中して1〜2週間で論文を書き上げるのだそうだ。 また、常に論文の種、書きかけの論文などが4〜5編あるそうだ。 今年の年頭挨拶でも、「研究者は著作物で評価される」とおっしゃったらしい。 D1の時に公務員試験に通ったので「研究は無理」と、 さっさと就職したのに、気象研が長くなってしまって、 ともおっしゃっていた。

満腹を抱えつつBTSで宿へ戻る。21時過ぎ。 ペラポルに連絡がとれ、明日朝きてもらうことにした。 疲れたので、早めに就寝。


Jump to: [INDEX] [03 09] [03 07]

03月08日(金)

朝7:30にレストランで鬼頭さんと待ち合わせ。 今日は半熟卵かけ海苔ごはんと味噌汁、という和食にするが、 でも、ワッフルもひとかけ食べた。 8:00にペラポルと会い、部屋で各種相談。 結局日本から送ってもらった書類はとりあえずは使わないことになった。 日本をやめてイスラエルのローゼンフェルドのところへ弟子入りしようか、 とも考えたが、 イスラエルには学生は行かせないタイ政府の方針で行けなかったとか、 言っていた。

車でTMDへ。 今日はトレーニングコース中の人々のバンコック市内ツアー用に 車が使われているとかで、ワゴンではなくセダン。 3階の長官室で少し待ち、長官に挨拶した後、 12階のブリーフィングルームでセミナー。 まずは鬼頭さんの発表。 Somchaiのリクエストに応えて、最新のエルニーニョ予報の紹介。 この夏にNino3辺りのSSTが正偏差になりそうだ、ということである。 次に本題の気象研GCMの話。将来予測もさることながら、 古気候、21,000年前、6,000年前の気候の再現と、 珊瑚礁や花粉、湖水位等による検証。 まあまあ良さそうだ、というのと、 6,000年前は暖かかったが、 温暖化の気候状態の推定に使うのにはちょっと、 というのが結論。 年平均だとあまり変わらないが、 季節的な入射太陽放射量は軌道条件の変化により、 たとえば北緯65度(?)付近に於いて、夏の入射量は、 420W/m2〜540W/m2程度と大きく変動することも示され、 案外大きく変わるのだな、という印象を受けた。 参加者は30人以上。熱心な質疑も出て、関心の高さを窺わせた。

[16 KB]

鬼頭さんの発表・質疑が長くなり、 11時からのブリーフィングは11階の別の部屋に追い出してしまった。 僕は15分で話すことにし、例のタイの降水量とSOIとの相関の話を復習した後、 世界水資源アセスメントのさわりだけ話し、タイの水資源問題、 水需要増大の見込みと、洪水の写真を見せ、 GAME-T Phase2の紹介をした。 GAME-T Data CenterのURLも紹介しておいた。 レディング大学で修士を取って帰ってきたという若者が、 どうしたらGAME-T Phase 2の研究プロジェクトに参加できるのか、 金銭的なサポートはしてもらえるのか、 と尋ねてきた。タイ国内の組織関連等に関して説明した。

セミナーはまあまあ成功。Somchaiもほっとしていた。 車で近くのタイレストランまで行き、再びDGと会食。 こういう際、みんな早めに席についていて、 DGが来ると立って出迎える。 時間にルーズなタイ人、というが、 こういう時はそうでもないので、 やはり事の重大さに依る様である。

揚げ魚甘酢ソース、ハーモッタレー(ココナツの実の器入り)、 鶏カシューナッツ炒め、 トムヤムグーン、野菜炒め、へちま(?)のヤム、トートマンプラー。 ここのトートマンプラーはおいしかった。 最後はカオニャオマムアンとフルーツ。 タイ人の夏の楽しみは、このカオニャオマムアンと、カオチャーオ、 という氷茶漬だそうだ。

[20 KB]

DGのPrapansak Buranaprapa氏、鬼頭さん、ティラナン氏、 Kriengkrai氏、武井さん、Somchai、Anan氏、Khamneung氏、 Chalermchai氏等。 テレメトリーの話、洪水予測の話等を僕はDGとした。 鬼頭さんは、 小池先生に頼まれたとかいう国連環境会議文言へのサポートを依頼していた。

午後は、鬼頭さんはSomsiさんのところへ行って小池先生のお使いの続き。 さらに、そこの若い人と議論してきたそうだ。 僕はメールの片付け。ひとつひとつは大したことはないと言えばないのだが、 やはり毎日2時間くらいは処理にかかる。 日本の研究室における支援体制がしっかりしているので、 こうして海外に来ていてもなんとかなるのだなぁ、と改めて感謝。 滞在中の写真を武井さんにメール経由で送ったり、 今朝の発表パワーポイントファイルをSomchai氏にメモリカード経由で渡したり、 ということをしているうちに15:30。 Somchaiと武井さんに暇乞いをしてTMDを後にする。

宿に戻って、少し休憩。荷物の片付けを少しした後は、 バブリーな風呂に入って、くだらない本を読む。 『すっぴんスチュワーデス人生は合コンだ!』静月透子、 祥伝社黄金文庫、平成13年7月20日初版第一刷。 こういう本を読むのは時間の無駄だからやめた方が良いのでは、 という考えが頭をよぎるが、 風呂の中でOpportunities in Hydrologyを読む気にはならないし、 おもしろければ、まあ時間潰しも良いではないか、という気にもなる。

18時に鬼頭さんと待ち合わせて食事に出かける。 ガイドブック等でも良くみかける、Sukhumvit Soi 24のLemon Grassへ。 中は外国人ばかり。隣のテーブルは日本人。 店員の感じも良く、室内は暗くて、まあ良い感じなのだが、高い。 1皿の量も少なめなのに、B140とかする。 ヤムヌア、鶏カシューナッツ、シーフードカレー、パックブンファイディーン。 ビール大瓶2本。味はまあまあおいしくて、 少し食べすぎたくらいだが、割高感がある。 どうせ行くならBaan Khanithaの方が良い。 鬼頭さんは中国との共同研究は長く、 都江堰も見たことがおありで、さらにその上流の九○○(名前忘れた)とかいう、 林の中を川が流れ池や滝もある、 という世界自然遺産のところにも行ったことがある、とのことだった。 普通行かないようなところ、どこに行ったことがありますか、 と聞かれ、日本の観光客はどこにでもいるから、 と答えに窮した。ボルネオの奥地かなあ。 鬼頭さんは1週間なら南極に行きたいのだそうだ。

エンポリウムへ行って、ジムトンプソン等で買い物。 CD屋さんを見たい、という鬼頭さんに従い、行ってみる。 日本のCDもだいぶ置いてあって、海賊版でないものでも500B。 パフィーのベストを買おうかどうか迷ったがやめ。 その後またLondon Brewery Pubへ。 1パイントずつbitterを飲む。 僕が、エディンバラでのHydrology 2020の話をし、 参加者みんなが、応用を考えない水文学はない、と言ったのに驚いた、 と言ったら、 パレオハイドロロジーは、応用を考えないpure scienceでしょう、 とか、火星の水文学は?、とかいろいろ話が広がった。

やはり21時過ぎに宿へ戻り、荷造り。なんとか収まりそうで良かった。 荷造りが終わったら、冷蔵庫のマンゴスティンを片付け。おいしかった。 22時30分頃就寝。


Jump to: [INDEX] [03 08]

03月09日(土)

寝過ごしてはならない、と、何度も目が覚める。 4時30分に起き出し、身繕いを整えて、 荷物を仕上げてチェックアウト。 タクシーは、空港まで高速料金込みで400Bということになっている。 メーターは使わない。 しかし、朝なので道が空いていて、30分もかからずに空港に到着。 2つ乗るはずの高速道路、2つめには乗らず。 その分、下の一般道を一所懸命走ろうとする運転が少し怖かった。

6時にならないと登場手続きは始まらず。少し待たされた。 通路側はやめ、窓側にしたらビジネス席の一番後ろになった。 土産物はだいたい購入してあるし、スーツケースが25.6kgと重いので、 蘭は買わないことにし、ラウンジへ。 電話回線はなさそうだったので、電源だけつないで書類整理。

8時を過ぎて搭乗口へ行くと、NASDAの森山さんと富田さんがいらした。 GSTDAを訪問した帰りの様だ。 富田さんは理事が来られなくなったので今週になって 急遽来ることになったのだそうだ。

機体はB747。椅子はまあまあゆったりで良い。 配られる新聞は昨日付け。株が少し戻した様だ。 そのニュースとGDPがマイナス成長だった、という話。 偏西風が強いようで、今日のフライとは僅かに4時間54分だそうだ。 8:45頃離陸。到着は予定よりかなり早く、15:40頃の予定だとか。

新聞を読んでいるうちに飲み物サービス。 実習生はシャンパンを知らず、赤か白か、と聞かれ、 しかたなく白を飲み始めた。 和食がきちんと頼めて、そこそこおいしかった。 シャンパンも途中からは飲めた。 チーズのデザートまで食べて終了。 後は、シュレックやRush Hour 2、アポロ13を日本語や英語でザッピング。 アポロ13の最後ではまた涙をポロポロ流してしまった。 機内販売の客室乗務員に見られるのが恥ずかしい。 PCで今回の旅行紀をまとめる。 ハーゲンダッツアイス等を食べるうちに日本に到着。

成田は15度。思ったよりもかなり暖かく汗をかくくらい。 入国審査の列がいつになく長くて少し並んだが、 まあスムーズに流れて入国。荷物が出てくるのに少し時間がかかり、 16:05発渋谷行きのバスに乗れるか、と期待していたがだめだった。 税関は丁寧な態度で通してくれて、バスがだめなので、 16:15発の京成の特急で東京へ向かう。混んでいたがぎりぎり座れた。

今回は太った。餅米マンゴーを何度も食べられて幸せだった。 滞在中、いろいろな人が訪ねてくれて、 おかげで一人寂しく食事をすることはほとんどなかった。 その分、毎晩飲んでいて、 本をじっくり読んだり休んだりする余裕もなかったが、 まあ良かろう。 日暮里で乗り換えて、18時頃に渋谷着。 次のバスでも時間的にはあまり変わらなかったかも知れないが、 費用的に1/3程度で済んで良かった。 この旅も無事終了。

Back to: [INDEX] [03 08]

[World Trip]世界水循環見て歩きへ戻る
[Essay] 駄文リストへ戻る
このページには、 年 月に 回のアクセスがありました。

(Last updated at Sunday, 10-Mar-2002 17:44:53 JST, by 沖 大幹 [HOME] )