第1回東南アジアの水環境シンポジウム、バンコック、2003年10月

[World Trip]世界水循環見て歩きへ戻る
[Essay] 駄文リストへ戻る

まとめ


目次


Jump to: [INDEX] [10 23]

10月22日(水)

前日は、朝、6時に起きて、7時にスーツケースを持って家を出て、 品川からのぞみで京都へ。夕方の発表準備を進める。 一旦アパートに荷物を置き、 ネクタイを締めてから地球研へ。各種連絡、発表準備。 昼は地球研セミナー。土壌内のCO2濃度測定に基づくフラックス量推定の話。 来る途中で買っておいたカツサンドを食べつつ聞いた。 午後は発表資料を仕上げた後、タイ滞在中の作業用ファイル転送、 持参資料印刷。しかし、部屋のプリンターがトラブルで途中からだめ。 いつのまにか150通近くに膨れ上がった要返信メールをやっつけ、 15時に地球研を出る。雨だったので、タクシーで国際交流会館へ。 ISPRSとかいう国際ワークショップで、 早坂先生が100年観測計画のセッションを企画。 一般論やGSWPの話以外に、樫田氏の成果を紹介。おおいに受けた。 懇親会のはしごをして、真夜中に帰宅。 荷造りを再度確認し、 少し大きなファイルを送信してから2時頃就寝。

5:50に目覚ましで無事起床。身繕いを整え、京阪三条のバスターミナルへ。 思ったほど寒くなくて良かった。 関空行きのバスは3人の乗客を乗せて7:00ちょうどに出発。 京都駅八条口で団体の客をどーんと乗せて南西へ向かう。 音楽を聴いているうちに、すやすやと眠れた。 予定通り9:05に関西空港着。空港は団体客で混みあっていた。 窓際の席にしてもらい、荷物を預ける。靴や書類が多いせいか、 今日は16kg以上。

ラーメンでも食べたいなぁ、近いし和歌山ラーメンの店でもないかなぁ、 と思ったがなさそう。関西空港にしては珍しく少しならんでセキュリティを通る。 出国審査はすぐ。 時間もあるので、各種土産を買いそろえて準備。 シャトルに乗ってターミナルの端へ行きラウンジへ。 みんな朝早くから活動していてメールの読み書きもそれなりに価値がある。 11:25頃になって搭乗。JALの窓口では空席は7、と言っていたが、 それはJAL受け持ち分で、実際にはだいぶ空席があった。B777-300。

日本時間の11:55、タイ時刻の9:55に離陸。到着は15:30頃の予定だそうだ。 新聞をじっくり読む。 固定電話が全世界で12億回線。携帯電話は2002年に逆転して13億回線。 5人に1人が安全な水にアクセスできない、と言われるが、 5人に1人は固定電話を所有し、それ以上の携帯電話普及率なので、 重複があるにせよ電話にアクセスできる人の数はまあまあ多い。 インターネットの利用者は6億6千万人。 Webで公開しても、日本語や英語が読めない人も多いだろうし、 別に、世界に向かって公開していることにはならないなぁ。 APECが昨日終了し、バンコック宣言も出されていた。 まだ名残が感じられるかも知れない。

前菜はいつもの様に枝豆。シャンパンはまあおいしい。 前菜のたらこのり巻きも食べたかったのでおいしい。 後はうどんかラーメンでも良かったなぁ。 チョイスはうなぎ。冷凍でもなんとか美味しく食べられるのが〇。 ごはんはだめだったけど。 食後のブルーチーズがちょうど良い塩味、熟成でおいしかった。 ポルトワイン少しといただく。

映画はまず、Rowan Atkinson(Mr.Beanの人)のJohnny Englishを観る。 楽しい。なんだかんだ言って、みんな007が大好きなのが良く分かる。 フランス人とイギリス人の仲の悪さと言うか、 互いの意識を見聞きしているとなおおもしろい。 さらに、MATRIX Reloadedを英語で視聴。 最終作でさらになんかどんでん返しがあるとしたら、 さらにメタなレベルの世界のillusionがMATRIXだった、 ということくらいかなぁ。 その後はファイル整理。

気づいたら、座席のカバーにAPECの文字が。 15:25着陸。摂氏32度。 順調に降機、珍しく入国審査は短い列。 でもTerminal2に到着し、 荷物はTerminal1のテーブルに出てくるので少し歩いた。 ちょうどほぼ同時刻についたJL717で須賀君が出てくるのを待つ。 しかし、30分待っても、40分待っても出てこない。 JL717からの客足が跡絶えた頃、やはり成田からのTG641で、 日本人客がぽつぽつと出て来はじめた。 これだったっけ? と少し待つが、やはり出てこない。 到着後1時間たっても出てこないので、 僕の便と同様、機体がTerminal2に到着し、 でも須賀君は荷物を預けなかったのでそのままTerminal2で出てしまい、 そこで待っているのではないか、と思って、すたすたと、 Terminal2へ向かい始める。

まず、日本に確認の電話をした方が良いかな、 もしかすると、不足の事態で飛行機に乗れなかった、 とかあるかもしれないし、と思ったのだ。 で、タクシーの客引を抜けてきょろきょろしていると、 後ろから須賀君に声をかけられた。ほっとした。 便はJL717ではなくTG641。本来は同時刻につくはずが、 乗船拒否の客がいて、その荷物をおろすのに時間がかかり、 30分遅れになったのだそうであった。いずれにせよ、めでたしめでたし。

両替をしたら10,000円→3,565バーツ。 円高は我々にとってはありがたい。 福士先生に連絡し、AITに荷物を置きに行かずに、 直接スクンビットSoi22のImperial Queens Park Hotelへ。 タクシーで快調に移動。 空はどんよりとした曇り空。まだ、乾季にはなっていないようだ。

ロビーに三々五々集まったメンバー、 今井先生、福士先生、大瀧先生、今泉君、滝沢先生、小熊さん、 片山先生、長谷川さんら総勢13名で和食、居酒屋へ。新大黒屋。 風間先生もいらしていて、的確にオーダーをしていた。 若者ばかりだし、今回のメンバーの中では僕は端の分野で、 のんびりできる上に、なんか大事にしてくれるので、 研究とは、とか、学生さんとの対応のしかた、とか、 雑用とどう戦うか、とか、そういう話を調子に乗ってしていた。

21時過ぎに解散。さらに飲み直し。福士先生が少しリラックス。 風間先生はまあまあ。須賀君は少し緊張気味か。 さっさと退散し、22時頃に歩いて荷物を預けておいた Imperial Queens Park Hotelへ戻り、そこからタクシーでAITへ向かう。 フィリピン大統領がAPECから帰国するとかで、高速道路が閉鎖され、 下の道も混み混み。結局真夜中頃到着。 チェックインはスムーズ。 部屋には残念ながら無線LANは届いていないよう。 荷物をほどくと、疲れて眠くて、すぐに就寝。


Jump to: [INDEX] [10 24] [10 22]

10月23日(木)

7時起床。シャワー。でかけようか、という頃に、 0発信でlocal callができることに気づく。せめても、と、ダウンロード。 219通。PCをしょって出かける。 バンコク市内からのバスが到着。彼らも乗り換え、 AITに集まったメンバーと総計80人近くでバス2台に分乗して出発。 高速道路を通って市内を抜けて、チャオプラヤ川をわたり、 チョンブリから、Bang Khun Thienへ到着。10:13。 氷大丈夫かな、とか思いつつ、甘いアイスコーヒーを飲み、 そこからボートでマングローブ視察へ。

出発前にブリーフィングを聞く。 ここはBang Khun Thien Districtで、 マングローブ林が、ここ10〜15年の間に海老養殖場にされ、 しかし、海岸の重要性が政府にも認識されて、 戻す様に植林中。5,000haこの辺であるそうだ。 3年で駄目になった海老養殖場もあるそうだ。 ブラックタイガーだと、5,000kg/haもとれるが、 ホワイトシュリンプだと500kg/haくらい。でも、 必要コストが違うし、持続的なので、変化しているそうだ。 crustaceanの中で、virusに弱いのはブラックタイガーだけだとか。

[20 KB] [24 KB] [16 KB]

昔はここまで海岸があって、バンコク市の境界だったのに、 という海の中の標識を観てから、引き換えして12:15にレストランへ。

須賀君は、途中雨が降ってきて、移動したりして、 お皿が遠くてあんまり食べられなかったのだそうだ。

[28 KB]

食後、また船にのり、マングローブが観察できる歩道がある Bang Khun Thien OTOP Center(?)へ。 むつごろうのような魚とか、しおまねきの様な蟹とかもいるし、 気根はびしばしだし、マングローブ林であった。 でも、きれいさ、では、西表島の方がきれいだった気がする。 この辺の民家は、家の周りの水瓶の数が少なくても4つ、 10近くある家もあり、目立つ。それだけ淡水が不足するのだろうか。

[32 KB] [24 KB]

マングローブ林をゆっくり観察したせいか、 時間がなくなり、鳥を見よう、と言っていたThammakunaram Templeへは行かず。 乗船場に戻る。小熊さんが河口部でせっかく採水したのに、 帰りのボートが入れ違ったため、そのキット一式を紛失。 連絡して他の客を乗せていってしまったボートを待つ間、 乗船場付近のショッピング街で買い物しろ、とうるさい。 結局道具一式と水が戻ってきてめでたしめでたし。 写真はhttp://www.BangkokSea.com/AIT/page_01.htmとかにあるそうだ。

[36 KB] [36 KB]

高速道路を逆に走ってAITセンターへ戻る。17:30到着。 registrationは18時から、ということなので、部屋に一旦戻り、 シャワーを浴びてからロビーに降りて登録。 もらった鞄を部屋に置いて戻ったら、receptionの開始。

お腹が空いていたので、ついがつがつと食べた。 最初の挨拶も乾杯もなく、なんとなく参集して、 知り合い同士挨拶して、食べて飲んで、という感じ。

市内に帰るバスが20時に出るのを機にお開き。 一旦部屋に戻り、PCを持ってロビーへ戻る。 外は雨。それなりの強度の雨が続く。 ロビーでは無線LANが入り、メールをやっつける。 22時過ぎになんとか一通りは片付く。 Webでニュースを見ると、阪神がサヨナラ連勝で、 カードをタイに持ち込んでいた。すごい。

疲れたし、眠いので、23時過ぎに就寝。


Jump to: [INDEX] [10 25] [10 23]

10月24日(金)

8時前に起床。さっとシャワーを浴びて、朝食。 カオパに目玉焼きを乗せて食べ、フルーツ。 ジュースとコーヒーで水分補給。 スーツを着て戦闘体制に入り、会場へ。 無線LANが入るのでメールの読み書き。 昨晩のおかげでそんなに大変ではないが、 科研調書の作成ができない。 オープニングセレモニーには案外多くの人が集まってくる。

[9:43] 開始。The First International Symposium on Southeast Asian Water Environment

10:36に終了。分科会へ移行。


[10:36] Coffee Break

Track2のラポーチャーみたいなのを頼まれた。ずっとセッションに出て、 話を聞いてまとめなければならない。 徳永先生がいらしていた。関空を午前1:30に出る便で到着、 部屋で少し休まれたのだそうだ。


[11:05] 分科会開始。


[12:35] Lunch Break

予算が足りないので、日本人は自分で食べよ、ということ。 カフェテリアへ行き、バーミーナムにする。 カオマンガイも食べようかと思ったが、やめ。 コーラもやめ。胃を休めないと。 長谷川さんに、須賀君の計算で、灌漑とかの影響も大きいのでは、 と指摘された。花崎君の貯水池操作モデルで灌漑も考えて、 それに基づいて計算してみると、 どのくらいのインパクトかどうかがわかるに違いない。 今日も曇り空。ぽつりぽつりと降ったりもする。



[15:35] Coffee Break

カスタードパイにblueberryソース乗せとコーヒー。 小熊さんは2年生のセミナーで、 Skeptical Environmentalistを題材にしているのだそうだ。


[16:00] 福士さんのchairで開始。 予定のもうひとりのchairが来ないので、急遽小熊さんがサブ。 Socio-economic tools for resolving conflicts over water resources.

[18:06] セッション終了。一旦部屋に戻り、荷物を置いて、 すこしほっとする。


[18:30] Banquet

あまり形式張らず、AITの学長挨拶、など。 教官150人、学生1,500人で、年間予算30億円くらいらしい。 今日は、やきそば、鴨照り焼き煮込み野菜たっぷりつき、などがあり、 すぐに健康的にお腹がいっぱいになる。 飯田先生、佐藤先生らからAITの話を聞いたりする。 スクンビットSoi55、 トンロー通りSoi13のトンクルクンとかいうタイ料理屋が美味しいのだそうだ。 プーパッポンカレーが特に忘れられないという。 ぜひいつかは行ってみたいものだ。


バンコック市内に泊っている人々のバスが20:45に出発。 残された福士、徳永、古米、片山先生等と、 構内の旧ゴルフコース横の食堂へ。 鳥カシューナッツ炒め、ヤムウンセン、ムーヤーン、 パクブンファイデーン等を食べつつ生ビール。 オープンな環境で、少しのんびりしつつ飲めた。 22時過ぎにお開き。 部屋に戻り、洗濯をしつつファイル整理等。 真夜中過ぎに就寝。


Jump to: [INDEX] [10 26] [10 24]

10月25日(土)

朝、8:00に起床。身繕いを整えて、朝食。今日はお粥の日。 徳永先生と同じテーブルで食べる。フルーツ、ジュース、コーヒー。 時間が遅いせいか、なんかもう食べる物が無くなりかけていた。 会場前に行くと、須賀君がPCでWebを見ていた。 阪神また勝ったそうだ。甲子園では勝つねぇ。 小熊さん、須賀君にデジカメ写真をUSBメモリーで渡す。 部屋に席を確保しようとして、 自分がchairであったことを思い出す。

[9:01] Mukand Singh Babel氏と共同議長。20人と少し。

[12:05] セッション終了。Babal氏と少し話す。来月14日のセミナーには、 オーストラリアから帰ってこられれば参加する、とか言ってくれていた。 Chayanisの話もし、うまくしたら、AITにポスドクで呼びたい、 とかも言っていた。 事務局部屋に行き、全体セッションでのTrack報告の発表資料を作成。 さっきのセッションレポートを膨らませる。 メモとして、この1日半書き留めておいたのは次の様な感じ。

Summary of Track2: Dialogue between environmental science and policy making


[13:15] Lunch Break

パワーポイントの準備が一段落したので、 片山先生が手配してくださったカオパを食べた。 ファイルの整理など。 会場へ向かおうと事務局を出ると、今井先生もいらして、 写真をUSBメモリで渡す。


[14:07] Track 1 by Prof. Furumai

[14:25] Track 2 by Taikan Oki

Report from the session
"Dialogue between environmental science and policy making"
Track 2
room B
October 24-25, 2003

[14:35] Track 3 by Dr. Sato

[14:50] Track 3 by Dr. Takizawa

[15:01] Concluding remarks by Prof. Hanaki

[15:14] Closing Summary

予定通り15:30過ぎには終了。 Babel氏と少し話したりした後、外に出てみると、Somchaiが来ていた。 D論草稿を部屋に取りに戻り、ついでに着替えてから、ロビーで議論。 だいぶ加筆修正があるけれど、頑張ってくれることと思う。 そうこうするううちに、参加者もさあっといなくなり、 最後、福士先生や片山先生等と挨拶してお暇。

Somchai氏のお姉さんの車で夕食にでかける。 チベットからの高気圧(high pressure out break)がこの季節には来て、 最初まず雨が降り、その後寒くなる、 というのが5〜7日起きに繰り返されて 雨季から寒季(乾季でもあるけれど)になるのだそうだ。 Anan氏が気象庁長官になり、Dusadee氏は不遇を囲っているが、 それもこれも例のスーパーコンピュータ絡みの件らしい。 2年間メンテ費用の支出を停めていたので、現在動かなくなっているという。 結局、以前の様に、 JMAからの回線経由でECMWFの解析を使って予報をしているのだそうだ。

研究室のお土産にお菓子とかを買いたい、という須賀君のリクエストにより、 まずCentralへ行って地下のTOPSで買い物。 焼きココナツも須賀君が見つけてくれた。 その後、Wiphawadi Rangsit Roadを少し西にそれたプラチャーチューンという辺りのレストランへ。

水槽にはカブトガニも泳いでいた。 AITまで送ってもらい、22時頃に部屋へ戻る。 rapporteurが終わって安心したのか、 なんか疲れて眠くて、すぐに就寝。


Jump to: [INDEX] [10 27] [10 25]

10月26日(日)

7時に起床。身繕いをしつつ、荷造り。 たっぷり1時間かかって、8時過ぎに朝食へ。 お粥もなかったので、パンケーキ2枚。 コーヒーを2杯飲んで部屋に戻って荷物をとり、チェックアウト。 朝食が100B/日であったことが判明。込みじゃなかったのか。 ロビーで最後の(?)高速(?)回線接続でメールを読むが、世の中平和。 8:50頃Somchaiが来てくれて、出発。

すいすいと空港について、須賀君を降ろす。また来月も来るし、 来年のこのシンポジウムにも誘われた、と、喜んでいた。 さらに南下して、スクンビットSoi19のWestin Grandeへ。 2003年の1月まではGrand Pacificだったところである。 Robinsonと併設なので、便利かも。 10時前だったが、部屋が空いていて幸いにもチェックインできた。 Somchaiにお礼をしてお暇。

荷物を解き、頭を切り替えるために書類を整理したり、 文書に目を通したりする。Bjorn Lomborgの本も、 水資源のところだけ和訳で読んでみる。 明らかに間違っている、という部分はないけれど、 かといって、楽観的で良いという論理は緻密ではない気がする。 平均値としては地球上の水が十分に足りていることは確かだし、 貧困の問題が大事なのもその通りだが、だからといって、 水は問題ではない、というのも言い過ぎではないかと思う。 水を確保する施設が今後必要になる際に、 やはり貧困等の社会問題と水資源の問題は切り放せないだろうし、 水を通じた貧困問題解決への貢献、というのもあると思うからである。

TVでは、ちょうどワールドシリーズの最後の場面。 セイフティバントをピッチャーが落ち着いてさばいて打者にタッチしてゲームセット。 松井がいるヤンキースは敗けた。 書類に目を通したり、少し音楽を聞いたり、 ソムオーを食べて昼食代わりにしたりしているうちに2時。 科研の調書にようやくとりかかるが、なかなか進まず。 昔の参考ファイルをとりにつないだついでに、 メールを受信。20通足らず。平和だ。 本当は買い物にでも出かけようか、と思っていたが、 外は暑くなってきた様だし、ロビンソンは同居しているし、 思いスーツケースを持ち上げてちょっぴり痛い腰のためのマッサージは、 夕食後でも行けるか、と思って、出かけないことにする。 水着を持ってきていたら、プールサイドで本を読むのが良かったのだが。

夕方になり、少し考えてみると、明らかに名刺が足りなくなりそうである。 日本語のがなくなる前に、英語のを作って配る策に出ようと思った。 そこで、まずロビンソンへ。3階の書籍文房具売り場の片隅に、 name card売り場を発見。しかし、なんか、荷物を片付けている。 流行らないので、closeしたという。 しかたがないので、skytrainで隣のプロンポンまで行ってエンポリウムに。 ここでは、4階の文房具売り場の奥にプリントサービスコーナーがあり、 名刺を受け付けてくれた。両面100枚で400Bだという。 日本語も必要か、と聞かれたが、面倒くさいのでなしに。

20分後に来い、と言われたのでジムトンプソンを冷やかして戻ると、 まだできていない。結局、1時間近くまって、校正刷ができる。 ボールペン売り場や、子供服売り場を3周くらいした。 改行やらを修正し、4校でOKを出すと、今度は1時間後に来い、という。 18時ロビー待ち合わせに間に合わなくなるので、明日来る、 と言って退散。でも、時間が中途半端なので歩いて戻る。15分程度。 部屋に戻って資料を取って、ロビーへ降りる。

[18:00] ロビー集合。

ではまあ、タイスキでも、ということで、道を渡った反対側地下の、 COCAへ。 資料、今回のミッションの趣旨について説明。日程の確認。 なぜFTAと科学技術協力協定が関係あるのか、とか、 に関し議論が集中。枝葉ぶりを良くする、という言葉で意を汲む。 NRCTが文理を問わず学術を扱ってきたのに対し、 MOSTが科学技術政策、資金配分、標準仕様策定などをやってきた。 さらに戦略的に進めるために、2001年にNSTDAが作られた。 科学技術協力協定に関してはすでに予備会合をかなり進めており、 2003年12月にはとりまとめて両国首相に提出し、 2004年になってからは、本交渉に入る心積もりで、 今回のミッション派遣には、玉出しとして、 外務省からもある程度期待されているはず、とのこと。 しかし、環境分野に関して、果たしてどの程度出てくるだろうか。

くらいに仕切って出すのかなぁ。

官官接待なし、ということできれいに割り勘。 まだ8:45くらいだったので、名刺を取りにスカイトレインでエンポリウムへ。 一応使える名刺。東大マークがカラーのせいか、450Bで100枚。 これでなんとかなるだろう。 歩いて戻り、書類整理。お腹いっぱい。 明日はまだゆっくりスタートである。

もう面倒くさくなったが、やはりやらねば、と思って、科研にとりかかる。 しかし、Wordが罫線で暴れたので嫌になってabort。 阪神は敗けたみたいだ。 なんで、こういう科学技術ミッションとかいうことにまで手を出すかなぁ、 と自問自答。 自分がいろいろな場面でどのくらい通用するか試してみるのがおもしろい、 ということもあるが、理不尽に社会が動くのは我慢ならないので、 良かれ、と思う様になることに力を尽くせれば、という気持もある。 自分の判断に自信が無くなったらでしゃばらないようにした方が良さそうだな、 とか考えてまとめようとすると、中曽根元首相の記事が目にはいる。 メールを片付ける。受信、送信してから、深夜過ぎに就寝。


Jump to: [INDEX] [10 28] [10 26]

10月27日(月)

4時過ぎに一旦目が醒めた後、7時前に自然と目覚め。 シャワーを浴びて、7:30からのNHKニュース(再放送)を観てから食事へ。 さすがにいろいろある。生の果物をその場でジューサーにかけてくれるとか、 たくさんの菓子パンやドーナッツがあるとか。 Windsorと同じく、味噌汁、ジャポニカごはん、鯖塩、漬物、豚の生姜焼き、 等が目に入る。せっかくなので、ごはんを軽くよそい、 目玉焼きを作ってもらって乗っけて醤油を軽くまわし、目玉焼き丼に。 卵ごはんみたいでおいしい。鯖塩はバターで焼いてあって微妙。

部屋に戻ったら、どうも生研のDNSかネットワーク自体が落ちている様で、 メールは拾えず。 巨人の星ではないが、 昔安成先生等を観て、僕が頑張ろう、と思ったように、 僕の背中を観てくれている若い人のことも考えて、 やっぱり前向きに頑張ろう、と思い、 科研マクロを持ってきて準備。

9:20に下に降りて、集合。2台のワゴンに分乗して大使館へ。 安部憲明外務事務官が同行。 大江博経済班公使、小津敦一(総務省、CRL)等書記官と名刺交換。 竹林さん広報文化部:留学生、教育文化スポーツ担当(文部科学省から)。

10:42終了。時間があくが、一旦ホテルまで戻る。

AOLのローミングが、最低でも1時間750円とか馬鹿高いので、 現地のproviderのカードを購入。270Bで30時間分。 3ヶ月しか持たないそうだし、バンコックのみ、という制限つきなので、 次回コンケンの時には使えないが、まあ良かろう。1時間使えば、 元がとれる。ジュース等の飲み物もスーパーで調達してから部屋へ。 Mathurosさんからのfax.メッセージが来ていて、30日の訪問、 朝9時に車を手配してくださる、とのこと。ありがたい。 インターネットも無事つながり、69通。30K程度で繋がっていて、 遅いが、まあ安定している。市内通話は一回9Bとかのはずなので、 つないでおけば良いのである。


メールのやりとり、処理で1時間がたつ。 12:40に隣の地下のTOPSのクーポン食堂へ。 麺の上に焼鴨の切身を乗せたの(35B)と、ワンタンスープ(20B)。 麺が香港の蝦練り込みぼそぼそ細麺でおいしい。 スープと合わせると、胃の中で鴨ワンタン麺を食べている感じ。


12:55にロビーへ行き、13時にまたワゴン2台で出発。 Rama VI通り、Mahidol大学近くの、Ministry of Science and Technologyへ。 小津さん、安部さん同行。MOSTで渡辺さんと合流。 竹林さん遅れてきて、非常に流暢なタイ語で挨拶。

ワゴンで宿に戻る。ラッシュで混んでいるか、とも思ったが、 40分くらいでついた。直線で動くと近い。

ワイシャツのクリーニングが帰ってきていたが、1枚500円くらいする。 高いなぁ。日本シリーズは、ダイエーが5点リード。

18:15ロビー集合。夕食へ。Sukhumvit Soi12を入っていったところにある、 Cabbages and Condomesへ。ここは、 Population and community development association (PDA) というところが経営しているところだそうだ。 Mr. Mechai Viravaidyaとかいう人がタイの人口問題に対応するため、 1974年に設立したNGOに売り上げは使われるとか。 野菜と同様に気軽にみんなが手にすることができる様に、 という意味が店名には込められているのだそうだ。

ICTはまた省庁が別だから、とか言う話や、 intelligenceの話など。 藤井総裁をめぐるマスコミの論調は変ってきた、とか。 最後に、一人一個ずつ配られる。ミントの代わり、だそうだ。 もらっても、ねぇ。

21時過ぎに宿に戻る。ダイエーホークスが優勝したようだ。 Cabbages and Condomesという店の名前、 なぜキャベツであってキュウリやトマトやかぼちゃじゃないか、 を考えると、やはり、日本で「こうのとりが運んできてくれた」 というところを、「キャベツ畑で拾ってきた」と言う、 というアメリカの文化的背景も影響しているのかな、とか思った。 お腹がいっぱいなので、仕事できず。 気持ばかり焦るが、この国で無理して仕事をすると体を壊すので、 各方面には迷惑をかけるけれど、休むことにした。22時過ぎ。


Jump to: [INDEX] [10 29] [10 27]

10月28日(火)

5時に目覚ましで起きるものの、眠いので6時過ぎまで寝た。 シャワー、洗濯。結局、原稿は書けないまま短い朝食へ。 ジューサーで作ってくれるパイナップルジュースがおいしい。 さやえんどうの炒めものがおいしく感じられるのは、 体が欲しているからかもしれない。 7:30にロビーへ。7:40集合で、まずはサイエンスパークへ。

高速を使って、結局AITとタマサート大学の間のThailand Science Parkへ。 NSTDAが管理。車、バイオ、ICTが3本柱の様だ。 NEC-TEC, BIO-TEC, M-TECとかの3つに分かれている。 こういうのを作るメリットは何だろう、 という話を行きの車でしていたが、 考えてみると、廃試薬の共同処理、とか、 あるいは電源や瓦斯の供給など、 ある程度は共有できるインフラもあるのかもしれない。 都市環境監視のためのラボを設置する、というのも手かも知れない。

がらんとしたエントランス。虚ろな空間。 全体模型。電光掲示スイッチは動作せず。 conferenceルームは、細長い楕円テーブル。 電源とLANケーブルタップが人数分ある。 無線LANに取って代わられるのだろうなぁ、とか思う。

[8:37] 開始

[8:46] Presentation by Director Pirat

やはり、NSTDA所轄の分野では、なかなか環境分野、 というのは難しそうだ。

[9:38] 会見終了。

研究所見学。まずは、太陽電池。小長井先生によると、 低電圧大電流になってしまう形式なのだそうだが、 16V、8%の効率。もうすぐ、除幕式をするような仕組みができていた。 ステンレスの上に、Ag, ZnO,a-Silicon, Indium Tin Oxidideを重ねている。 2μ程度の厚さらしい。 コストは、8B/kWh程度だが、 商用電気コストの4.5B/kWh程度にまで下げたい、ということであった。

[28 KB]

次に、MTEC訪問。Corrosion Measurement Systemとか。 金属の強度を調べるとか、そういう話らしい。 さらに、BIOTEC訪問。 マラリアとか、癌に効く生理活性物質を、 生物多様性の中から探して薬の元にするのが目的だが、 化学構造を同定していく、という感じの研究がのんびり行われているらしい。 マラリアは耐性を持ったものが出てきていたり、 ミャンマーやカンボジアとの国境付近では深刻らしい。 食料としては、海老が大事。共同研究はUKやUSA相手が多い。 ここで、下のカフェで休憩。カプチーノ40Bとか。

NECTECでは、まずMicro-Electro-Mechanical System(MEMS)を見学。 ここはやはりあんまり関係ないなぁ、と思っていたら、 次に、朝のおじさんが来て、おまえに見せる、といって、 まず、4TBのLinuxサーバを見せてくれた。 まだ階層storageになっていなくて、今度2層にしようと思う、 とのことであった。IDEディスクなどをまとめて、 商用の1/10のコストでできた、といばっていた。 気象情報や水文情報が総合的に取り扱われているポスターがあるので、 あれれ、と思う。Omkoiのサイトの計算機設備の説明もあった。 そしたら、

http://tiwrm.hpcc.nectec.or.th/datasummary.html
のデモを見せられる。 NSTDAの下に、water management systemを作ろうとするプロジェクトを、 丁度立ち上げようとしているところらしい。 農業関係に関しては、筑波のNARCとかいうところと、 IT for Agricultureということで連携を始めているのだそうだ。 MAFINとかいうプロジェクト名。

Agricultural Information Networkとかいうin houseのGISソフトウエア。

http://www.thang.net/igis/lampang/
さらに、さっきのデータサマリーでは、 TMDの地点雨量やレーダ画像等の気象情報、 RIDの流量情報やBhumibolダムの貯水容量、 バンコックメトロポリタンのテレメータや潮位情報までが集められていた。 ちゃんと、昨日のデータまで入電していた。 高知大がアニメーションに変換して公開している生研受信GMS画像も見せてくれた。

来週(4-6 Nov., 2003)福岡でJTEPAの話し合いがあるので、 ぜひそこに提案を出して欲しい、 とか、日タイの共同研究を進めるには、 通信速度が2Mbpsでは不十分だ、とかの要望を受けた。

などの目的で、 Royalプロジェクトとして40人のスタッフでやっているのだそうだ。
http://hydro.hpcc.nectec.or.th
王様の肖像がポータルにも掲げられていた。 やはり、お金にならないこういう分野は、 Royalとしてやるしかないのかもしれない。

CRLのオフィス、東工大オフィスを訪問してから昼食。

慌ただしく、NSTDAを後にする。 メンテのため、スケジュール通りの停電。

[13:25] Kasetsart到着

[24 KB]

構内視察。エンジンとか、いろいろ。計算機室。 さっきのNECTECのGISは、昨年まで4年間、 HansaさんがNECTECで働いて入れたものなのだそうだ。 東工大の先生がだいぶ肩入れして、International Courseが、 Civil Engineeringにできていた。別コースで、全部英語講義。

http://gis.eng.ku.ac.th
まあ、ある意味では、NECTECに乗っても悪くはなさそうだ。 15時を過ぎたので、車で移動。

[15:30] GISTDAへ。"Big Boss" Suvitさんは、日本。 RESTEC本澤さん(?)がまだいらした。4年目だそう。 Dr. Surachai Ratanasermpong氏が説明してくれる。

[16:40] 会見終了。

[17:30] 宿に戻る。 夕食、やっぱりみんなで行きましょうか、ということに。 日本料理以外がいい、せっかくならタイ料理、 まだお腹空かないからプールでも、 とかいう元気な先生方で、 トンロー通りSoi13のトンクルクンに行けることになった。 1時間の休憩。僕はいい加減疲れたが、今日は頑張らないと。

タクシーでThon Kruengへ。

というわけで、タクシー片道60B、往復1人40Bかけて行く価値があった。 玉城先生が、途上国では交通事故死が3位とかの原因で、 客観的には深刻な問題だけれど、 社会的にそういう被害者が軽く見られているので、 あまり途上国では交通事故死が重要視されていない、とか、 癌と慢性疾患とかで、全死亡率の7割を占める、とか、 いろいろお聞きした。

21時頃に戻ってくる。のろのろと、食後の休みの後、業務。 結局、午前3時になってようやく科研の調書案ができあがる。ふう。 でも、アメリカの僕くらいの研究者達のことを考えると、 まあこのくらい苦労しても罰はあたらない気もする。

毒をくらわば、皿まで、ということで、 今回のミッションの使命(変な言い方)、 共同研究分野の提案書の素案も作り、 関係各位に送付してから、メールの読み書き。 日本は朝になってしまっている。ふう。 5時半になり、ふらふらになってきたので、 一応休むことにする。 しかし、神経が鎮まらず、すぐには眠りにつけなかった。


Jump to: [INDEX] [10 30] [10 28]

10月29日(水)

結局、6時過ぎにうつらうつらして、6:40に目覚ましで起床。 思ったほど辛くはない。シャワーを浴び、さっさと部屋を出る。 朝食の元気はあんまりなかったので、 グアバジュース、シリアルと牛乳、小さなチョコレートクロワッサン、 と、甘いもの尽くしでごまかす。そのままロビーに降りて、 [7:40]に宿を出発。 玉城先生が、子供が多いと貧乏になって、 死亡率が上がるのだ、と、 僕が思っていたのとは逆の因果関係である。

[8:10] チュラロンコン大のFaculty of Scienceの部屋に到着。

[9:00] ツアー。

[10:20] 部屋に戻り、コーヒーを飲みつつ議論

10:40頃お暇。ネクタイの記念品をもらう。

[11:10] マヒドン大学; International Relations Division訪問。


[12:35] Lunch Break

ごはん、鶏カレー、海老炒めカレー、白身魚のフライ、野菜炒め、 トムカーガイ。そそくさと食べて見学へ。


[20 KB]

[13:20]

[14:43] にMahidolを後にする。

[15:20] KMITTに到着。

[17:30]頃にお暇。渋滞を抜けて、19時過ぎに宿へ。

[19:30] ロビー集合で、Soi19を北に上がって、 裏道を少し東に行ったところにあるBangkok Kitchenへ。 新大黒の隣。ファーストフード風。ヌードル屋、とか書いてある。 ヤムを、なまず、フルーツ、シーフード、豚焼きライムと頼み、 ビールを飲んで、各人が主食を頼む。 僕は、Yen Ta Fuという例のトマトスープ米麺。 乾燥戻しイカとかが入っているのはお約束みたいだ。 まあまあおいしかった。フルーツまで食べて、 読み通り1人300B。

21時過ぎに宿に戻る。案外眠くはない。 115通。疲れてやる気がない。 でも、みんなからの良い反応に応じて、 科研の調書を作り直す。時間はかかる。 深夜を過ぎた頃に完成。送信。ほっとする。で、メールの送受信。 やはり2時頃になって就寝。


Jump to: [INDEX] [10 31] [10 29]

10月30日(木)

[7:30]に起床しようとするが、やはりだいぶまだ寝足りなくてぐずぐず。 8時に起きて、シャワーを浴びて朝食へ。 それでも少しは元気になったのか、目玉焼き丼を食べる元気あり。 9時にロビーで待っていたが、NRCTのPrachan氏が到着したのは9:30。 NRCTへ向かう。

[10:05] NRCT到着。4階のForeign Relationsへ。

コンケンシンポジウムに関しては、相談無事終了。 4つの研究提案に関しても、少し意見を聞きつつ基本的にはこれでOK。 Mathurosさんのところで、KhonKaenの資料と、 今回のproposalをプリントアウトしてもらってはどうかと思っていたが、 USBメモリスティックが認識されず、失敗。 やはり、本気の時にはドライバのCD-ROMを持参するか、 プリンタを持参する覚悟が必要だろう。

[12:15] KU Homeの3階のブフェランチへ。 Prof. Kasemも来てくれる。 というか、気象研筑波シンポジウムには、 KasemさんとHansaさんに来てもらうことにしてはどうか、 ということの様であった。その2人であれば、 NRCTからも、自前のファンドで1人ついて行きたい、 ということになった。

昔からの顔馴染みの中でリラックスして食べた。 Kasem先生は13時から授業なので、と言って、 13:25頃に出ていかれた。 ここでMathurosさんとはお暇。

[13:40] Kasetsart UのHansaさんのところで荷物を置いてから、 火曜日と同様、工学部deanの部屋へ。

15時過ぎに会見終了。Hansaさんの研究室に戻り、 さっそくアイディア案を修正。 16時過ぎに、NRCTの車が迎えに来てくれて、お暇。

17時ちょうどに宿へ戻る。 メールの読み書き。いろいろ来ていて、 来ていないよりは嬉しい。嬉しい便りもあれば、残念な便りもあり。 18時にロビー待ち合わせで加藤さんとプロンポンへ。 Halloweenのコスチュームの店員さんに囲まれていつものビールを飲み、 Westinロビー19時集合に戻る。 同じビールでないと、happy hourは通用しない様だ。 ロビーでは、コスモポリタン主催のファッションショーをやっていて、 なんかとんがった人も含んだ人々で大混雑であった。

向かいのビル4階の中華に行こうとしたが、いっぱいでだめ。 しかたなしに3階の石村とかいう韓国料理へ。 空いているから、これは、と思ったら、味なし。おいしくない。 辛さもうまみもない。キムチやナムルも出てくるが、 おいしくてパクパク食べたのはもやしのナムルくらい。 でも、今回の総括に近い話し合いはなかなか盛り上がり、 タイのどの機関をとりまとめとしてカウンターパートにするのか、 とか、日本の国益を考えたらどうするのか、とかいう話題になった。 また、チュラには東大の将来を見るようだ、とかいう深刻な話も出た。 東工大はタクシン首相に名誉博士を贈ったり、 サイエンスパークにオフィスを置いたり、と、 タイの科学技術に浸透を図っていて、 それなりに強い外交的絆がある様であった。

スープも、タンハムが入っていて美味しいのだが、肝心のスープがいまいち。 残念。

加藤さんは、結局ファイル取りまとめのため夕食に参加できず。 21時に宿に戻る。疲れをほぐすためにPoマッサージにでも、 と思ったが、加藤さんはまだ忙しそうだったし、 他の方はなんとなく興味がなさそうだったり、 「僕はもう裏ばかり経験しているから」とかいうことで、 もういいや、という感じなのか、とにかく部屋へ戻る。 僕も、睡眠不足を補うため、部屋で仕事の続き。

現地時間23:30頃にようやく一息。でも、 まだ原稿がひとつできていない。良く考えれば、 もっといっぱいあるのだろうけれど。 とりあえず、疲れたので休もうかと思ったが、 書類の山が気になったので整理。 さらに、明日の発表の準備を少ししていたら、1時30分。 ぼおっとして頭が揺れだしたのでまずい、と思い就寝。

Proposed Topics案メモ


Jump to: [INDEX] [11 01] [10 30]

10月31日(金)

朝6時(?)に吉川先生から電話。今日のreference用に作業していて、 Excelで古いファイルで新しいファイルを上書きしてしまったのだそうだ。 undel等を持参していなかったので、僕は役立たず。 さらに、7時くらいに、ミニバーチェックの来訪。なんなんだ?? 仕方がないので、7:30にはNHK TV newsをつける。 またうとうとして、8:30に活動開始。 フロントで、late check outを確認し、朝食。 今日は時間もあるので、ビーフンとか、野菜炒めとかを食べる。 9:30にロビーに降りて、少し待ってからMOSTへ。

[10:30] Ministry of Science and Technologyで会合開始。

[12:10] 終了。発表資料をくれ、と複数から言われた。 海岸侵食に関する追加分と共に、加藤さんに送付のこと。

[12:30] 少し車に乗って移動してから昼食。

13:30頃に終了。

[14:15] 日本大使館到着。会議場として使うだけで、 メンバー的には特に誰かに会う、というわけではない。

15:00終了。これで、一応ミッションは好評のうちに(?)終わり。

宿に戻り、荷物を置いて着替えてすぐロビーに集合。 渡辺さんの先導で、専門家×6人でジムトンプソン本店へ。 次はすぐだけどコンケン往復でAITには行くものの、 市内には来ないだろう、ということで、少し買い込む。 帰りはタクシー。60B足らずだったので、3人で乗ると、 1人25B払ってskytrainに乗るよりも安かった。 とはいっても、1台目は、200B、とふっかけてきて、 降りようとすると、100B、とか言われた。 メーターといっても聞かず走り出そうとしたので、降りた、 とかいうこともあったので、まあまだ少したまにはストレスがある。 Welcome to Thailand帽子にThailand Tshirt、 手にはジムトンプソン袋、という出で立ちがいけなかったのかもしれない。

戻ったら17時。わりと慌てて荷造り。シャワーは一応浴びられた。 つないでみたら、なんと、633通も溜っていた。 日付が必ずしも今日ではなかったので、 どこかで滞っていた分があったようだ。 全部ダウンロードはむりだったので、途中で切ってチェックアウト。 でも、Tomの出したNASA fundがあったったらしい。めでたい。 これで、来年のハワイでの水循環ワークショップには、 ゆっくりでかけられそうだ。 成田組の先生方は早々に空港へ向かい、 その他は三々五々、という感じだったので、Poマッサージへ歩く。 2時間のんびりThai Massage、という余裕はなかったので、 foot massageに初めて挑戦。 台湾ほど最初からぐいぐい、ではないが、丹念にツボを押してくれるし、 すねから膝にかけてもやってくれるし、後半は肩や背中も押してくれて、 なかなか気持良かった。

エンポリウムへ歩き、5階のフードコートでカオマンガイ。 きゅうりと、プレーン鶏ピラフと茹で鶏。 唐辛子ソースが決め手だね、とか思いつつ食べた。 Skytrainで戻ると、ちょうど20時20分頃。荷物を受取り、ロビーへ。 吉川先生、前田先生、保明さん、と4人で乗せてもらい空港へ向かう。 日タイのFTA(JTEPA)は2004年内に締結され、 1年以内に合同会議が組織されるのだそうだ。

さくさくと進み、21時前に空港に到着。 保明さんはJAL便で成田、吉川先生は同じ便だけどTG、 前田先生は深夜1時発のTGで福岡、ということでここで解散。 僕は、税関でVAT refundの手続きをし、ちょうど21時になり、 関空便のチェックインが始まる。 ぐっすり寝るため、窓際を所望。18.3kgで、そんなには増えていない。 須賀君が先週のシンポの資料を持ち帰ってくれたのがありがたい。 出国税を払い、イミグレへ。 出国税のことがわからずに立ち尽くしている日本人おやじがいたが、 ぞんざいな態度で係員に接していたので関わらないことにした。

VAT refundをもらい、ラウンジへ。つなぐ。 どうも、spoolが溢れていたらしい。 これの対処でここは終わりそうだ。 ADEOS-IIがどうも機能停止のようだ。 1年分データがとれないのはやはりなんか残念。 貧すれば鈍す、で、情けないなぁ。

...メールの処理で終わった。しかし、その分まあ片付いた、 とも言える。23:30に搭乗開始。満席ではないが、がら空きでもない。 B777-200。 吉川先生とは逆側。出発前からアイマスク、耳栓で寝る体制。 搭乗キャンセルの客の荷物を出すのに時間がかかる、とかで、 なかなか出発しない。うとうとし始めたころ、日本時間2:38に離陸。 4時間45分の飛行時間だそうだ。 席を倒して休む。


Jump to: [INDEX] [10 31]

11月01日(土)

朝食の匂で目が醒めた。6時過ぎ。3時間30分しか寝ていない。 コーヒー、ジュース、ヨーグルト。 インスタント麺に海老だんご、魚だんごを乗せた麺を朝食に所望。 スープが今一つ暖かくないのがとても残念。 九州海洋上は雲で覆われている。間に不連続な雲の溝あり。 日周期が各方向から進行してきて形成されていたりして、 とか想像するのも楽しい。吉野川を見つつ、7:04に着陸。

さくさくと入国、荷物も出てきて、8時のバスを待つ。 くーっと寝て、9:45頃京都駅到着。タクシーでアパートへ。 10時には部屋へ入れた。

荷物をほどき、洗濯。荷物を、また今度タイへ持っていくもの、 地球研に持っていくもの、東京に持っていくもの、等に分類。 お茶をのんで、洗濯物を干し、身繕いを整えて、出かける。 河原町正面で降りて、ひと・まち交流館へ。 世界水フォーラム市民ネットワークの総括会議、シンポジウム。 昼食のカレーやハヤシライスを食べつつ進行について打ち合わせ。 僕はそそくさと食べて発表資料を準備。 食後も整理して、なんとかできあがる。

[13:38] 開始。70名弱いる。

80人近くになっている。


[15:28] Break

渕上君が来てくれていた。


[15:42] 再会

少し予定をオーバーして、17時過ぎに終了。 京都駅前の懇親会に参加させてもらう。 この雰囲気は、懐かしい。その昔、 とあるjunkの環境関連のオフミとそっくり。 あの頃は、明らかに学生運動崩れ、という人がうようよいて、 インターナショナルを唄おうとする人とか、 警官とのスリリングな追いかけっこの話をする人とかがいたが、 でも今晩のは、そういう世代とは代っていて、環境センシティブな人々。 いろいろ話を聞いていて、僕の従来の疑問 『地球環境のために人は害悪で死んだほうがましか?』 に対し、『人間活動の害悪を考えると死んだ方がまし』、と、 明快な回答をくれた「環境ファシスト」と称されていたゴトウさん。 関西のNGOでは有名らしい。もうひとつ、

NGOの人たちは、一般市民と考えを共感できているとは思っていない
という重大な発見をした。 ある意味、集団としては、目覚めてしまった人、 というミュータント的な使命感と疎外感を持っている様だが、 宗教とは比べものにならないくらい健全だと思った。

21時に中締め、ということで、部外者は退散。 小田さんが、昔馴染み、という、下鴨の「ちくま寿司」に連れていってもらう。 僕が生まれる2ヶ月ほど前に開店して以来、 小田さんは学生時代から通い続けているお店だそうだ。 カウンターに8席程度の狭い店。 何度目かのかんながけできれいなカウンター。 まずは、お刺身を少しずついろいろな種類出してもらう。 熱燗の最初のいっぱいはおやじさんがくいっとついでくれる。 小田さんは、この店に立ち寄るのが京都に来る楽しみなのだそうだ。 おやじさんも小田さんと話すのが懐かしくてたまらない感じであった。 途中、彫金の作品、お孫さん用に小さく握る鮨の話、なども聞かせてもらう。

握りに移ると、握るたびに山葵を摺りおろしてくれる。 カウンター兼我々の鮨台には、 いつのまにか手拭き用の湿らせたガーゼが置いてある。 昆布締めなのか、キスがおいしい。いくら、も、 巻物も海苔がぱりぱり。ごはんのふっくら加減、 食べるのには支障がないが、口の中ではらりとする絶妙の握り加減。 2次会なのに、1合とっくり5本。調子にのって二人で空けた。 でも、タイで暴飲暴食しなかったせいか、快調。

タクシーに乗って帰るかな、と思っていたら、205番のバスが来たので、 それで帰宅。23時過ぎ。この旅も無事終了。

Back to: [INDEX] [10 31]

[World Trip]世界水循環見て歩きへ戻る
[Essay] 駄文リストへ戻る
このページには、 年 月に 回のアクセスがありました。

(Last updated at Saturday, 08-Nov-2003 17:13:40 JST, by 沖 大幹 [HOME] )