Verification of the isotopic composition of precipitation simulated by a regional isotope circulation model over Japan

はじめに

降水の安定同位体比(δ18OとδD)は、大気大循環モデルの水循環過程を検証するツールとして有用です。いくつかの同位体を用いた検証研究では、水の安定同位体比の全球分布を充分に再現できることが報告されています。

近年では、100km以下の空間解像度を解像できる同位体領域気候モデルが開発されました。しかしながら、国単位で複数地点で同時に採水したデータが不足しているため、モデルは細かい空間分布を充分に再現できてるのかはよくわかっていませんでした。

そこで、本研究では、2013年に日本56地点で集中観測した降水の安定同位体比のデータを用いて、同位体領域気候モデルによって再現された空間分布や季節変動を検証します。

同位体領域気候モデルの詳細な時空間変動の検証は、同位体マッピング研究に貢献することができるだけでなく、気象現象に伴う特徴的な空間分布パターンを抽出できる可能性があり、気象予報やデータ同化へ応用することができるでしょう。

研究方法

本研究では、2013年に日本全国56地点において、降水の安定同位体比の観測を行いました。観測期間はサイトによって異なりますが、イベント〜10日間の間隔で行いました。本研究では、月加重平均値にデータを変換し、その後、年加重平均値からの偏差を求め、これをモデルの検証データとしました。偏差を使用するのは、日本における降水の安定同位体比には、緯度効果や高度効果など、地点ごとに特徴的な値を持つためです。

同位体領域気候モデルは、空間解像度を10 km (EXP10)、30 km(EXP30)、50 km(EXP50)と変えてシミュレーションを実施しました。得られたデータは月ごとに降水量で加重平均した後、年加重平均値からの偏差を求めました。

結果と考察

モデルは、1月を除いて、どの空間解像度でも充分に降水δ18Oの季節変動や空間分布を再現できることがわかりました(Figure 5)。どの空間解像度で行った実験も、モデルは1月における太平洋側の値を過大評価しており、その傾向は爆弾低気圧による降水イベント時に特に顕著でした。この過大評価は、低気圧により日本海から水蒸気が輸送される時に、日本海側で多量に雨を降らせ、残った水蒸気が太平洋側で凝結しても、大気が乾燥しているため降水が蒸発して高くなったためと考えられます。この問題は、降水形成パラメタリゼションに関連するものと考えられますので、調整することで、10kmでも充分に降水同位体比の空間分布を再現できることが考えられます。

空間分布についてはどの実験でもよく似ていましたが、特に台風による降水同位体比の空間分布の再現性はEXP10が最も良かったです。このとき、降水量の空間分布パターンもEXP10が最もよく、降水同位体比の再現性は降水量に左右されることがわかりました。

降水同位体比はこれまでモデルの水循環の検証ツールと用いられてきました。本研究の結果は、降水同位体比の再現性は降水量の再現性に大きく依存していることを示しており、降水同位体比を用いることで、モデル降水量の時空間変動を簡易に検証することができると言えます。

より詳しい情報はこちらに

TANOUE M, K Ichiyanagi, K Yoshimura (2016) Verification of the isotopic composition of precipitation simulated by a regional isotope circulation model over Japan. Isotopes in Environmental and Health Studies, 52(4-5), 329-342, doi:10.1080/10256016.2016.1148695. [PDF]

Figures

Figure 5. 月降水δ18O偏差の季節変動。 (a) 北日本・太平洋側(NPC) (n=4), (b) 北日本・日本海側(NSJ) (n=5), (c) 東日本・太平洋側(EPC) (n=17), (d) 東日本・日本海側(ESJ) (n=3), (e) 西日本・太平洋側(WPC) (n=19), (f) 西日本・日本海側(WSJ) (n=8).