MRR(マイクロレインレーダ)による降水雲の観測
越田智喜(国土環境株式会社)、宮崎真、沖大幹、鼎信次郎、芳村圭、小池雅洋(東京大学生産技術研究所)
要旨
・ 雨雪の判別は、地上への水のフラックスを求める上で重要である
・ 低温であるにもかかわらず、雨が観測された。⇒この日は、上空の暖気移流が降雪粒子を融解させたと推測できる。
・ MRRによる東京での降水雲の観測は例がない。MRRは降水の量と落下速度について鉛直分布が測定可能であるので、雨の領域、雪の領域を知ることができる。
地上降水の雨雪判別は、都市部の交通を管理する、あるいは地表面の水循環を考える上で重要である。たとえば、降水の河川への流出を考える場合、降水粒子が雨の場合、地表面での表面流出、地中への浸透を考慮するが、雪の場合は流出せず、その場で蓄積(積雪)し融解してから流出することを考える必要がある。
気象庁で予報される雨雪判別はMastuo and Sasyo(1981)による地上気温と相対湿度の判別式を元に上空の気象条件を加味している[1](気象庁,1995)。Mastuo and Sasyo(1981)は氷晶過程で形成された降水粒子が落下するにしたがって0度高度より下で融解する過程を定式化している。この判定式は90%以上の精度で地上の雨雪の判別を行うが、分類から外れる事例として、地上付近が逆転層に覆われた場合を挙げている。
東京近郊では低気圧の中心が八丈島より南を通過すると雪が降るといわれるが、2004年12月31日東京に21年ぶりのおおみそかの降雪をもたらした低気圧は本州のすぐ南を通過した。その後、地表付近がほぼ0℃と低温であるにもかかわらず雨が観測された。この状況を東京大学生産研究所(東京都目黒区)の屋上に設置したMRR(マイクロレインレーダ)によって観測することができた。MRRは周波数24.1GHzを用いたドップラーレーダであり、落下粒子の速度とレーダ反射強度因子を知ることができる。
既往の雨雪判別に従わないような降水雲の構造を調べることは、雨雪判別の精度を高めることになるので、MRRによる下層が低温であるときの降水雲の構造について報告する。
MRRは波長1.2cmを利用したFMCW[2]型ドップラーレーダであり観測モードの設定によって地上から29レンジビン、6000m高度まで観測することができる(Mang et al,1999)。MRRの仕様を表 1に示す。小型の機械でレーダ反射強度、粒径分布の鉛直分布が得られるという特性を持つ。Peters et al. (2002) ではMRRと地上雨量の比較を行い、ブライトバンドの観測例を報告している。
表 1 MRRの仕様
• Transmit frequency 24.1GHz • Transmit power 50mW • Receive-transmitter antenna Offset parabolic,0.6m diameter • Beam width 2degree(35m at 1km) • Modulation FMCW • Height resolution 10 – 200m • Averaging time 10 – 3600s •
Height range 29range gate • Observation location 35 39’38”N 139 41’6”E 26.8m
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図 1 マイクロレインレーダ(MRR)概観図
写真奥は転倒マス型の地上雨量計
降水の発生する高度から地上付近までを観測できるので粒径分布の鉛直構造を利用してWagner et al.(2004)はレーダ雨量と地上雨量の補正に有効であると報告している。東大生研屋上では、冬季に雲頂の高度が低くなることに対応させて、観測の間隔を100mに設定し、2900m高度までの観測を行っている。
東京大学生産技術研究所屋上における2004年12月31日11時から17時のMRRによるレーダ反射強度因子Zおよび鉛直方向のドップラー速度Wの時間高度断面図を図 2に示す。図中の▲は降水の種別(雨または雪)、黒実線はアンテナの除雪を実施した時刻を示している。MRRによる観測から12時30分から16時に強い降水が見られる。
レーダではアンテナ上に多少の積雪があっても信号は受信できるが、MRRでは14時50分頃から水による減衰のため受信できなくなっていた。したがって、降雪時の状況は、アンテナ上の積雪の影響で十分な精度で観測できていないと考え、今回は14時20分以降に見られる降水エコーを詳しく調べることにした。14時20分から16時にかけては2つの降水セルに対応するような強エコー域が通過している。
図 2(1)時間高度断面図 反射強度因子(2004年12月31日11時〜17時)
図中▲はレーダアンテナ上の積雪を取り除いた時刻、およびその時刻の降水タイプを示す。
図 2 (2)時間高度断面図 鉛直ドップラー速度(2004年12月31日11時〜17時)
図中▲はレーダアンテナ上の積雪を取り除いた時刻、およびその時刻の降水タイプを示す。
2004年12月31日15時の速報天気図を図 3に示す。9時には、北の低気圧の東側にあった南の低気圧が12時頃追い抜き、図 3に示すような気圧配置となった。南側の低気圧が発達しながら北側の低気圧を追い抜く、関東地方に大雨を降らす典型的な二つ玉低気圧の気圧配置であった。東京大手町の気象庁における降水および雪の観測状況に関する記録を図 5、表 2に示す。東京大手町でも11時頃から雪が降り出し15時頃には雨になっており、MRRの観測と一致する。
生産研究所の屋上では、MRRとディスドロメータおよびAWSによる同時観測を行っている。対象日である2004年12月31日については、11時より降り出した雪のため、ディスドロメータ、転倒マス式雨量計は積雪のためデータを取得できなかったので、地上気温、相対湿度および風のUV成分を時系列で、東京で降雪が観測された時間について示す。
地上気温の変化をみると、降雪の強いエコーが見られた時間帯(12時30分から13時30分)では、地上の気温が2度程度低下し相対湿度が大きくなっており、風が北西から西風へと変化しているので天気図では表現されていないが前線の通過が示唆される。降雪の強いエコーが見られた時間帯(15時20分から16時)では気温の変化は小さく、西風が北西風へと変化した。図示はしないが同地点での気圧は11時から17時まで1006hPaから994hPaへと一様に徐々に低下していた。天気図から読み取ることのできる低気圧が強まりながら東進している総観規模での状況と一致している。
図 3地上天気図(速報天気図2004年12月31日15時)
図 4 東京における降水量(2004年12月31日)
10分アメダス?
表 2 東京での降水・降雪に関する記録(気象庁電子閲覧室より2004年12月31日)
図 5(1) 気温、相対湿度の時系列(2004年12月31日11:00〜17:00)
図 5(2) 風の東西・南北成分の時系列(2004年12月31日11:00〜17:00)
図 6 平均反射強度因子、平均ドップラー速度の鉛直分布
2004年12月31日に観測された降水エコーで特に強い時間帯の構造を調べるため、15時20分から16時で平均したレーダ反射強度因子とドップラー速度の鉛直分布を図 6に示す。この時間の平均鉛直分布ではブライトバンドがなく対流性の降水雲であったことが示される。
平均鉛直分布より降水雲の構造は次のような特徴的な層に分類できる。各層の中では、第2層が降水強度の増加が大きく、この高度で多くの降水が形成されていることがわかる。
1.観測高度3000mから2000m:強度の極値が増加するものの、落下速度があまり変化しない層
2.観測高度2000mから1200m:強度、落下速度ともに高度が低くなるにつれて増加する層
3.観測高度1200mから700m:強度の極値はあまり変化せず、落下速度が下方に向けて増加する層
4.観測高度700mから地上:強度、落下速度ともあまり変化のない層
図 7地上で強い降水が観測された時間のドップラー速度とスペクトル強度因子
図 6と同時刻の各高度における反射強度スペクトルを図 7に示す。反射強度スペクトルより降水の雨・雪を考察する。
第1層では反射強度が増加しているもののドップラー速度の増加が見られなかった。したがって、ここでの降水粒子は雪であると考えられる。この層での反射強度の増加は雪粒子の生成・成長によるものと考えられる。なお、観測限界高度3000m付近で大きな反射強度はノイズによるものと考えられる。
第2層の上端の高度から3m/sを超えるドップラー速度に反射強度スペクトルが出現している。したがって、おそらくこの高度から融解が始まったと考えることができる。融解した、粒子は落下速度が大きくなるため、周囲の降水粒子、あるいは雲粒子を付着して成長する。このため、落下速度、反射強度因子とも大きくなる。
第3層ではドップラー速度は大きくなるものの、強度は大きくなっていない。すなわち、個々の粒子の重量は多くなるものの、全体としての降水量は変わっていないと考えられる。したがって、降水粒子間の付着成長によって、単体の粒子の重量が増えるものの、雪水から雨水への変換はおきていないと考えられるので、降水粒子は雨と判断される。
第4層では、各高度でスペクトル速度の極値が8m/s付近であまり変化しないので、降水粒子の構成はすべて雨水と考えられる。
MRRの観測結果からで判定した降水粒子の鉛直分布を図 8右図に示す。同時に強い降水が見られた時刻に対応する気温の鉛直分布として気象庁MSMの12月31日15時の初期値から最も近い格子点(東経139.7度、北緯35.66度)の気温、相対湿度の鉛直分布を示す。
図
8 左図:気温、相対湿度の鉛直分布(2004年12月31日15時 緯度35.66経度139.7)
右図:MRRで判断した降水タイプの分類
図 8左図の気温の鉛直分布より、地上より800hPa 高度までほぼ0℃であり、下層は非常に安定な成層をしていることがわかる。MRRで霙と判断される層(融解層) の上端1900mはMSMによる気温が0℃高度とほぼ対応しており、MRRによる判断が良好であることを示している。また、MSMでは700hPa高度まで相対湿度が100%に近い。MRRは観測限界が2900mであるが、ほぼ観測限界まで降雪粒子の存在を判断しているが、この点でも両者が一致していると考えてよいであろう。
霙の領域(雨・雪の混在領域)については、気温・湿度の分布では判断することができない。たとえば、雪粒子の粒径分布から代表的な粒径の雪粒子が融解中である場合は、霙領域とするなどの工夫が必要である。融解層を含む降水について雪粒子・霙粒子・雨粒子の粒径分布を調査することについては今後の課題である。
東京で、雨と雪が見られた降水について、MRRによるスペクトル強度因子から推測される降水の分類と成長過程を図 9に示す。MRRを用いることで、地上の気温・湿度による判定では誤りがある場合においても、正確に融解の領域を知ることができ、正確に雨雪の判断を行うことができる。さらに、MRRは小型で設置・維持も簡単であるので複数地点に設置することで融解層(雨雪判別線)を空間的に把握できると考える。
図 9降水雲の鉛直構造
数値予報の基礎知識 1995 気象庁編 財団法人気象業務支援センター p.90
Matsuo, T., Y. Sasyo and Y. Sato, 1981: Relationship between types of precipitation on the ground and surface meteorological elements. J. Meteor. Soc. Japan, 59, 462-476.
Martin Löffler-Mang, Michael Kunz and Willi Schmid. 1999: On the Performance of a Low-Cost K-Band Doppler Radar for Quantitative Rain Measurements. Journal of Atmospheric and Oceanic Technology: Vol. 16, No. 3, pp. 379–387.
Peters, G., Fischer, B. & Andersson, T. 2002. Rain observations with a vertically looking Micro Rain Radar (MRR). Boreal Env. Res. 7: 353–362.
Wagner, A., M. Clemens and J. Seltmann 2004 Vertical profile of drop size spectra Proceedings of ERAD (2004): 402–406
[1] 2004年12月よりMSMの微物理過程の結果を予報に利用している。
[2] FMCW frequency module continuous wave 周波数変調連続波の略。通常の気象レーダがパルス波を使い、エコーが返ってくるまでの時間で対象物までの距離を測定するのに対し、周波数の変調によって対象物までの距離を測定している。