以下の資料は,1999年10月02日に行われた「東京大学地理学教室博士論文中間発表会」で筆者が配布した資料−MS Word97形式−をHTML化したものです.原文はA3白黒コピー3枚です.
また,当日用いたOHPについても,HTML化して公開しています.
なお,発表会当日あるいはその後の議論により内容については一部変更があります.また,論文に含めない内容までこの概要では書いてしまっていた等の誤りがありましたが,訂正せずに残してあります.
博士論文中間発表会
1999.10.02.
安形康(東京大学理学系大学院地理学教室・研究生)
agata@iis.u-tokyo.ac.jp日本島河川における低水流出特性は地質に大きく影響され,特に第四紀火山周辺河川においてはいわゆる保水力が極めて大きいことが知られている.しかし,この保水力の大きさは火山毎にも著しく異なる.
河川における結果と呼応するように,日本における大規模な湧泉はそのほとんどが火山山麓に分布することが筆者の調査により明らかになっている.しかし,必ずしも全ての火山がその大きさに見合った量の水を湧出させているとは限らず,むしろ湧出量については火山ごとのばらつきが大きい.
以上のように,第四紀火山の保水力は,平均すれば他の地質の流域に比べて大きいものの,個々の火山についてのその値は火山毎の差が大きい.火山における,このような保水能力の大小を規定する要因を解明することは,わが国のような火山島における河川流出プロセスを解明する上できわめて重要である.
日本の新規成層型火山(A1型火山)について,既存の湧泉データベース(Yamamoto, 1995など)を用いて山体全体からの湧泉湧出量を計算した.また,最も代表的な湧水帯の標高を定め,それより上の部分の山体について,底面積・体積・平均比高を求めた.
まず,湧泉湧出量と火山体の大きさの関係を検討した.火山体の大きさの指標としては底面積・比高・平均高さ・体積を用いた.これらのいずれもが,湧泉湧出量と高い正の相関があるが,底面積との相関が最も高かった.
ここで,上記のように定めた山体に対して,湧泉湧出量を底面積で割った値をその火山における(湧泉の)湧出高と定義し,各火山についてその値を求めた.この値は火山毎に0.1mm/dayから5.1mm/dayまで大きく異なり,火山の保水力を表す指標であると考えられる.また,この値は,前述した火山体の大きさを表す地形量のいずれとも明瞭な関係は見られなかった.また,気候値の関係を検討したところ,両者の間に明確な関係は見られなかった.
湧出高と,鈴木(1965)による侵蝕比との関係を調べたところ,両者の間には高い負の相関がみられた.鈴木(1965)で指摘されているように,侵蝕比の増大は火山体の侵蝕継続時間の増加を意味するので,この結果を言いかえれば,侵蝕を長く受けると湧出高が減少するということになり,湧出高は侵蝕継続時間で一次的には決定されているといえる.
また,同じ火山体(後方羊蹄山)の異なる方角の斜面間で,侵蝕比と山麓湧泉湧出高の関係を検討したところ,侵蝕がより進んだ斜面においては山麓湧泉の湧出高が少ないことが分かった.
ここで,上記の湧泉湧出高減少傾向に沿って,
というステージを定め,その代表的火山を選んだ.これらの火山について,火山地形分類と湧泉位置の関係を検討した.
火山山麓湧泉は,次のいくつかの位置にあることが明らかになった.
上記のS1〜S5の系列において,これらの湧泉タイプの個数および湧水湧出量の割合がどう変化して行くか検討した.その結果,
という変化傾向が明瞭に見られた.すなわち,侵蝕段階の初期においてはL1,L2型のように熔岩流・火砕流から湧く水が多く,それが山体全体における湧泉湧出高の高さを維持しているのに対し,侵蝕が進んで広い熔岩流が開析されると,次第に開析谷谷壁の湧泉が増え,やがてはそれらからの湧出は少量となってしまい,相対的に火山山麓扇状地における湧泉が中心となってくる.
これらの現象が地下水の物理的流動プロセスからみて妥当なものか判断するために,まずMizutani(1974)の侵蝕方程式に対象とする火山斜面を当てはめ,縦断面形に関するパラメタを得た.この結果を用いて,地下水シミュレーションソフトMODFLOWを用いてシミュレーションを行なった(安形注:これはまだです.F1,F2型のように一応フローパスの均質媒体仮定が成り立つとみなせる条件では,ポテンシャル計算で予測される湧泉湧出が行われると期待しています).
さて,熔岩流が開析により分断あるいは消失するとそれらからの湧泉が減るわけだが,その分の水は他の方法で山体から流出することになる.そこで,周辺河川の水収支を検討すると,火山の湧出高が減っても周辺河川の水収支がマイナスになることはなかった.したがって湧泉が減った分の水は,地表水とは関係のない地下深部浸透水となってしまうのではなく,河川流出となる.これがどのような流出形態の水として流出するのか検討するために,周辺河川の日単位ハイドログラフについて,フィルタ分離AR法を用いて流出形態の分離を行った.(安形注:これは結果はまだです.ハイドログラフをみた感じではquickflowというよりはinterflowが増えているように見えますが,まだ断言はできません.)
以上より,成層火山の地形発達と湧泉の位置・湧出量の変化については次のようにまとめられる.
侵蝕初期(富士山,後方羊蹄山東部,岩手山東部)には熔岩流・火砕流の地形がよく残り,その中を流動してくる大量の水がこれらの末端で湧出する大規模湧泉が中心となる.熔岩流末端より下の山麓扇状地で湧く水はあるが,割合としては少ない.
侵蝕がやや進むと(後方羊蹄山北部,寒風山,鳥海山西北部(安形注:おそらくは木曾御岳南部も)),熔岩流が解析された谷の谷壁からも地質境界からの湧泉が見られるようになる.しかしまだ熔岩流末端の湧泉が主流である.山麓扇状地湧泉の割合はまだ少ない.
侵蝕が大きく進むと,熔岩流からの湧泉は少なくなり,同じに山体全体からの湧出高も減少する.この場合は主に火山山麓扇状地からの湧泉(かならずしも地質境界や地形境界から湧出するとは限らない)が中心となる. 以上のように,火山の保水力には侵蝕継続時間,言いかえれば侵蝕度が重要な関係があることが明らかとなった.
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