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MAHASRI (Monsoon Asian Hydro-Atmosphere Scientific Research and Prediction Initiative) Wiki

アジアモンスーン気候の解明に向けて --国際共同研究MAHASRI--

松本 淳: 首都大学東京 都市環境学部/ 海洋研究開発機構 地球環境観測研究センター [Wiki版での注釈: これは2009年1月当時の組織名、同4月からは地球環境変動領域]

日本地球惑星科学連合ニュースレター Vol. 5 No. 1 (2009年1月) ( http://www.jpgu.org/publication/jgl/JGL-Vol5-1.pdf ) 14-16ページ.


私たちが住む日本を含むモンスーンアジア地域には世界人口の約 60%が集中し,人々の生活は, モンスーンの雨がもたらす水資源に大きく依存している.アジアモンスーンは, 広大なユーラシア大陸とその周辺の海洋との相互作用によって形成される.しかし,そもそもアジアにのみ, なぜかくも広大なモンスーン気候が成立するのか? 太陽による季節的な加熱は毎年同じであるのに,なぜモンスーンに大きな年々変動が見られるのか? 地球温暖化などの人為的影響に伴ってアジアモンスーンがどのように変化するのか,あるいはすでに変化しているのか? という問いに,我々は未だに正確な答えを持っていない.これらの疑問に答え,アジアモンスーンの変動機構を解明していくためには,広範囲での気象・水文観測データが必要で,国際プロジェクト研究が不可欠である.ここでは,日本が中心となってアジア各国で現在推進されている,国際共同研究 MAHASRI(Monsoon Asian Hydro-Atmosphere Scientific Research and Prediction Initiative:モンスーンアジア水文気候研究計画)の概要を紹介する.

MAHASRIの目的と科学的課題

MAHASRIは「アジアモンスーンの変動機構理解に基づいた, 数日から季節(1/4 年)までの時間スケールを主に対象とする 水文気象予測システム構築への貢献」 を目的とした国際研究プロジェクトである. 国際的には, WCRP(世界気候研究計画)の中での GEWEX(全球エネルギー・水循環観測計画)傘下の CEOP(統合地球水・エネルギー循環観測プロジェクト)における アジアモンスーンの変動予測のための研究プロジェクトとして正式に承認され, 2006年から10年計画で進められている. 研究対象としている地域は熱帯・ チベット/ヒマラヤ・ 東アジア・ 東北アジアの4領域 (図1)で, ほぼアジアモンスーン地域全体を網羅し, 夏だけでなく冬のモンスーンも対象としている(http://mahasri.cr.chiba-u.ac.jp/ ) .

主要な科学的課題としては,大陸と周辺の海洋との間で季節的に反対になるモンスーン循環の成立・変動に対し, 海および陸と大気との間におけるどのような相互作用が重要なのか? 主に陸を起源とする年および日周期変動と,主に海洋を起源とする季節内・経年変動とは,どのように相互作用 してモンスーンの年々変動を作り出すのか? 大気汚染の進行や土地利用の変化,温室効果ガス増加などの人間活動によって,アジア モンスーン域での水文気候変動はどのような影響を受けているのか? 広大なアジアモンスーン地域の中での地域的なサブシステム間では,どのような水文気候学的特性の違 いや相互影響があるのか? MAHASRI はこれらの課題に答え,アジアモンスーンの成立・変動機構をより深く理解することを目指している.

これらの課題を解くためには,まず観測データがしっかり取られる必要がある. 天気予報を目的とした各国の気象庁に相当する気象機関による大気観測網は,その基礎である. しかし,開発途上国が多いアジアモンスーン地域では,高層観測やレーダ観測など高価で高度な観測は,必ずしも十分 に行われておらず, また降水量や河川流量などの水循環に関係するデータも,観測の時間間隔や空間密度が十分でないうえ, データが公開されていないことが多い. このため,熱帯モンスーン地域で起こる,局地循環と深く関係した豪雨などの現象の解明には,独自の観測網が必要になる.

MAHASRI では,2005 年 2 月の第 3 回地球観測サミットで承認された 全球地球観測システム (GEOSS) 10 年実施計画と連携して, アジアモンスーン域各国における水文・気象観測の整備・改善をはかっている. また GEWEX の中では CEOP と連携して,アジアモンスーン域での観測データを取得し, 統合化して使いやすくしている.さらには後述する総合的な国際特別観測計画 AMY (ア ジアモンスーン年)2007-2012 に貢献し,多様な観測データを取得してモデル研究に活用する. 研究の推進には,総合的なデータベース構築が必要であり,国際的なデータ交換を行い, 得られたデータは順次世界に公開していく.現地観測データに加え, 静止気象衛星,熱帯降雨観測衛星 TRMM などの衛星観測データも利用し,解析および 各種気候モデルを使った研究を行っていく.

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図1.MAHASRIで対象とする4地域の概要.

MAHASRIの立案と実行

1996-2004年度にかけてGAME (GEWEX Asian Monsoon Experiment:アジアモンスーンエネルギー・水循環研究観測計画 http://www.hyarc.nagoya-u.ac.jp/game/ [Wiki版での注釈: http://game.hyarc.nagoya-u.ac.jp/ に移動] が実施され, 国際的にも高い評価を得た(安成,2007). 熱帯域での研究成果は松本(2002)にまとめられている. MAHASRI は GAME 後継の国際プロジェクトとして立案された.

MAHASRI への参加国は,日本・大韓民国・中華人民共和国・モンゴル・ベトナム・ タイ・マレーシア・インドネシア・バングラデシュ・ネパール・インド・アメリカ合衆国 で,国際実行委員が出されている. またこの他,フィリピン・ラオス・カンボジア・ミャンマー・ブルネイ・シンガポール・ブータン・ スリランカ・パキスタンなどの国とも協力を 予定している.

国内では,2006 年 7 月に日本学術会議 環境学委員会の地球惑星科学委員会 IGBP・ WCRP 合同分科会に,MAHASRI 小委員会が 設置され実行体制が作られた.参加組織は, 海洋研究開発機構・気象庁・防災科学技術研究所・農業環境技術研究所・土木研究所・宇宙航空研究開発機構・北海道大学・東北大学・福島大学・筑波大学・東京大学・首都大学東京・千葉大学・富山大学・名古屋大学・京都大学・熊本大学などである.

国内学会では, 樋口ほか(2006)が水文 ・ 水資源学会で紹介し,2008 年度日本気象学会秋季大会では,スペシャル・セッションを 開催した.また日本地球惑星科学連合大会では, 2007 年度以来毎年スペシャルセッションを開催し, 2009 年の大会でもスペシャルセッション「MAHASRI-iLEAPS 連携」を準備中である. 国際学会では,AOGS (アジア・オセアニア地球科学学会)で, 後述する AMY と連携したセッションを毎年開催している.

アジアモンスーン年 AMY

2007 年 3 月の WCRP-JSC (合同科学委員会)とその後数回開催された 国際ワークショップで, アジアモンスーン年 (AMY 2007-2012) を,国際的なモンスーン研究として MAHASRI を含めて組織することになった. AMYの科学目的は,アジアモンスーン変動とその予測可能性をより深く理解してモンスーン予測の改善をはかり,社会 にも貢献することである.大気・海洋・ 陸面の相互作用や種々の時空間スケールでの 諸現象の相互作用解明のほか,エアロゾルのモンスーン水循環への影響にも重点的に 取り組んでいる.集中観測は 2008-2009 年に計画され,中国,インド,アメリカ合衆国 などの 20 を超える国内・国際研究プロジェクトによる集中観測(図2)を組織的に実行 して,これまでにない良質の大気観測データを入手し,アジアモンスーンの理解の深化 と,モデルによる予測改善の資料にする予定である(http://www.wcrp-amy.org/ ).

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図2.AMYで実行が予定されている国際的共同集中観測.地色は主な時期を示す.黄=春 ピンク=初夏 水色=夏 緑=秋 エンジ=冬 朱色=通年

日本からは,文部科学省が中心になって 実施中の地球観測システム構築推進プラン (JEPP)で構築されたインドネシア海大陸 (図3)・ インド洋・インドシナ半島やチベット高原の観測, JICA によるチベット高原の観測, 海洋地球研究船「みらい」を含む海洋研究開発機構の観測(PALAU), モンゴルでの筑波大学などの観測(PRAISE), 東京大学などと中国の共同エアロゾル観測(ARCS-Asia), 東シナ海での名古屋大学などと韓国・台湾の共同気象観測(PHONE), 気象庁とアメリカ合衆国・台湾などとの西太平洋での共同台風観測(TCS08) などが参加している. AMYおよびMAHASRIで日本が中心となって取得するデータは, 文部科学省が推進中のデータ統合解析システムなどと連携して統合的にアーカイブし, 国内外の諸機関からの利用に供する予定である.

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図3a.スマトラ島西岸パダン空港近くに海洋研究開発機構がJEPPで設置したドップラーレーダ他.(海洋研究開発機構地球環境観測研究センター[2009年1月当時] 櫻井南海子氏提供)

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図3b.レーダ反射強度および反射波のドップラーシフトが示す雲内の降水粒子の分布と雲内の風の挙動.(同)

アジアでの共同研究の時代

GAMEでは現地観測経費はほとんど日本が調達したのに対し, AMYやMAHASRIでは中国やインド,マレーシアや タイ・インドネシアなどの東南アジア諸国も, 自国予算で研究プロジェクトを実施している. 観測データの公開を前提とする WCRP傘下の国際研究プロジェクトである MAHASRI や AMY にこれらの研究を組織することで, 初めて広大なアジアにおける多様な気象・水文データの利用が可能になる. このデータを各国の研究者と共同して解析しながらアジアモンスーンの謎を解き明かしていく研究が, アジアでもできる時代になってきたのである. ただし AMY の集中観測は, 準備期間が十分に取れず,既にあった観測計画を束ねることと,観測時期を調整する ことしかできず,統一的な研究課題による計画はできなかった. この点を次の機会には反省し,立案時から連携した計画が望まれる.

また GAME では, 集中観測で得られたデータを取り込んだ GAME 再解析データを 1998 年 4 月-10 月について作成し公開している. AMY 集中観測についても再解析を実施すれば,広域的な良質の大気状態のデータという利益を世界に提供できる. 再解析の実施や使いやすいデータ管理を実現するデータ・センター(群)の構築は,今後の課題である.

アジアモンスーンの成立・変動要因を解明することは,モンスーンの影響下で生きる 我々の社会・文化がいかにして形成されたのか? 我々はこの地でいかに生きていったら良いのか? を解く鍵でもある. アジアモンスーン気候に関するMAHASRIやAMYでの多様な研究成果が期待される.

参考文献

一般向けの関連書籍


Wiki版の補注

Copyright 2009, Jun Matsumoto.

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