地球水文学の領域


数値気候モデル

気候モデルは、気候システムのより深い理解、そして将来の気候予測のために 用いられます。 それは、流体力学の式、熱力学方程式、連続の式、物質の保存則、状態方程式などの 物理法則に基づいてある初期状態から時間積分していくことによって、温度、風速、 水蒸気量などの時間変化を求めるものです。
気候モデルは、大気大循環モデル、海洋大循環モデル、 そして陸面モデル、の主に3つのサブモデルによって構成されており、 それぞれが相互に作用することによって気候システムを再現しています。 そして、それぞれの間の相互作用を理解することは、気候予測に際して 非常に重要であり、その中で当研究室では特に、大気陸面相互作用に関しての 研究が行われています。


水文植生モデルの高度化と東南アジア水田地帯への適用
近年大陸スケールの地表面の乾湿が1ヶ月や2ヶ月といった中期の気象予測や アジアモンスーンの強弱の年々変動などに影響を持つことが数値実験などによっ て指摘されている。これを大気大循環モデル(GCM)で適切に再現、予測するた めには、地表面におけるエネルギー・水収支を計算する陸面植生水文モデル (LSM)の精度を向上させることが必要であるとの認識が高まっている。 SiB2は最新のLSMのひとつであり、植物群落による二酸化炭 素と水の伝達過程を現実的に 表現するための光合成・気孔抵抗スキームが含まれており、植生の季節変化を 考慮するため人工衛星データ(normalized difference vegetation index:NDVI)を 利用していることに特徴がある。さらに、キャノピー及び土壌における水文過程と、 雪面における融雪過程をより現実的に表現している。

ここでは、このSiB2を用いて、アジアモンスーン地域の地表面の熱、水収支を再現 することを考える。

葉面積指数(LAI)に関して、小さい時期(LAI=1)及び大きい時期(LAI=5) について、SiB2による計算を行った。 その結果、LAI=5の時期については算定結果は比較的良好であったが、 LAI=1の時期については、 潜熱(lE)算定値は観測値と比べかなり小さく、顕熱(H)算定値はかなり大きい。 (Fig.1) オリジナルのSiB2では地表面貯留の容量が小さいため、現実には貯留されているはず の水が表面流出として失われるように計算されてしまう。 LAIの小さい時期はエネルギー、水の交換が主に地表面で行われるため、地表面から の蒸発が大きく、わずかな地表面貯留水はすぐに無くなり、土壌表層の乾燥が進むこ とになる。そのため地表面からの蒸発が減少し、潜熱が減少する。
fig.1 スコタイ水田(LAI=1)におけるエネルギー収支の日変化のSiB2算定値と観測値との比較、 W:水体による貯留熱 (1998年8月26日)
Fig.2は、温度算定値と観測値との比較である。 計算では表面貯留水がなく、水体による表面温度変化の抑制効果がないために、地温 が大きく変動している。そのため地中熱フラックス(G)が大きくなっている。 キャノピー温度算定値は、日中は観測値(IRT:赤外放射温度計による表面温度)に 近いが、夕方から明け方にかけてやや小さい。 夜間は熱フラックスがほぼ0であり、算定値と観測値とのずれによる影響はほとんど 見られないが、午前中における算定値の過小評価が潜熱の過小評価、顕熱の過大評価 に対応していると考えられる。 LAI=5の場合がLAI=1の場合と比較してlE、Hのずれが小さいのは、エネルギー、 水の交換が主にキャノピー層で生じ、潜熱全体に占める地表面からの蒸発の割合が小 さくなっているためであると考えられる。 fig.2 スコタイ水田(LAI=5)における各層の温度の日変化のSiB2算定値と観測値との比較、 Tc:キャノピー温度、IRT:赤外放射温度計による地表面温度、 Tw:水体の温度、Tg:土壌表層の温度 (1998年10月27日)
以上より、地表面の影響の大きいLAIが小さい時期に、オリジナルのSiB2では熱フラ ックスの日変化を適切に再現できないことがわかった。 そこでSiB2に水田スキームを組み込み水田対応モデル(SiB2-Pad)を構築した。 まず地表面の水の貯留容量を大きくし、モデルが現実の水の貯留量を再現できるよ うにした。また、貯留水の水深が土壌表層と比べそれ以上の厚さを持つため、 水体の温度を土壌表層の温度から独立した温度とした。水体の温度を導入することで 水体による貯留熱が算定できるようになった。 Fig.3に、に水体の有無による地表面エネルギー収支の違いを模式的に示す。 水体がある場合は、水体によって熱が貯留され、地温でなく水温によって熱フラックスが計算 される。 fig.3 水体の有無による地表面エネルギー収支の違い、Rad: 地表面に入る正味放射-Lw、Lw,lE,H:地表面からの長波放射,潜熱,顕熱、G: 地中熱フラックス、Tw,Tg: 水温,土壌表層の温度
Fig.4は改良モデルによる10月27日(LAI=5)の各層の温度算定値と観測値の比 較である。 算定値では水温と地温の差がやや小さいが、この差のずれは水温算定値の観測値との ずれと関係していることも考えられる。また差のずれが顕著でないことより、上記の モデルをそのまま利用した。
Fig.5は8月26日(LAI=1)における熱フラックス算定値と観測値との比較で あるが、オリジナルのSiB2による算定値(Fig.1)と比べlE、Hが観測値に 近い。またlEが夜間にやや大きなプラスである。
fig.4 スコタイ水田(LAI=5)における各層の温度の日変化のSiB2-Pad算定値と観測値との比較、Tc:キャノピー温度、IRT:赤外放射温度計による地表面温度、Tw:水体の温度、Tg:土壌表層の温度(1998年10月27日
fig.5 スコタイ水田(LAI=1)における各層の温度の日変化のSiB2-Pad算定値と観測値との比較、Tw:水体の温度、Tg:土壌表層の温度 (1998年8月26日)
熱帯水田にSiB2を適用したが、LAIの小さい時期はエネルギー、水の交換が主として 地表面で行われるため、窪地貯留程度の小さな貯水容量しか計算できないオリジナル SiB2では、地面が乾燥し潜熱が過小評価されることがわかった。 水体を考慮したSiB2-Padを開発して適用した結果、潜熱の過小評価が解消され、熱フ ラックス算定値が観測値に近くなった。 また、明け方に潜熱が小さく顕熱が大きく算定される時間が見られた。この時間はキ ャノピー温度算定値が低めであり、それによるずれではないかと考えられる。 水温算定値は観測値と比べやや変動が大きく、絶対値も異なる場合が見られた。それ によって、水体による貯留熱がやや大きく算定された。
またモデルにおいてキャノピー温度が実際より大きく計算された場合、 モデルにおける葉温依存性の効果によって、潜熱が抑制され顕熱が大きくなる結果が みられたが、それを防ぐためには葉温依存性のパラメータを調整する必要があること がわかった。