『水分野におけるこれからの科学技術研究開発推進の方向について』
中間とりまとめ


「チーム水・日本」水科学技術基本計画戦略チーム
2009年8月24日


はじめに

人口や経済の変化、気候変動などを克服し、 安全で安心な水の安定供給を実現・維持し、 水災害を軽減しつつ流域における良好な水循環を確保して 国内外の水の安全保障を担保するには、 水問題解決の実現を目指した政治的意思、政府や自治体の取り組み、 企業やNPO・NGO などの様々な活動や取り組みなどを支える 科学技術の裏づけが不可欠です。

折しも、第三期科学技術基本計画(平成18〜22年度)が中間評価の時期を迎え、 平成21年度は内閣府総合科学技術会議も第四期科学技術基本計画の 構想立案に入ります。 これに対し、「チーム水・日本」として、 水分野における科学技術開発の今後の展開について戦略立案を行い、 関連する政官産学の総意として意思表明していくことが極めて重要であると考え、 平成21年3月に「水科学技術基本計画戦略チーム」を立ち上げました。

このチームは、水関連各府省庁の科学技術担当窓口、 ならびに大学や研究機関などの研究者によって構成し、 10回の研究会合を持ち、最新の水に関わる研究開発動向のレビューや食料、 エネルギー、健康、気候変動など関連分野の専門家を招いた勉強会を開催しました。

この「中間とりまとめ」は、これまでの研究会合での検討に基づいて、 現在までの研究開発による成果の達成度や社会貢献・社会実装、国際的な学術評価、 そして今後の社会ニーズや技術展望などの観点から、 今後展開すべき研究開発施策やその優先度、 あるべき官民学の役割分担をとりまとめたものです。

今後、「水の安全保障戦略機構」ならびに「チーム水・日本」各チームからの助言、 評価を受けるとともに、シンポジウムの開催によって広く国民の意見を伺いつつ、 更なる検討を深め、平成22年1月を目処に、 「水科学技術基本計画戦略チーム」として提言をとりまとめる予定です。

この提言が、内閣府総合科学技術会議などを通して 第四期科学技術基本計画の策定に反映されることを期待します。

なお、本中間とりまとめの内容は、チーム・メンバーの見解であって、 政府としての見解ではなく、また、 政府としての今後の方針を予断するものではありません。


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ご意見・ご質問 お問い合わせ先

東京大学生産技術研究所 教授 沖大幹(taikan [at] iis.u-tokyo.ac.jp)
東京大学工学部 教授 滝沢智(takizawa [at] env.t.u-tokyo.ac.jp)
総合地球環境学研究所 教授 渡邉紹裕(nabe [at] chikyu.ac.jp)
助教 遠藤崇浩(endo [at] chikyu.ac.jp)
(メールアドレスは、[at]を@に変え、前後の空白を空けずに記入ください。)


関連リンク


水科学技術基本計画戦略チーム

チーム・メンバー

(順不同、敬称略)

  • 外務省 国際協力局 地球規模課題総括課(7/26まで多国間協力課): 交渉官 長岡寛介(7/26まで)、企画官 麻妻信一(7/27より)、 課長補佐 西村徹
  • 外務省 国際協力局 地球環境課(7/26まで):首席事務官兼国連専門官 加藤喜久子、課長補佐 佐川昌也、市場裕昭、外務事務官 山本茉希
  • 文部科学省 研究開発局 海洋地球課 地球・環境科学技術推進室: 室長 谷広太、地球観測推進専門官 湯本道明
  • 厚生労働省 健康局 水道課:課長補佐 吉口進朗(7/14まで)、 熊谷和哉(7/15より)、塚田源一郎
  • 農林水産省 農林水産技術会議事務局:研究専門官 長坂善禎
  • 農林水産省 農村振興局 整備部 水資源課:課長補佐 都築慶剛
  • 林野庁 森林整備部 水源地治山企画班:治山課課長補佐 石上公彦
  • 経済産業省 経済産業政策局 地域経済産業グループ 産業施設課: 課長補佐 小宮康則、係員 内山紀美子
  • 国土交通省 土地・水資源局 水資源部:水資源計画課長 矢野久志、 総合水資源管理戦略室長 村井禎美
  • 国土交通省 都市・地域整備局 下水道部 下水道企画課:下水水道技術開発官 石井宏幸
  • 国土交通省 河川局 河川計画課:河川計画調整室長 泊宏、 企画専門官 安原達(7/14まで)、宮本健也(7/15より)、課長補佐 藤田士郎
  • 国土交通省大臣官房付 (河川局 河川環境課):元永秀(7/14まで)
  • 環境省 水・大気環境局 水環境課:課長補佐 西修
  • 内閣府 政策統括官(科学技術政策・イノベーション担当)付 (総合科学技術会議事務局): 参事官 原沢英夫、参事官 廣木謙三、政策調査員 渡部直喜
  • 特定非営利活動法人 日本水フォーラム (チーム水・日本事務局): プロジェクトリーダー 井上智夫、チーフエンジニア 宮亨、チーフ 森田俊彦
  • 国立大学法人 東京大学 生産技術研究所:教授 沖大幹
  • 国立大学法人 東京大学 大学院工学系研究科:教授 滝沢智
  • 国立大学法人 京都大学大学院 工学研究科:准教授 立川康人
  • 国立大学法人 北海道大学大学院 工学研究科:教授 松井佳彦
  • 国立保健医療科学院 水道工学部:部長 秋葉道宏
  • 独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所 農村総合研究部:
  • 地球温暖化対策研究チーム長 増本隆夫
  • 独立行政法人 森林総合研究所:水保全研究室長 坪山良夫
  • 大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所: 教授 渡邉紹裕、助教 遠藤崇浩

  • チーム会合開催経過

    第1回: 3月11日(木) 18〜20時:
    会場:(財)リバーフロント整備センター 

    第2回:4月13日(月) 15〜17時:眞柄泰基 北海道大学名誉教授
    各省施策紹介:文部科学省、厚生労働省、農林水産省、 国土交通省土地・水資源局
    会場:合同庁舎7号館(文部科学省) 16F特別会議室 

    第3回:4月30日(木) 18〜20時:虫明 功臣 東京大学名誉教授
    各省施策紹介:外務省、林野庁、国交省河川局
    会場:合同庁舎2号館(国土交通省) 土地水資源局会議室

    第4回:5月11日(月) 14〜16時:福岡捷二 中央大学教授
    各省施策紹介:経産省、環境省、国交省下水道局
    会場:経済産業省本館 東8会議室

    第5回:6月3日(水) 16〜18時:松井三郎 京都大学名誉教授
    会場:合同庁舎3号館(国土交通省)都市・地域整備局局議室

    第6回:6月 15日(月) 15〜17時:三村信男 茨城大学教授
    会場:合同庁舎5号館(環境省) 第1会議室

    第7回:6月24日(水) 15〜17時:楠田哲也 北九州市立大学教授
    会場:中央合同庁舎第4号館 共用108会議室

    第8回:6月29日(月) 15〜17時:佐藤政良 筑波大学教授
    会場:合同庁舎1号館(農林水産省) 第2特別会議室

    第9回:7月8日(水) 10〜12時:谷岡明彦 東京工業大学教授
    会場:中央合同庁舎第4号館 108会議室

    第10回:7月30日(木) 15〜17時30分 中間取りまとめについて 
    会場:中央合同庁舎第4号館 共用第2特別会議室(内閣府総合科学技術会議)


    「水分野におけるこれからの科学技術研究開発推進の方向について」
    中間とりまとめ 概要

    人口や経済の変動、気候変化などを克服し、 安全で安心な水の安定供給を実現・維持し、 水災害を軽減しつつ流域における良好な水循環を確保して 国内外の水の安全保障を担保するには、 水問題解決の実現を目指した政治的意思、政府や自治体の取り組み、 企業やNPO・NGOなどの様々な活動や取り組みなどを支える科学技術の裏づけが 不可欠である。

    「水科学技術基本計画戦略チーム」はこうした理念の下、平成21年3月、 「チーム水・日本」の一組織として設立された。 その目的は、水分野における科学技術開発の今後の展開について戦略立案を行い、 関連する政官産学の総意として意思表明していくことである。

    既存の水管理施設の老朽化、気候変動に伴う水災害リスクの増大、 微量化学物質などの新たな汚染リスクの出現、 人口減少に伴う地域的水管理機能の低下等、 様々な水関連の課題が現在の日本を取り巻いている。 また、水問題はもはや一国だけの問題ではない。 食料の大半を海外に依存する我が国にとって 他国の水問題は自国の食料安全保障に深く関わっている。 さらに世界を見渡せば、安全な水や基本的な衛生施設へのアクセスは まだまだ不十分であり、 水供給施設の整備と水系感染症対策、環境保健の充実も重要な課題である。 日本には高い品質を誇る国内の水管理、供給、 処理サービスの技術・経験が蓄積されており、 これを海外に展開し、日本の国際貢献をさらに推進していく必要がある。

    こうした課題の解決に向けて、水分野における科学技術の研究開発に 特段の推進が求められる。 気候変動によって激化が懸念される水問題への適切な対処に 不可欠となる水循環変動の観測・監視技術、 様々な行政レベルの適応策の優先度決定の基盤となる温暖化影響評価技術、 良好な水質を保全するための微量化学物質探知技術、 治水や水の安定供給に貢献するための水管理施設整備・補強技術、 ならびに、水の供給から処理に至る先端的な要素技術を 一つのシステムとして統合化する技術、 途上国など現地の状況に応じて適用可能なシステムを構築するメタ技術、 それらの知恵、情報、データを収集、集約し、 知識ベースとして国際的にも利用できる 水情報の統合的プラットフォームの構築などが 今後研究開発を推進すべき技術としてあげられる。

    水の問題は、科学技術の発展と普及、政策と投資によって解決可能である。 先述の諸技術は独立的ではなく、互いに連関する部分も多い。 このため上記の研究開発には、水に関わる府省の連携、産学官の協働、 そしてその基礎となる人材育成が不可欠であり、 これらの点に対する国からの大きな支援が望まれる。 今後、この提言が内閣府総合科学技術会議などを通して 第四期科学技術基本計画の策定に反映されることを期待する。



    「水分野におけるこれからの科学技術研究開発推進の方向について」
    中間とりまとめ 目次

    目次

    1. 状況認識
    2. 水分野における今後の科学技術開発に対する社会からの要請と期待
    3. 重要な研究開発課題
    4. 推進方策


    「水分野におけるこれからの科学技術研究開発推進の方向について」
    中間とりまとめ 本文

    1. 状況認識

    (1) 水分野をめぐる国内外の状況

    水資源・水問題の特徴

    水は循環する資源であり、あらゆる生命の維持、 環境や生態系の保全に不可欠である。地球上には十分な水があって、 上手に使えば持続的に利用可能であるが、地理的・時間的・社会的に偏在しており、 モニタリングや適切な管理の欠如、取水・貯留・供給施設など 社会基盤施設の未整備や老朽化、熟練した人材の欠如などによって、 必要な水を量・質の両面において十分に得られない人々が現在でも多数存在している。 そういう意味では、水の問題は、科学技術の発展と普及、 政策と投資によって解決可能な問題である。

    国際的な水問題

    現在、安全な水にアクセスができない人が世界人口の約7分の1、8億8400万人もいて、 そのうちの半分以上にあたる4億7000万人がアジア地域に、 残りの大半はサハラ以南のアフリカにいるとされる。 また不衛生な水しかないために、毎年180万人の乳幼児が命を落としているという。 さらに、人為的に汚染された水による感染症や中毒、 自然由来の砒素やフッ素に汚染された地下水の長期飲用による健康被害も アジアを中心に報告され、水量の絶対的不足に加えて 水質汚濁の解決も重大な課題となっている。 また、水マネジメントに関わる社会基盤施設が整っている日本をはじめとする 先進国でも、極端な少雨や配分の問題によって渇水被害が頻発しており、 そうした施設の維持管理が不十分であると今後水不足が深刻化するおそれもある。

    一方で、洪水や土砂災害、高潮など水関連の災害は増大しており、 近年では毎年2 億人以上の人々が水関連の自然災害の影響を受け、 年間5 万人以上の人々が水に関連した自然災害で命を落としている。 2007 年には東アジア、東南アジア、南アジア、アフリカ、中南米、 大洋州の広い範囲で洪水被害が生じた。途上国のみならず、 イギリスやアメリカ中部など、先進国も洪水被害に見舞われている。

    人口増加や経済発展により増大する食料需要を満たすのに必要な 農業生産のための水が確保されていないことや分配の問題により、 現在でも世界では8億人以上の飢餓や栄養不足に苦しむ人々がいる。 さらに、2006年のオーストラリアにおける干ばつは例年の6割減、 という大幅な小麦の収穫量減を招き、 それが引き金となった上に投機的資金の食料相場への流入もあって、 小麦に限らず穀物価格の世界的な暴騰を招き、 国によっては国内貧困層が食料を購入できない状況に直面し、 食料輸出規制に踏み切る事態を迎えるなど、大混乱となった。 カロリーベースで食料自給率が約4割の日本では穀物のみならず 食料価格が軒並み高騰し、市民生活に甚大な影響をもたらした。

    水問題をめぐる今後の懸念と気候変動

    また、今後途上国を中心としてさらなる人口の増加と都市への集中、 経済発展に伴う水利用の増大などにより、 世界の水資源取水量は1995年には約3800km3/年だったのに対し、 2025年には4300〜5200km3/年にまで増大すると推計されている。 そうした水需要の半分以上、約6割がアジア域で利用され、さらに、 人間が過剰に取水すれば、湖面面積の減少や、 断流など河川の一部区間に水が流れないといった状況、 水質の悪化などの事態が生じ、森林、耕地、湿地、 沿岸水域など水に関連した環境資源が急速に失われ、 水環境の悪化や生物多様性の喪失などの深刻な影響を招くおそれが強い。

    このように、途上国を中心として現状でも水の量と安全の確保、 質の維持に関わる様々な問題が生じている上に、今後、地球温暖化や、 都市化によって洪水、土砂災害や渇水リスクが増大することが懸念されている。 気候変動は人類の安全保障上の脅威であり、 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次評価報告書に述べられているとおり、 干ばつの頻度と強度の増大とこれに伴う食料需給の逼迫、干ばつに加えて洪水、 土砂災害などの水関連災害に伴う人命や財産・健康の損失、 海面上昇による高潮・塩害リスクの増大や国土の喪失、氷河湖決壊の可能性、 水温上昇に伴う水質悪化、水系生態系の変化など、 気候変動にともなって水循環が変化することなどにより、 先進国、途上国を問わず多くの人々がさらに困窮することが懸念される。 希少となった水の争奪に起因する軋轢は、国際河川流域のみならず複数の州や県、 市町村をまたがる流域、あるいは都市部と農村部の間でも生じ、 人間の安全保障、世界経済の成長を阻害する。

    水問題をめぐる国際的な動向

    2000年9月ニューヨークでの国連ミレニアム・サミットを契機にとりまとめられたミレニアム開発目標(MDGs)にも掲げられているように、安全な水の供給と衛生改善は人間の健康のみならず、子供の教育、ジェンダー平等、貧困撲滅等のMDGs に関わる様々な課題の解決に関係し、人間の安全保障の向上に大きく貢献する。また、貧困層は洪水、土砂災害や渇水等の水に関連した災害に対して脆弱であり、そのことは開発の成果を大きく損なう。水は、土地、食料、生態系、エネルギーとも密接に関連しており、それらとの調和が持続可能な開発の実現には不可欠である。

    2002 年9月の持続可能な開発に関する世界首脳会議(ヨハネスブルグ・サミット)において、ヨハネスブルグ宣言が採択された。そこでは、「貧困削減、生産・消費形態の変更及び経済・社会開発のための天然資源の基盤の保護・管理が持続可能な開発の全般的な目的であり、かつ、不可欠な要件であること」が認められ、「清浄な水、衛生、適切な住居、エネルギー、保健医療、食料安全保障及び生物多様性の保全といった基本的な要件へのアクセスを急速に増加させる」決意が表明され、「世界が、地球を救い人間の開発を促進し世界の繁栄と平和を達成するという共通の決意により団結し、共同で行動すること」が約束された。

    先進8カ国は、ヨハネスブルグでの目標の実施に焦点をあわせ、2003 年7月のG8サミット(エビアン)において、持続可能な開発のための科学技術の役割を確認し、また、「水に関するG8行動計画」が合意された。さらに、2005 年2月にベルギーで開催された第3回地球観測サミットにおいて、全球地球観測システム(GEOSS)10 年実施計画が承認され、「災害、健康、エネルギー、気候、水、気象、生態系、農業、生物多様性の9分野で達成目標を明確にしながら実際の実施にあたる国際調整メカニズム」として地球観測に関する政府間会合(GEO)が設立された。

    2008年7月に北海道洞爺湖で開催されたG8サミットにおいて、G8首脳は、北海道洞爺湖サミット首脳宣言の中で、1)我が国が推進する循環型水資源管理が決定的に重要との認識を共有し、2)エビアン・サミットで合意された「水行動計画」の実施に向けて努力を再活性化するとともに、次回サミットにおいてG8水専門家により準備される進捗報告に基づき、「水行動計画」をレビューする、3)アフリカ及びアジア太平洋地域の水と衛生の問題解決に焦点を当てる、4)国際衛生年である2008年、各国政府に対して衛生施設へのアクセスを優先課題とするよう呼びかける、ことに合意した。これを受けてG8水と衛生に関する専門家会合が設置され、4 回の会合を開催した。一連の会合を通じて、水・衛生分野の現状やG8各国による当該分野での支援状況等を分析するとともに、水と衛生の問題に関してG8首脳が示したコミットメントを強化するための方策について話し合われ、それらを盛り込んだ報告書が2009年7月のラクイラ・サミット(イタリア)に提出された。また、同サミットの首脳宣言には、水と衛生の確保が持続可能な経済成長に不可欠であることが強調され、水と衛生に関するG8とアフリカ諸国とのパートナーシップ強化につき合意した。

    一方日本では、2007 年12 月に「第1回アジア・太平洋水サミット」が大分県別府市で開催され、国家を超えた重要課題として水問題を捉え、開発途上国が、風土、気候、歴史など地域特性に適した方法で解決に向けて努力することについて、日本を始めとする先進国がより積極的な支援を果たすべきであることが話し合われた。 2008年5月には第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)が横浜で開催され、人間の安全保障の確立及び環境・気候変動問題への対処を重点事項として、アフリカ開発の方向性について活発な議論が行われて、保健、農業・食料生産、災害リスクの軽減及び平和と安全といった開発ニーズに対応するために欠かせない資源としての水の重要性、また、水資源の持続可能な利用の促進に不可欠であることが確認された。

    さらに、2009年3月には「水問題解決のための架け橋」を主要テーマとして第5回世界水フォーラムがトルコ・イスタンブールで開催され、水に関するMDGs達成に向けて、また、様々な水問題への対処のため、各主体のさらなる努力を要請する「閣僚声明」が採択された。また、これに合わせてトルコ政府主催で開催された首脳会合では、すべての国に対し、世界の水問題に対応するための地球規模の枠組を形成するための努力に参加することを呼びかけること等を内容とする「水に関するイスタンブール首脳宣言」が採択されている。そしてこの際、ユネスコ人的資源開発日本信託基金に基づいてユネスコ本部科学局が実施している世界水アセスメント計画の第3次世界水開発報告書(World Water Development Report)が公表された。

    国内の状況

    日本も高度成長期を迎えていた1960年代には、ますます伸びる都市用水等の需要を満たすための水資源開発が非常に大きな課題であった。これに対応するため、数多くの貯水池や堰、取水施設などの水資源に関わる社会基盤が整備され、利用可能な水資源量は着実に増大してきた。

    しかし、環境意識の向上、水利用の効率化、減反、そして人口減少などの影響により、日本の水使用量は横ばいからやや減少傾向にある。福岡や沖縄のように現状でもまだ水需給が逼迫しているものの、貯水池整備や海水淡水化施設の導入等により水資源の安定供給体制が整い、渇水の頻度が減少している地域もあるが、四国のように毎年のように水の安定供給が脅かされていながら、今後、ダム等の水資源開発施設を整備する計画がない地域もあり、引き続き平常時と異常時の適切な水運用によって水不足の悪影響を最小限に抑える必要がある。長期的には人口減少による水需要の減少も期待される一方で、地球温暖化により、極端な小雨が生じることが予測されており、積雪量の減少や雪解け時期の早期化等の傾向も強まるものと考えられる。また、近年の財政状況により、維持補修が後回しになり、水道の漏水事故や下水管の破損などが頻発しだす恐れがある。さらに、国や地方自治体の財政難に加えて、いわゆる団塊の世代の大量定年退職を受けて、水関連の研究者、技術者などの人材が不足することも懸念されている。

    河川の水質は、1970年代以来の環境規制の効果があがって全国的に改善しつつあるが、湖沼の水質には改善が顕著には見られない。従来からの生活排水や家畜排せつ物起源の負荷に加えて、コントロールされない面的汚濁源からの栄養塩負荷が増大している可能性や、大気由来の沈着物を起源として硝酸性窒素濃度が高くなっている可能性が指摘されている。世界的にみると、増加する人口を養い、貧困層にも食料を供給して飢餓を軽減するために、化石資源を原料とする窒素質肥料の生産が拡大し、それに伴い、環境への窒素質負荷が増大してきた。また、クリプトスポリジウム等耐塩素性病原微生物や微量化学物質など新たな汚染へのリスク管理も今後取り組む必要のある課題である。

    洪水対策に関しては、当面、目標とする河川の治水計画に対する、実質的な達成度合いを示す整備率は、60%程度というのが実態である。しかも、それは本来設定されている100年や200年に一度の洪水でも溢れない河川を作るという将来的な目標ではなく、大河川で30年や40年に1度程度、中小河川では5年や10年に1度程度生じる可能性のある洪水でも溢れない河川を作るとした当面の目標に対する整備率である。また、近年浸水面積は減少しているが、水害被害額は増大傾向にあり、最近では地下空間、自動車、断熱材などの浸水被害が顕在化している。人的被害における高齢者の割合も目立っている。

    しかも、過去30年の記録からは極端に強い短時間降水量の回数が増加傾向にあり、数値シミュレーションの結果などによると、地球温暖化によって、同じピーク流量の洪水はその頻度が2倍から3倍に増えることが懸念されており、気候変動に適応していくことが重要になっている。

    そういう意味では、都市化や人口の集中、土地利用の改変や水害リスクの高い土地への居住の拡大などが一段落した日本においては、将来の懸念をもたらす変化要因として気候変動の位置づけが相対的に重要になっていると考えられる。

    世界の水問題解決に対する日本の動向

    日本は水と衛生分野で二国間ドナーの約4割を占める援助を実施し、1990年代からトップドナーとして、世界の水問題の解決に積極的に貢献してきている。政府は2006年、「水と衛生に関する拡大パートナーシップ・イニシアティブ(WASABI)」を発表し、水と衛生分野への一層の積極的な関与を内外に表明しつつ、我が国の経験、知見や技術を活かし、ソフト・ハード両面での包括的な支援を実施している。また、国連事務総長「水と衛生に関する諮問委員会」初代議長を故橋本元首相が務め、2007年11月からは皇太子殿下が名誉総裁を務められるなど、積極的に水分野の国際的な枠組みをリードしている。

    従来は環境問題、人間安全保障の問題として取り上げられることの多かった水問題であるが、途上国における人口増加、都市への集中、経済発展に伴い、生活用水、工業用水、農業用水のいずれも需要がしばらくは増大することが明白であり、また、そうした需要増に応えるべく欧米企業が水管理に関連したビジネスをアジアの途上国でも拡大していることから、日本でも、環境保全、国際貢献と経済の両立をにらんだいわゆる海外水ビジネスへの関心が高まり、それを支える科学技術にも注目が集まっている。しかしながら、2025年には100兆円規模になると推計される水供給ビジネスのうち、膜等のコア技術の売り上げが占めるのはわずか1兆円であり、たとえその世界シェアの7割を握っていても、水ビジネス全体を主導することはできず、個々の要素技術を統合してシステム化し、実用に供するメタ技術の開発が喫緊の課題となっている。

    こうした動向は政治をも動かし、元首相・日本水フォーラム会長の森喜朗衆議院議員を最高顧問、中川昭一衆議院議員を会長とする自由民主党の特命委員会「水の安全保障研究会」は2008年7月に水の安全保障に関する最終報告をとりまとめた。報告は水分野での国際貢献がわが国の安全保障につながり、平和協力国家としての使命であると強調し、政治主導で機動的に政策を実現するための「水の安全保障戦略機構」の設立や、産官学の技術と叡智を結集した「チーム水・日本」の結成などを具体的な施策として掲げている。

    これに対し民主党も伴野豊衆議院議員を座長、ツルネン・マルテイ参議院議員を副座長として2008年9月に「水政策プロジェクトチーム」を発足させたが、対立軸にするのではなく、水に関しては協調する方向でやっていきたい、という意向を示している。

    こうした政治的な流れを受けて、日本企業が海外でいわゆる水ビジネスを展開していく活動のバックアップや水を通じた途上国支援などの国際貢献の推進、あるいは先端的な水処理を実現する「膜」の開発や適切な水マネジメントに不可欠な水循環モニタリングを宇宙からの地球観測により実現する技術開発、水分野における気候変動への適応策や農業生産・食の安全保障と一体となった施策などが各府省から2009年度予算として計上され、補正予算などを合わせると2兆円規模にのぼった。

    民間でも水循環システム運営事業の海外展開のための基盤確立を目的として商社、建設、電機、プラント、素材などの民間企業も合同で海外水循環システム協議会を2009年1月に立ち上げた。こうした動きを受け、海外での水ビジネス展開が2009年にはいよいよ本格化すると期待されている

    国内の水管理、供給、処理サービスの高い品質を考えると、日本は要素技術では先端的であるが統合化技術では欧米に遅れをとっているという通説が必ずしも正しくないと判断される。むしろ、日本の水分野では従来「官」が統合化技術を独占してきたため、民間に経験の蓄積が十分ないからと考えるべきである。すなわち、水分野で海外事業に乗り出す際には、官において統合化に長年携わってきた技術者の参画を得ることがぜひとも必要だと考えられ、これまで官が独占してきた水分野の統合技術を、官民で共有し、国内外の問題解決に役立てていくことが必要だと考えられる。

    (2) 第三期科学技術基本計画期間におけるこれまでの水分野の研究開発とその成果

    平成18年3月22日、第53回総合科学技術会議において分野別推進戦略が決定され、第三期科学技術基本計画における重点推進4分野(ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテク・材料)及び推進4分野(エネルギー、ものづくり技術、社会基盤、フロンティア)における推進戦略が定められた。その後の平成21年6月19日には、第82回総合科学技術会議において、計画期間の3年目を迎えた第三期科学技術基本計画のフォローアップに関する報告がなされた。また、それに先立つ平成21年5月27日に開催された第13回基本政策推進専門調査会では、分野別推進戦略に関する、より詳細な報告がなされている。本節では、この報告に沿って、第三期科学技術基本計画期間における水分野のこれまでの研究開発とその成果の概要を紹介する。なお、以降の斜体部分は、第13回基本政策専門調査会資料1−3「分野別推進戦略」中間フォローアップについて(案)の環境分野及び社会基盤分野からの抜粋である。

    (3) 水分野の科学技術の特徴

    水分野の科学技術の特徴は、その適用対象が巨大な複雑系である点に求められる。それは利水あるいは治水が、ダムなどの施設はもちろんのこと、その外部にある気象、生態系といった自然要因、さらには人口、土地利用、国土管理といった社会要因からも影響を受けることを意味する。水分野においては局所最適解の和が全体最適解ではないことがしばしばあるため、全体を俯瞰して捉え、各要素が一体となって機能を果たすシステム的な取扱いが必要となる。だが現状では多くの学問分野がそれぞれ異なる方法論で水問題に取り組んでおり、今後互いの分野の横断的な情報共有や相互調整を検討していく必要がある。

    また水分野の科学技術は公共性が高く、かつ地域的かつ歴史的な経験の積み重ねから大きな影響を受けるといった特徴をもつ。さらにその進展をみると要素技術を民が開発し、統合化は官が行ってきた側面がある。これらを踏まえると、水分野の施策と研究開発とが一体となった取り組みが、分野を横断する相互理解の契機となり得る。

    水科学技術は一見、華やかさがないように思われることがあるが、未知の可能性を秘めた分野であり、その公共性の高さゆえに社会にとって極めて重要なものである。今後、基本的な水関連サービスの品質管理、安価供給など社会的なニーズが高くてやらねばならない技術開発はもちろん、国際社会への貢献という点を考えると、日本に優位性がありかつ死守すべき水関連技術を洗い出し、その向上と普及を図ることが必要不可欠である。

    (4) 今後の展望

    海外では、人口増加と都市への集中、経済発展や生活レベルの向上、資産の集中を主要因とする水需要増大や洪水リスク増大が課題であり、国内に関しては税収不足、担い手の減少に伴って、徐々に老朽化していく現状の水資源管理・供給・処理施設をいかに維持管理更新していくか、といった点が大きな問題になることが想定されている。

    さらに気候変動による水循環の変化は、過去の平均的な気候、平均的な変動幅に合わせて準備、対応がなされてきた水マネジメント手法にそれなりの変革を強いるものであり、長期的な視野に立った適応策の立案、実施が不可欠である。温度上昇に伴う氷河の融解、融雪時期の早期化、低水流量の減少などは、水を必要とする時期に利用可能な水資源量を減らす可能性が高い。海面水位の上昇は海岸付近の表流水や地下水への塩水浸入のポテンシャルを高める。豪雨頻度の増大は洪水リスクを高めるばかりではなく、濁水による水道取水制限の頻度を増し、降雨間隔の増大は渇水リスクを高めることも危惧される。これらの課題に対しては、ダムなどに代表される水管理施設の開発促進と自然環境の保護とのバランス、公共投資に対する社会の意識・態度の変化、豊かな水環境や安全な国土への期待等を考慮し、施設による適応策と施設によらない適応策のベストミックスを探る必要がある。

    世界的な石油産出量が頭打ちになる中、日本では脱石油としてエネルギー転換が進んでいるが、それでもエネルギー価格は長期的には上昇していくことが見込まれる。上下水道で日本全体の電力使用量の1.4%を占めるなど、現状の水管理、供給、処理には大量のエネルギーが使用されている。持続的な水供給・処理サービスの継続を考えると、より少ないエネルギー消費量で同等のサービスを確保する技術が必要であり、これはまた、気候変動の緩和にも資する。

    エネルギーと同様、食料価格も短期的な上下を繰り返しつつ、長期的には相対的に上昇傾向にあると見通されている。一人当たりの耕作可能な土地面積の制約から、海外からの食料輸入に一部は頼らざるを得ない日本としては、自給率を高めると共に、水などが制約となって食料生産性があがっていない地域への支援などを通じて世界的な食料増産に貢献し、世界の食料安全保障と国民の食料供給を確保するといった取り組みが必要になるだろう。そうした際には、国内における都市と農村を含めた流域の総合的・統合的管理技術や、農村地域での水管理システムの再構築で培った技術が海外でも生きるようにすることが大事である。

    さらに、安全な飲料水、適切な衛生施設へのアクセスに依然として多大な困難を抱えている途上国において、水・衛生の問題は、教育、保健、防災等多くの開発課題に影響を与える横断的な課題であり、引き続き、日本の途上国支援の重要な柱となるべきである。その際、国内で発展してきた優れた技術(ハード)と知識・知見(ソフト)を途上国支援に創造的・積極的に活用できるように、産官学が共同して取り組んでいくことが重要である。

    2. 水分野における今後の科学技術に対する社会からの要請と期待

    (1) 気候変動に伴う水災害リスク増大への適応策を支える科学技術

    気候変動や温暖化に対しては重点的な科学技術予算も投入されてきたが、今後は緩和策に加えて適応策の検討が重要になってくる。そこでは、影響・リスクの将来予測、脆弱な地域の検出、温暖化の危険なレベルの見極め等に加えて、主要な対策の検討や政策化に多くの研究予算配分を行う必要がある。温暖化影響総合予測プロジェクトによれば、日本における温暖化に伴う追加被害額は17兆円と試算され、そのうち洪水被害が8兆円、斜面崩壊による被害が1兆円、高潮被害が7兆円を占め、それらに対する対応策の検討が課題である。すなわち、地球温暖化に伴う気候変動によって、極端な大雨の頻度や強い台風の頻度が増加して、洪水や土砂災害、高潮などの被害の増大が懸念されるなかで、流域の水災害リスクを的確に評価し、それを確実に低下させるための技術の確立と、水災害に対する防御体制の信頼性の飛躍的な向上が求められている。

    一方、将来の温暖化に対して、水関連リスク評価が必要で、特に両極端現象、すなわち洪水、渇水、さらにその結果引き起こされる土砂災害、水質汚濁など水災害に適応した強靭な社会(水災害適応型社会)の構築が必要である。加えて、水に関する適応策を着実に進めるためには、必要な国際的体制の検討が重要になってくる。

    適応策の実施にあたっては、地域の実情や歴史的経緯、さらには個々の地域の持つ多様性に配慮しつつ流域全体を俯瞰した、総合的な治水対策ならびに土砂災害対策検討が必要になる。さらには、中小河川や下水道等都市排水施設における局地的豪雨対策、河道閉塞対策、高波災害対策、ユビキタス情報技術の有効利用が重要である。従って、適応策には、これまで行ってきた施策をさらに強化し、洪水防御施設や都市排水施設といったハード対策技術、および、洪水予警報システムやハザードマップをはじめとするソフト対策技術を総合的に強化する技術支援が重要になってくる。

    (2) 食料安全保障の確保にも資する水マネジメントの実現

    自然のままの状態では水資源の変動は大きく、年によっては十分な水が得られないために食料生産が大きく落ち込むといった事態が生じる。過去何世紀にもわたる農業用水を得るための先人の努力の積み重ねのおかげで、現在の日本では日照りに不作なし、といわれるまでになっているが、食料の安全保障を確保するには、安定した農業用水を確保することが不可欠である。あわせて健全な農業・農村の営みにより、水と生態系のネットワークが構築されており、農業と生物多様性の調和のさらなる推進が必要である。そこでは、水と生物資源(食料生産を含む)、さらにはエネルギーとの相互関係を明らかにして、新たな視点に立った水マネジメントの確立が望まれる。さらには、リンなどの資源の枯渇防止対策に資する循環利用技術の開発促進も重要である。

    これまでの陸上域だけを対象とした流域管理の観点から、対象域をさらに拡大し、沿岸域の生物生息環境の回復を目指した広域的な流出域・河川・湖沼・沿岸域の機能が確保された社会の構築を行うことが必要となってきている。

    ただし、流域単位で水がどれだけ土地に供給され、どこを通って海に戻るのかを定量的に捉え、日本の水資源を整理し直す必要があるのかもしれない。そこでは、日本での食料生産能力の戦略的維持が必要であり、水田はその中核となることは明らかである。モンスーンアジアに代表されるように、水があれば食料生産の観点からは水田が有利であり、加えて、生産だけではなく洪水防止や地下水涵養等の多様な機能・能力を発揮しうる水田および農業用排水路は国民の財産と考えるべきである。

    (3)科学技術が支える健康で安全・安心・健全な水循環社会の構築

    流域全体を視野に入れた新技術の積極的な活用によって、効率的で高機能な水循環社会を構築することが求められている。

    最近、日常的に家庭や職場などで使用される医薬品、パーソナルケア製品(化粧品、除虫剤)といった微量化学物質及びウイルス、クリプトスポリジウム等の人畜由来の病原微生物による水環境の汚染など、健康に直接関わる様々な問題が強く懸念されるようになっている。このため、微量化学物質や人畜由来の病原微生物による汚染がもたらす健康影響リスクを同定することと、それらを削減するための規制や技術的対応の効果を最大限に発揮させるための施策を展開する必要がある。

    さらに、水資源管理や利水施設などいわゆる水インフラについて、長寿命化のための技術の開発と耐震性の強化が差し迫った課題となっている。また流域における健全な水循環の確保のためには、水源林の持続可能な管理、とくに荒廃地の復旧による森林の水源涵養機能の高度な発揮が求められる。

    (4) 途上国の能力構築・組織強化支援に資する科学技術

    開発途上国を中心として、安全な水にアクセスできない人は現在、世界で9億人近くおり、また、基礎的な衛生施設を継続して利用できない人は25億人にも達している。経済発展と公衆衛生の確保をほぼ成し遂げたわが国の技術力と経験によって、途上国の安全な飲み水の確保や適切な衛生施設の確保に向けて、地域ニーズに応じた支援を引き続き積極的に行う必要がある。また、農業が国の重要産業である場合も多く、安定した収入、最低レベルの食料自給を達成するためにも、農業用水の整備へ向けた支援が不可欠である。これらにあたっては、いわゆる開発と適応とのコベネフィット型の協力にとどまらず、開発と防災とのコベネフィット型、あるいは開発、適応、防災のトリ-ベネフィット型の支援を実施することが望ましい。同時に、民間企業や地方自治体関係者が維持管理や事業運営分野で積極的な国際展開を行えるよう、制約要因の除去と政府による奨励策とを検討していく必要がある。

    (5) 多様な水情報を収集し合意形成や政策立案を支援する情報基盤の構築

    水は、生命に必須の要素であり、生活・生産の基本的な要件である。従って、安心で安全な社会、豊かで持続的な社会、さらに地球温暖化に伴う気候変動などの条件に対応できる社会を形成するためには、その基礎として、信頼性の高い水の情報が過不足無く収集され、かつ利用可能な形で記録される必要がある。それは単に水の量や質の情報だけでなく、水に係わりのある生物・生態系、景観、文化、宗教までを含む様々な水の利用に関する情報を含む多面的で総合的な情報が求められる。

    水に関わる情報は、これまで個々の利水セクターや機関ごとに収集・整備されてきたが、今後は様々な情報が相互に有効に活用できる統合的なプラットフォームの構築が求められる。水災害や利水に関するそれぞれの地域の実情や特性を踏まえて、情報の共有化を効率的かつ円滑に進めるための情報工学に立脚した社会工学的な技術開発が必要である。

    こうした情報は、様々な意志決定者・政策決定者が実際に活用できる状態に整備する必要がある。特に、衛星を活用した「地球観測時代の到来」を鑑み、多量の地球規模情報を有効に活用するための研究開発と、関係者の理解のもと実際の利用体制の拡充が必要である。

    3. 重要な研究開発課題

    (1) 気候変動に向けた新たな観測技術の開発

    地球温暖化に対応するためには、緩和策と共に適応策が重要である。適切な適応策を講じるためには、気候変動が水循環に及ぼす影響を、グローバルにかつ詳細に把握する必要がある。

    地球温暖化の水循環への影響は、豪雨の発生頻度や強度の増大として発現する可能性が指摘されており、水災害の発生頻度の増大や深刻化が懸念される。水災害に対する適応策を立案するためには、国土構造や社会の脆弱性を示した水災害リスクを、洪水や渇水、土砂災害、水質汚濁など、タイプの異なる水災害に応じて、総合的かつ流域全体や市町村など様々なレベルで評価する手法を確立し、適切な対策の選定に役立てることが重要である。

    そのためには、水循環のみならず生態系も対象とした観測技術を確立し、グローバルな水循環・水資源・水災害のモニタリングを高い時間空間解像度で実現することが重要である。流域の土地利用や植生状況に加え、平常時及び洪水時の降雨、河川への流出、河川の流水、河床変動、土砂移動、氾濫流の挙動や、被災時の状況などを的確にモニタリングする観測技術が必須となる。更に、水災害による被害を最小限に抑えるためには、豪雨・洪水・氾濫・浸水水のリアルタイム観測・監視を実施し、それらの情報を的確に提供して減災に結び付ける必要がある。

    (2) 安全・安心な水管理・水供給・水処理に向けた流域管理技術の高度化

    気候変動に伴う外力の増大により、水災害リスクが高まることが想定されることから、水災害リスクに対するための水管理技術の一層の高度化が必要となる。新たな施設整備に当たっては、徹底したコスト縮減を図るとともに、外力の変化を念頭に置き、過度のコスト増大とならない範囲で、設計上の工夫や技術開発を出来る限り行うことが求められる。気候変動による災害リスク増大への対応が不可欠となるダム、堤防等の治水施設においては、その信頼性向上にむけて、既存施設の安全度・劣化を診断、補修の必要性を判断する技術、補修や管更生工法等の施設の長寿命化に向けた予防保全的な管理、耐震化を促進するための処方箋や手術を行なう技術、これらを含む総合的な技術開発が求められている。そのことにより、既存施設の長寿命化を図り、さらにはダムの再開発や堤防の嵩上げ等が可能となる。さらに、これまで蓄積されてきた施設のストックを活かし、現在の技術や新たな技術を用いて、施設の改良、再生、運用の高度化、複数の施設の再編などにより、既存施設の能力をできるだけ幅広く引き出すことがコストや早期効果発現の面で極めて有効である。さらに、災害の危険性の高い地域において、災害リスクを示すことにより被害の軽減に向けた土地利用を誘導する技術や、CO2削減効果の高い住宅と大規模調整池を一体として整備する低炭素型及び水災害適応型のまちづくりの技術、雨水の貯留・浸透・流出抑制のための施設配置を進めるなど地域づくりと一体となった対策技術を進めることも重要である。被災時において氾濫域等の氾濫流や排水の対策技術、多様かつ迅速な災害関連情報の伝達技術、人命救助に係るロボット技術や被災地復興に係るロボット技術等の危機管理対応を中心とした技術の高度化も推進すべきである。

    水質安全性の評価に関して、水に含まれる有害物質種とその組み合わせは膨大なものとなることからそれらを極微量濃度領域で一斉定量化学分析する新たな水質計測器の開発が望まれている。さらに総括的に水質安全性を評価するバイオセンサーやトキシコゲノミクスや、遺伝子解析技術を利用した水系病原体の探知・定量技術、水に含まれる有害物質、あるいは水や農作物・食品を経由して摂取される有害物質の暴露量評価は着実に推進すべきである。さらに未知の汚染物質や水系病原体に関する課題を提起し評価するための体制作りが、循環型水資源管理のために求められている。

    気候変動への適応策として、地表水と地下水といった水資源変動の時間スケールの異なる水資源を効率よく組み合わせることが求められる中で、地下水の保全と有効利用に関する技術の開発、さらには水道の水量確保、水質管理も含めた総合水資源管理技術の開発を行う必要がある。水供給や下水の輸送コスト低減化を推進し、質と量、さらには位置エネルギーからみた既存施設の徹底した活用、および流域圏内の生態系保全と貴重種保全技術へ向けてのアプローチを強化する必要がある。さらに、既存施設の安全度・劣化を診断、補修の必要性を判断する技術、補修や管更生工法等の施設の長寿命化を支える技術、耐震化を促進するための手順策定や実際に導入する技術が求められている。また、施設整備に伴う環境影響を最小化する緩和技術が求められる一方、水生外来種による水利用施設への影響に関する研究も重要である。研究開発にあたっては日本向け先端分析・検出技術と途上国向け適正分析・検出技術の区分けや、さらに海外においては原水水質などの環境条件が日本とは異なるため多様な適用性を有する浄水技術の開発が求められる。 

    窒素汚染に関係する研究分野は、大変広範だが、基礎(植物や土壌細菌、水産などへの影響)と応用(対策技術、水道分野における脱窒素、野菜への硝酸塩の蓄積を制御する方法、窒素循環を促進する有機農業の研究など)の両方で、息の長い研究が必要といえる。

    (3) 水災害リスク軽減に向けたシミュレーション技術・予測技術の精緻化

    温暖化による水災害リスクを軽減するためには、地球温暖化の予測技術とともに、温暖化による影響を評価するシミュレーション技術・予測技術を精緻化し、市町村レベルでの適応策の立案に資する推計情報を提供することが必須となる。具体的には、温室効果ガスの排出⇒温室効果ガスの濃度変化⇒気温・降水量などの外力の変化⇒水災害・水資源・水質・健康・農地・水利用・森林や沿岸などの国土環境に対する温暖化の影響といった一連の推計結果を、市町村レベルでの水災害対策技術の向上に供するように、シミュレーション技術・予測技術の精緻化を図る必要がある。また、影響評価の不確実性を定量化し、不確実性を逓減させるための技術開発が重要である。

    温暖化による影響予測結果を流域全体や市町村など様々なレベルでの適応策の策定に結びつけるためには、特に、温暖化による外力の変化をもとに、洪水・浸水、渇水、土砂災害、水質汚濁などによる水災害リスクを流域全体や市町村など様々なレベルで評価し、被害額や被災者数など様々な指標で推計するシミュレーション技術を確立し、適切な適応策の選択に役立てる必要がある。そのためには、外力のダウンスケーリング技術を精緻化するとともに、大河川だけでなく中小河川や下水道等都市排水施設をも解像できるスケールでの詳細かつ総合的な水管理シミュレーション技術を獲得する必要がある。水管理シミュレーション技術としては、自然現象による水循環のシミュレーション技術、土砂や汚染物質等の物質循環のシミュレーション技術、治水・利水施設や農地での水利用等の人間による水管理のシミュレーション技術があり、これらの要素シミュレーション技術を共有化し相互に結合して高度な水管理シミュレーションを実現する共通プラットフォームを開発する必要がある。こうした総合的な水管理シミュレーション技術を応用して、モンスーンアジア域特有の水田による洪水低減機能や水管理機能を導入した水管理シミュレーション技術を開発するとともに、収量や価格までを推定する水−食料シミュレーションシステムに展開させる必要がある。

    また、水災害による被害を最小限に抑えるために、豪雨・洪水・浸水・土砂災害のリアルタイムでの予測技術を精緻化し、予測情報を的確に提供して減災に結び付ける必要がある。開発途上国では水文情報が乏しいために水災害への対応が遅れがちであり、衛星からの降雨観測技術や洪水氾濫域特定技術の向上などをあわせて行う必要がある。

    (4) 健全な水循環社会に向けた水処理技術の向上

    高度な水質変換を目指した先端技術として、水処理膜分離層の高機能化による透過性の向上、膜ファウリング(沈着・目詰まり)物質や膜では分離困難な物質の前・後処理技術、ファウリング初期の検知と回避、膜分離活性汚泥法(MBR)による微生物と膜処理の組合せ利用の高度水処理、これらを統合し処理システム技術の高度化を推進することが必要である。先進材料技術としては分離膜、吸着材、高分子凝集剤、触媒、チタニアやナノ炭素繊維などの新規水処理用材料の導入可能性の向上に向けて基礎・応用研究を推進するとともに、適用性を見極めつつ順浸透膜分離や浸透圧発電やそれらに続く新技術開発も推進すべきである。水処理技術の国内外への展開を推進するためには、多様な水質の処理技術とその省エネ化・低コスト化を目標に、良質な原水から汚染が進んだ原水までを適正に処理する技術体系、およびそれらの自動化を可能とする先端水質測定機器の開発、渇水リスクの軽減と循環型水資源利用のための再利用技術の開発を推進することが重要である。下・排水からのリン(リン酸化合物)の回収技術やレアメタルの回収技術、エネルギー回収技術の開発も一層推進すべきである。また、既存の上下水処理施設の改築への適用技術、下水の収集段階で下水管から下水を取り込んで処理を行うサテライト処理への適用、過疎による低人口密度地域の水利用、分離分散型の水利用におけるし尿分離トイレなど様々な水利用の場を想定した技術開発を行うことも重要である。

    (5) 我が国が比較優位にある水関連科学技術を活用した積極的な開発途上国支援

    既存及び先端的な水処理技術における懸念事項として、水の供給や収集に多くのエネルギーを費やしていることが挙げられる。気候変動の緩和に貢献するためには、水関連のサービスにおいて、エネルギー消費量の削減を図るとともに、高いサービス水準を維持する方策を考案する必要がある。また、土地利用などの地域づくりと一体となった気候変動適応策を実現するため、地域の合意形成に必要なリスク評価技術の基盤提供を行うとともに、工学的技術と政策技術の連携が必要である。そのための情報基盤の整備は重要であり、Socio-hydro informaticsによるソフトウエアと階層化されたデータベースとして、気象、水文などと一体化した、地理情報、社会・経済活動のデータベースを構築する。また、気候変動の影響を受けやすいと考えられる開発途上国を対象とする気候変動アセスメントを積極的に支援する必要がある。

    気候変動に伴う洪水頻度増加への適応策として、影響評価技術、既存施設の長寿命化技術、洪水予測技術、地下放水路や地下洪水調節施設の構築技術、緊急排水ポンプ車などによる水防技術等、わが国が得意とする水被害軽減技術を国際的に発信し、海外の支援に活用することが重要である。さらに、携帯電話やインターネットの普及に即した、多様で迅速な水災害情報の伝達技術も開発が必要である。 

    水資源の持続可能な利用を促進するためには、循環型水資源管理の実現をサポートする技術を開発する必要がある。例えば、現在、世界の多くの国や地域で、水不足を補う目的で再生可能でない化石地下水が大量に揚水されている。これらの国や地域では、化石地下水の利用を段階的に抑制し、代替水源の開発と利用を進めることが重要である。下水からの再利用水は代替水源として有望であり、我が国には、下水の再利用の技術と経験があり、今後は、これらの技術を海外にも適用することが重要である。なお、その際には、現在、個別の物質の毒性や発がん性に基づいて定められている水質基準に対して、環境水や下水処理水の総合的な毒性を評価できるような手法を開発する必要がある。

    さらに、我が国の水関連サービス事業が海外においても活躍するためには、それぞれの国や地域に応じて経済的に実現可能な水関連サービスの充実に向け、ニーズを的確に把握することが重要であり、そのために必要な調査の実施や支援ツールの充実が必要である。それと同時に、我が国の水と衛生分野の技術カタログをそろえ、我が国が持つ水と衛生分野における技術を英文、またはその他の主要な言語でカタログ化し、必要かつ適切な技術を分かりやすく合理的に選べるようにすることが重要である。

    4. 推進方策

    (1) 国が率先して先行的に推進すべき課題

    気候変動への適応策と緩和策のベストミックスを目指し、地球規模から地域規模の水環境の革新的なモニタリング技術、人間活動も考慮した次世代型統合水循環・水資源モデルによるシミュレーション技術、膜をはじめとする先端的技術による水処理技術、情報通信技術や伝統的ものづくり技術などを適切に組み合わせて国内や途上国など現地の状況に応じて適用可能なシステムを構築するメタ技術、それらの知恵、情報、データを収集、集約し、知識ベースとして国際的にも利用できる情報システムとして統合する技術などを、水に関わる府省連携、学際的な官民学の協働として出口を見据えつつ一体として実施するような大規模課題、あるいは課題群の緊急の推進が必要である。この研究プロジェクトによって、気候変動・資源逼迫に対応する緩和・適応技術の開発・普及が促進され、安定した水供給、食料の安全保障、安全・安心な国土などを確保し、国際貢献に資する水分野の科学技術や水ビジネスの振興の喫緊の実現、農村の振興につながることが期待される。

    (2)府省連携により推進すべき研究開発課題

    水には、さまざまな側面があり、いろいろな役割を有していることはいうまでもない。現在の水に関わる問題も、こうしたさまざまな側面や役割のトレード・オフの関係が複雑に絡んでいることを考えると、府省が緊密に連携して、情報や成果を共有しながら総合的に取り組むべきものが多い。そのうち、以下のものはとくに早急に推進すべき課題と考えられる。

    (3)産学官連携型で推進すべき課題

    水に関する技術を実際に適用するためには、当該地域の社会経済や国民文化に配慮した適切な技術を選択し、また、水問題を総合的に捉えて適宜軌道修正を加えながら解決していく知見を蓄積することが重要である。とくに、海外において上下水道などのサービスを提供するためには、要素技術だけでなく、日本においてはこれまで官が独占してきた事業運営に関する経験や知見を民に技術移転する必要がある。これには、そうした知見を持った地方自治体などの人材を民が有効活用し、システムの統合や事業運営・管理まで含めた全体的な水ビジネスの展開を目指す必要がある。また、行政、産業、大学が開発している水に関する技術には共通点や補完的な関係にある技術が多い。これらの技術開発の情報を共有するとともに、開発した技術の利用を促進するため、組織的な連携が必要である。さらに、府省間の連携と並んで、それぞれの府省が最も得意とする水技術や水管理の手法をもとに、国際的なビジネス展開を支援することが重要である。

    (4) 人材育成に関する課題

    今後、水に関する科学技術の向上には、府省の連携、官と民の協働、官と研究機関の協力など、様々な活動主体の相互交流を密にしていく必要があるが、その全ての基礎になるのが人材の育成である。現在、日本ではいわゆる団塊の世代の大量定年退職を受けて、水関連の研究者、技術者などの人材不足が懸念されている。日本の水管理、供給、処理サービスには高い技術が蓄積されているが、それらは経験の積み重ねと次世代への伝達を通じて初めて維持されるものである。この意味で人材育成をないがしろにすることは、国内において大きな社会的損失につながるだけでなく、高い技術を背景とした日本の国際貢献の芽を摘む恐れがある。こうした事態を回避するため、初等教育における環境教育プログラムの充実、環境ボランティア団体への助成増強、社会人の大学および大学院入学の促進、官庁・民間企業・研究機関の間の人事交流体制の強化等に対して国からの支援が望まれる。

    また水問題解決へ向けた学術・科学技術分野が多岐にわたることから、大学、大学院等において体系的に関連分野の知識を学び、習得できるような横断的カリキュラムを組織的に構築することも有効なのではないかと考えられる。さらに、留学生教育に関しても、水の量と質、水循環と水環境に関して幅広い見識を身に着けることができるように、従前の組織の枠組みを超えたプログラムを準備することも検討されるべきである。



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